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ウクライナ問題が抱える困難の本質と日本の役割~ロシアの軍事侵攻で事態が急転

冷戦終了とソ連邦の崩壊で形成された欧州安全保障制度を再構築する重大な転機に

東郷和彦 静岡県立大学グローバル地域センター客員教授 静岡県対外関係補佐官

崩壊した「大西洋から見たユーラシア外交」

 ところが、このPfPを基礎とする「大西洋から見たユーラシア外交」はある時点で崩壊する。これについては二説ある。筆者がこれまで学んできたのは、2008年の「ブカレストNATOサミット崩壊説」である。

 同説を説明するためには、前段階として2004年のイスタンブール首脳会議に触れざるを得ない。同会議でNATOは旧ソ連の構成共和国であるバルト3国と東ヨーロッパ南部の4カ国同時加盟を認めている。プーチンはなぜ、異議をとなえなかったのか。それは、この時期は2001年9月の同時多発テロへの対抗措置としてアメリカが行ったアフガニスタン攻撃にロシアが積極的に協力し、ジョージ・W・ブッシュ米大統領との間に蜜月状況が続いていたためであった。

 08年4月のブカレスト首脳会議では、共同声明で「NATOは、グルジアとウクライナの加盟に同意する」と明示された。旧東欧諸国どころではなく、ソ連邦共和国内のスラブ共和国として最もロシアに近かったウクライナと、コーカサス3カ国の中で最もロシアに近いグルジアに、東方拡大の照準をあわせてきたのである。

 同会議ではドイツとフランスの慎重論によって、加盟の証となる「加盟国行動計画(MAP)」は「直接加盟を実現する次の段階」として先送りされたものの、ロシア政府は「ウクライナとグルジアの加盟は受け入れられない」と強烈に反発、プーチンも「両国の加盟はロシアに対する直接の脅威」と述べ、モスクワにとっての「レッドライン」がそこにあることを示した。

 以上の説を主唱してきたのはシカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授。同教授はこの説をリアリズムに基づく対ロシア理解としての論文に書くとともに、2015年の公開講座でも明確にのべている(John Mearsheimer “Why the Ukraine Crisis is the West’s Fault” Foreign Affairs September/October 2014

 もう一つの説は、ジョンズ・ホプキンス大学で教鞭をとっていたマイケル・マンデルバウム教授が主唱する「クリントン第2期政権の豹変説」である。

 クリントンは1993年1月20日に大統領に就任、第2期政権は97年1月20日から始まっている。マンデルバウムはPfP自体は絶賛したうえで、それを外交的に実施しようとしていた時点で、同政権が上院にNATOの東方拡大がもつ極度のデリケートさを説明せず、「今後の東方拡大は全く問題ない」と説明したことの無責任さを痛烈に批判している(Michael Mandelbaum, “Anatomy of Blunder” “American Purpose” 2022/01/24)。

 いずれの説が正しいにせよ、ブカレスト首脳会議の影響をもろに受けたのがグルジアなのは間違いない。2008年8月、欧米と親和性の強いサーカシュビリ・グルジア大統領は、ロシアと係争関係のあったオセチアへの影響力拡大のために軍を動かしたが、これを許容できないとするロシア側(メドベージェフ大統領とプーチン首相)もただちに軍を動かし、「1カ月間戦争」が勃発。ロシアの勝利によって終わった。

 これによって、グルジアのNATO加盟の可能性は薄れ、以降、グルジアとNATOとは実務的な協力関係が続いている。

NATO加盟問題は直近の課題としては浮上していなかった

 冷戦終了後の欧州で、多士済々の人々が、冷戦の相互憎悪から抜けきれない欧州を「共存の世界」に作りかえるため、いかに多大な努力をしてきたかを思い起こせば、ロシアが現在、ロシアへの敵対を隠さないNATOがロシアの国境線に迫ることを拒否する心理は理解できるし、その案を今後ともロシアが受け入れることはありえないと思う。

 他方、この問題をNATOの協定上の問題としてみるならば、1949年のNATO創設協定第10条にいう「オープンドア政策」、すなわちNATOの目的に合致する欧州の民主国家のすべてにNATOは解放されているという原則を今後、逸脱させることもありえないであろう。

 そう考えると、ロシアとNATOは激突するしか道はないように見える。ただ、それが現下の喫緊の問題なのか、そこは冷静に見る必要がある。

 NATOの公式文書である「NATO拡大に関する研究」(1995年9月3日作成、2008年11月5日改訂)の第6項は、「民族紛争または領土紛争を有する国はこれをOSCE(欧州安全保障協力機構)の原則に従って平和的に解決しなくてはならない。これらの紛争を平和的に解決しているかどうかが、加盟を許すか否かの判断要因になる」と規定している。

 この規定、あるいは類似のNATOの規定に照らせば、当面はグルジアもウクライナも、実際にはNATOに加盟することにはならないと、NATO研究の専門家の間では指摘されているようである。

 正直いって筆者はこれら専門家の最新の研究を熟知していない。しかし、以上の文書の解釈としては、十分に合理性があるように思う。であれば、ウクライナとグルジアのNATO加盟問題は、喫緊の脅威としてロシアの目には映じていない可能性がある。

 さればこそ、マクロンとプーチンの議論のなかでこれからの問題として。NATO創設協定10条の「オープンドア政策」とその現実的適用について、激しい議論が交わされたと十分に推測できるのではないかと思う。

3回目の大きな転機にさらされるNATO

拡大NATO本部 Alexandros Michailidis/shutterstock.com

 NATOは現在、これからの欧州における安全保障の行く末を決する三回目の大きな転機に立たされている。一回目は1949年のNATO創設。二回目は1989~91年の冷戦の終了とソ連邦の崩壊。三回目が今、プーチンによって提起されている、欧州の安全保障の再構築である。

 この問題の核心は、「ロシアを安定したヨーロッパの安全保障機構の中に組み込むのか否か、組み込むとしたらそれにはどうするか」という問題に他ならない。昨年12月ごろからウクライナの周辺に兵力を集めたプーチンの大戦略には、当然ながら、このことが組み込まれていたと思う。

 だとすれば、今回のプーチンの大戦略は、まずは、ドネツク・ルガンスクの保全がロシアにとってゆずれない喫緊の「レッドライン」ではあるが、その目的が達成されたならば、時をおかず、今後の欧州の安全保障の中に、ロシアを包摂する新しい仕組みをいかにして創るかという問題意識があったのではないか。

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筆者

東郷和彦

東郷和彦(とうごう・かずひこ) 静岡県立大学グローバル地域センター客員教授 静岡県対外関係補佐官

1945年生まれ。1968年東京大学教養学科国際関係論卒業・外務省入省。ロシア語研修 外務大臣秘書官・ソ連課長・在ワシントン大使館総括公使・在モスクワ大使館次席公使・条約局長・欧州局長・オランダ大使をへて、2002年退官。退官後、ライデン大学・プリンストン大学・ソウル国立大学GSIS等で教鞭をとる。2009年ライデン大学人文博士。2010年から2020年まで京都産業大学教授・世界問題研究所長。 著書に『北方領土交渉秘録:失われた五度の機会』(2007年、新潮社。文庫増補版2011年)『ロシアと日本:自己意識の歴史を比較する』(2016年、ANパノフと共編著。東京大学出版会)『返還交渉:沖縄・北方領土の「光と影」』(PHP新書、2017年)。その他の著書・論文などについては以下を参照。「東郷和彦オフィシャルサイト」

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです