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「悪意はない」コロナの専門家たちを生んだ根源的問題~上昌広氏に聞く

コロナ対策徹底批判【第四部】~上昌広・医療ガバナンス研究所理事長インタビュー⑬

佐藤章 ジャーナリスト 元朝日新聞記者 五月書房新社編集委員会委員長

 「コロナ「専門家」が科学的な正しさより重視するものとは」「コロナ禍で限界を露呈した「感染症ムラ」のとんでもない実態」に引き続き、日本のコロナ「専門家」について書く。

 日本の「専門家」と称する人たちや厚生労働省の医系技官たちは、なぜコロナウイルス対策を間違え続けてきたのか。そして、なぜ現在も間違え続けて、その間違いを正そうとしないのか――。

 私のこの質問に、臨床医でありながら世界の最先端の医療知識を渉猟する医療ガバナンス研究所理事長の上昌広氏は、「そこに悪意は見られない」と話す。

 一体どういうことなのか?

上昌広・医療ガバナンス研究所理事長

「感染症ムラ」の利害に反することが言えない人たち

――悪意はないのに、間違いをただそうとしないのはなぜですか?

 私たち医学の研究者は思考のトレーニングを受け続けます。トレーニングで最優先の課題は現状把握です。十分に現状把握できないと対策なんて考えられません。

 コロナウイルス対策にとっての現状把握は、まずPCR検査です。日本以外の世界各国がPCR検査に力を入れたのは、研究者であれば誰でも理解できることです。日本の専門家や医系技官のように「PCR検査はしない方がいい」とか、検査をしないように対応するとかいうことは、研究者のあり方としてはありえません。

 「空気感染」の認識が世界の医学界に定着している現在では、「日本独自」の「クラスター対策」はほとんど無意味だったことがわかっている。クラスター対策を考え付いた専門家会議構成員の押谷仁・東北大学大学院教授は、2020年3月22日に放送されたNHKスペシャルで、「クラスター対策」と「PCR検査」の関係について次のように語っていた。

 「実は、このウイルスでは、80%の人は誰にも感染させていません。つまり、すべての感染者を見つけなきゃいけないというウイルスではないんですね。クラスターさえ見つけられていれば、ある程度、制御はできる。むしろ、すべての人がPCR検査を受けるようなことになると医療機関に多くの人が殺到して、感染している一部の人から感染が広がってしまうという懸念があります。PCR検査を抑えていることが、日本が踏みとどまっている大きな理由なんだと考えられます」

 現在から見ると驚くべき発言だが、このような証明されていない非科学的な「意見」が日本では堂々とまかり通っていた。そして現在でも、この「夢物語」は完全には否定されていない。間違いを認めると、押谷氏をはじめとする「専門家」や医系技官に対して厳しく責任を問う声が巻き起こることが予測されるからだ。

――「専門家」と言われる人は研究者ではないと。

 たとえば、押谷さんは単なる東北大の教授です。ここが重要なところですが、専門家会議の構成員について任命権をもつのは医系技官なんです。医系技官が誰を使うか決める。決める人に嫌がられたら終わりです。だから、「クラスター対策はもう無理だ」と思っても言えない。「感染症ムラ」の利害に反することは言えません。

 退職後の問題もあります。公衆衛生の先生は、退職後に実際の診療はできないので、どこかの組織の名誉職に就きたい。尾身茂(専門家会議副座長、分科会会長)さんが典型的だと思います。医師免許を持っているのでどこかで診療すればいいのに、こういうグランドデザインを組むことに喜びを見出すわけです。専門家会議に出ていた先生方というのは、医師免許を持っていても多くは診療していません。「大局的に見た方がいい」というようなことを言うわけです。

 でも、これはおかしい。たとえばアメリカのアンソニー・ファウチ(米国立アレルギー・感染症研究所所長)さんは、常に聴診器を持って記者会見に臨みます。大局的に見るためにはリアルがわからないとダメなんです。

anyaivanova/shutterstock.com

ダイヤモンド・プリンセス号について論文を書かない日本

――日本とアメリカでは制度が違うのですか?

 アメリカ軍の人事システムは、前線と参謀本部をローテーションさせます。旧日本軍もそうでした。そこで、現実のリアルと大局から見た仮説とを、きちんと分けて考えられるよう訓練を積むわけです。

 日本の感染症の専門家はそうではなく、現実のリアルを知らない。だから、どこまでが事実でどこからが仮説なのか区別がつかなくなってしまうんです。普通であれば、仮説を学術誌や学会で発表してレビューを受けるわけです。そしていろいろと批判を受ける。ところが、日本ではこれがやられない。

 ダイヤモンド・プリンセス号事件はコロナの感染が広がったこの2年間で、世界で最もインパクトのあった事件です。ところが、これについて日本の専門家は、英米の一流誌や世界の一流誌に、何も発表していません。

 戦争になれば、軍隊はその戦略や戦闘を徹底的に見直しますよね。日本の専門家はこれをやらない。やっていれば、あの時に「空気感染」ということはすぐにわかったはずです。

――あの時に徹底的にチェック、論証しておけばわかったわけですね。

 ダイヤモンド・プリンセス号を見て、世界は空気感染に動いたんです。あの時、論文を出して検証しておけば、日本でも空気感染がわかったし、「濃厚接触者」などという意味のないことも言わなくてすんだんです。

――当時、テレビでさえそのことを報道していましたよね。空中を漂ったウイルスが空調のパイプを通じて違う部屋に入ってしまい、その部屋の人を感染させてしまったということを話していました。そのことを学術的に追求すべきだったんですね。

 まともな研究者であれば追求するはずです。3・11の後、私たちが福島県南相馬市でやった被曝調査はアメリカの医師会誌「JAMA」(Journal of the American Medical Association)が大きく報じました。

 世界の4大医学誌は、この「JAMA」とLancet、New England Journal of medicine、それからイギリスの「BMJ」(British Medical Journal)です。研究者であれば、こういう世界的な医学誌に論文を書きたくてしようがないはずです。

 日本で言えば、尾身さんや岡部さんたちはデータを独占しているわけですから、書ける立場にいたし、本来は書かなければいけなかったんです。

 ダイヤモンド・プリンセス号のような例は、人体実験でもできないので、コロナの歴史から言って、たぶん最大のニュースバリューのある事象だったでしょう。コロナの2年間でトップか、少なくともトップ3には入る出来事ですよ。

コロナ患者が発生した大型クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号=2020年2月20日、横浜市の大黒ふ頭、朝日新聞社ヘリから

コロナは空気感染というコンセンサスはどう形成されたか

――上さんは一昨年の2月ごろ、がんペブチドワクチンの世界の第一人者である中村祐輔さんから電話をもらって「コロナウイルスのメインの感染ルートはどうも空気感染のようだ」という話を聞いたんですよね。中村さんはアメリカのフランシス・コリンズNIH(米国立衛生研究所)長官から聞いたと。これは、ダイヤモンド・プリンセス号の経験から出てきたんでしょうか。

 そのころからですよね、空気感染が言われ始めたのは。たしかにSARSの時も空気感染は言われていたんです。だけど、この感染症の世界では飛沫感染がメインだというのがコンセンサスになっていた。それをひっくり返すだけの根拠がなかったんです。

 もうひとつコロナが空気感染だと思わせる根拠には、ダイヤモンド・プリンセス号問題と並んで、屋外ではクラスターが発生していないという事実があった。飛沫だと屋外か屋内かは関係ない。唾が飛ぶ距離は屋外でも屋内でも変わりませんから。そこで、一昨年の3、4月のあたりから、「飛沫感染は合理的ではないのではないか」と言われ始めたんです。

 屋内のダイヤモンド・プリンセス号で感染者がたくさん出て、解析された武漢のクラスターもほとんどが屋内。武漢の屋内感染の報告は世界の一流誌に山ほど出た。それで1年くらいかかって、コロナは空気感染だということが、世界のコンセンサスとして形成されてきたんです。

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