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ウクライナをめぐる「情報戦」:なぜ世界は米国を批判しないのか

塩原俊彦 高知大学准教授

 「熊が来る」という嘘(うそ)は三度目となったのだろうか。2022年2月16日に侵攻があるかのように米国政府が危機を煽(あお)っていたのはたしかだから、またしても嘘をついたことになると筆者には思われる。ただし、今度はめくらましとして、ウクライナ東部のドンバスでの戦闘激化がクローズアップされ、全面侵攻の危機の前哨戦であるかの様相を呈している。

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 17日に国連安保理で演説したアントニー・ブリンケン国務長官は、ロシア政府が緊急会議を開催し、自国民とウクライナのロシア系住民の保護を名目に布告を出すという手順で、攻撃の開始が計画されているとのべた。「熊が来る」と、またしても叫んだことになる。ジョー・バイデン大統領も17日、記者の質問に答えて、「今後数日のうちに」ロシアがウクライナを攻撃するだろうとのべた(資料を参照)。

 18日午後には、バイデンは欧州の首脳と緊急協議を終えた後、テレビ演説し、「我々は、ロシア軍が来週、数日のうちにウクライナを攻撃することを計画している、意図していると信じるだけの根拠がある」と語った。「私は彼(プーチン)が決断したと確信している」とした。米国のインテリジェンス、すなわち、諜報(ちょうほう)活動に基づく判断だという。

 筆者がこのサイトで何度も主張しているのは、米国政府がリークしたロシアによる「ウクライナ侵攻計画」など存在しないということであり、それは米国政府によるディスインフォメーション(意図的で不正確な情報)にすぎないということである。このとき、米国政府が明らかにしたのは、全面的なウクライナ侵攻計画であったが、事実として、そんな全面侵攻はいま現在も行われていない。部分的な武力衝突の話であれば、ドンバスではずっとつづいているのであり、それが激化するか否かといった問題にすぎない。そしていま、ロシア軍の一部撤退の真偽をめぐる情報戦が展開されている。

米国政府の言い分:諜報活動で入手した情報

 さすがに、これだけ侵攻がないと、米国政府も言い訳を提示する必要が生まれる。2月16日付の「ニューヨーク・タイムズ」には、「プーチンは米諜報機関にユニークな課題を提示している」とする記事が公開されている。そこで紹介されているのは、米国のスパイや諜報活動にかかわる話だ。どうやら、今回の侵攻計画は米国のスパイが入手したもので、その内容は真実であると、米国政府は考えているらしい。

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 記事には、まず、2016年に、ウラジーミル・プーチン大統領の側近に接近できる「スパイ」という、中央情報局(CIA)の秘密兵器がいたという話が紹介されている。この情報源は、プーチンがドナルド・トランプの選挙を肯定的に支持し、民主党全国委員会のハッキングを個人的に命令したというCIAの評価にも重要な役割を果たしたとされている(資料を参照)。米国政府はスパイを脱出させた2017年までの10年以上にわたって、プーチン側近の情報を得てきた。プーチンに接近することができ、ロシア指導者の机の上にある文書の画像さえ提供することができたという。

 だが、2017年になって、米国政府は米側スパイ(「アセット」と呼ばれていた)の身の安全のため、内密に脱出させる救済措置(exfiltrationと呼ばれる)の対象としたという(資料を参照)。その結果として、米国政府はクレムリンの最高幹部への接近を5年かけて徐々に回復させてきたのだと書かれている。そうしたなかで起きたのが、今回の「ロシアのウクライナ侵攻計画」であったことになる。

 最初に紹介したNYTによれば、プーチンがウクライナ国境付近に集めた15万人以上の軍隊を侵略のために使うのか、それとも単に外交的解決の見通しをぶら下げるためのテコとして使うのかを読み解くために新しい諜報網が役に立っていると記している。「米英が再びプーチンの思考をのぞく窓を得た」というのである。だからこそ、プーチンによるウクライナ侵攻計画があり、まさにプーチンがウクライナへの全面的侵攻を計画しているという判断に至ったということらしい。だが、依然として全面侵攻など起きていない。

もう一つの弁明

 すでにマスメディアのなかでは、弁解じみたことがはじまっている。どうやら、アフガニスタンでの緊急脱出の失敗に懲りて、最悪の事態を見越して、ウクライナからの米国人の脱出を真剣に呼びかけているらしいのだ(資料を参照)。タリバンがアフガニスタンを占領する前の数カ月間、米国人に国外退去を何度も呼びかけても、ほとんど無視されたという苦い経験から、今度は早めにより深刻さを強調することで、国外脱出を要請しているようなのである。

 この際、知ってほしいのは、バイデン政権のウクライナ軽視の実態だ。2022年2月18日現在、米国の駐ウクライナ大使が存在しない事実についてである。2019年10月、ドナルド・トランプ大統領(当時)は、駐ウクライナ米国大使、マリー・ヨヴァノヴィッチを解任して以降、バイデン大統領就任後もずっと大使人事を滞らせてきたのである。NYTによれば、2カ月ほど前に、いわゆる「アグレマン」(接受国が派遣されてくる人物に対し、外交使節の長として承認すること)の手続きをウクライナ政府に求めているが、ウクライナ側は承認を渋っているらしい。ウクライナは、大使候補者が現駐スロバキア米国大使という職業外交官にすぎない「小物」であることに難色を示しているという。

 それにしても、これほど長期間、大使を駐在させないできた米国政府のウクライナ軽視を知っていれば、根拠薄弱ななかで、急きょ国外退去を求める米国政府のやり方に疑問符がついても当然だろう。

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筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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