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ウクライナ問題が抱える困難の本質と日本の役割~ロシアの軍事侵攻で事態が急転

冷戦終了とソ連邦の崩壊で形成された欧州安全保障制度を再構築する重大な転機に

東郷和彦 静岡県立大学グローバル地域センター客員教授 静岡県対外関係補佐官

「ミンクス合意」とロシアのレッドライン

 2014年2月のユーロ・マイダン(ウクライナの抗議運動)によって、ヤヌーコビッチ大統領がキエフから放逐されると、プーチンはこれをクリミア回復へのきっかけとした。クリミアはロシア人にとって民族の記憶とアイデンティティが残る場所である。国民投票と軍事力によりクリミアは併合された。

 しかし、キエフで暫定政権を担ったヤツニューク首相は、東部においてウクライナ語の使用を進める政策を採用した。この政策は、ロシア語を公用語とするドネツクとルハンスク州で猛烈な反発を惹起し、ロシア軍の動員が伝えられた。新たに大統領に選出されたポロシェンコは、2014年9月及び2015年2月に独仏の賛同をえて「ミンスク合意」を結び、ドネツク・ルハンスク問題の解決を企図するが、事態の鎮静化にはいたらなかった=拙著『危機の外交』(角川新書、2015年)202~210ページ。

 2018年11月8日にはドネツク・ルハンスクで総選挙が実施された。指導者も議会も概ねロシアとの融合派が選出されたが、ウクライナや欧米はこの結果を認めず、2019年5月に選出されたゼレンスキー大統領に至っては、「ロシアとの融合派はテロリストなので自分は会わない」と公言した。

 こうしたウクライナの事情を勘案すると、プーチン大統領にとって、ドネツクとルハンスクに住む35万(佐藤優『中央公論』2022月3月号、198ページ)のロシア系ウクライナ人、ロシアとウクライナの二重のパスポートを持つ人たちの安全と権利が守られることが、絶対に守られなければならない、今回のオペレーションの課題であると理解される。

 プーチンは、彼らが意思に反してウクライナ化されることを許せないし、許さない。ロシア・ウクライナ・独・仏がドネツク・ルハンスクのウクライナ内における自治を認めたミンスク合意の要諦(ようてい)もそこにある。

 とすれば、事態の安定化の鍵を握るのは、ゼレンスキー・ウクライナ大統領が35万のロシア系ウクライナ人の「現状維持」を保証するかである。さる2月7日、プーチン・マクロン両大統領は、6時間の対話を行い、和平実現のために本格的な議論が始まった。現時点におけるロシアの本当のレッドラインがどこにあるかをマクロンが理解し、ショルツ、バイデンと連携してウクライナの同意をとりつけるなら、当面の戦争はさけられるはずであった。

拡大ゼレンスキー・ウクライナ大統領 Photographer RM/shutterstock.com

ロシア軍配備急増の意味は何だったのか

 今回、ウクライナ危機をめぐり「戦争一歩手前」というような報道が世界を駆け巡り始めたのは、2021年12月初めに米国紙がロシア軍の国境付近における大量動員を伝える大きな報道を掲載したことが端緒のようである(12月3日ワシントンポスト:Potential for 175000 Russian Forces Near Ukraine)。

 昨年12月ごろから、ウクライナ国境近くに配備されるロシア軍が急増したのは事実と判断される。アメリカ政府、及びその系統のメディアは、急増の理由は欧州において戦略的優位を得ようとするプーチンの作戦準備だとした。

 具体的には、「プーチンは敵」としたうえで、①ドネツク・ルガンスクへのロシア軍の配備、②南はクリミアのロシア軍との連携、③北はバルト三国へのNATO軍の増強を遮断させるスヴァルキ・ギャップの制圧、という戦略を立てているという趣旨である。

 一方、ロシア軍配備急増の原因が、ウクライナ、ないしはNATO側にあるという報道はほとんど皆無であった。一定の政治的基礎をもつドネツク・ルハンスクの指導者を「テロリスト」と断ずるゼレンスキー大統領のポピュリスト的行動と、これを「民主主義政府」として断固守り抜くという米政府の意向に危機意識をもったプーチンが、今後起きうるあらゆる事態に対応するために国境沿いの配備を進めているという、「ロシアの内的ロジック」に立った見方を提供しているのは、筆者の知る限り佐藤優氏の分析が随一である。

 ロシア側がゼレンスキー政権の動向に懸念をもったのは、同政権が親ロシア派が住む東部地域に「自爆型ドローン」で攻撃したことが理由だと佐藤氏は指摘している([東京大地塾」1月27日 参照動画)。攻撃は2021年10月に行われたという報道もある(ヤフー個人2021年11月5日 佐藤仁「ウクライナが初めてトルコ製の攻撃ドローン使用・動画も公開:ロシアは警告」)。

 以上の事態を背景とすれば、2月21日の新たな展開によって「ウクライナの統治が親ロシア派武装勢力が実効支配する領域に及ばない構造ができた以上、ウクライナが、2つの『人民共和国』を叩き潰すという選択をしない限り、これで紛争は沈静化する」(佐藤優、2月22日、「朝日新聞デジタル」)と考えられたし、筆者も同じ考えであった。

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筆者

東郷和彦

東郷和彦(とうごう・かずひこ) 静岡県立大学グローバル地域センター客員教授 静岡県対外関係補佐官

1945年生まれ。1968年東京大学教養学科国際関係論卒業・外務省入省。ロシア語研修 外務大臣秘書官・ソ連課長・在ワシントン大使館総括公使・在モスクワ大使館次席公使・条約局長・欧州局長・オランダ大使をへて、2002年退官。退官後、ライデン大学・プリンストン大学・ソウル国立大学GSIS等で教鞭をとる。2009年ライデン大学人文博士。2010年から2020年まで京都産業大学教授・世界問題研究所長。 著書に『北方領土交渉秘録:失われた五度の機会』(2007年、新潮社。文庫増補版2011年)『ロシアと日本:自己意識の歴史を比較する』(2016年、ANパノフと共編著。東京大学出版会)『返還交渉:沖縄・北方領土の「光と影」』(PHP新書、2017年)。その他の著書・論文などについては以下を参照。「東郷和彦オフィシャルサイト」

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです