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ロシアのウクライナ侵攻に日本が揺れた5日間~半世紀ぶりの難局にどう臨む

米国と中国・ロシアが冷戦前期以来の同時対立 狭間の日本に求められる独自外交

藤田直央 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

記者会見でウクライナ情勢の質問に答える岸田文雄首相=2月25日午前、首相官邸

 2022年2月下旬、ロシアがウクライナに侵攻し、日本政府は揺れた。軍事行動をエスカレートさせたプーチン政権に対し、欧米に同調して経済制裁を一気に強化。気がつけば日本は、米国が中国に加えロシアと対立を深める中、米国側の最前線に位置するという、半世紀ぶりの難局に置かれている。

 プーチン大統領の判断でウクライナ情勢が一気に緊迫したのは2月21日。そこから激動の5日間を日本政府の動きを軸にたどり、外交による解決の道を探る。

○2月21日 ロシアのプーチン大統領が、ウクライナ国内の東部で親ロシア派が支配する2地域の独立を一方的に承認する大統領令に署名。「平和維持」を目的にロシア軍を進駐させる姿勢を示した。

○2月23日 岸田文雄首相が日本の対ロシア制裁について発表。2地域の関係者へのビザ発給停止と資産凍結などで、欧米に比べ軽いものだった。

首相、ロシアへの特使「予定ない」

 2月24日に開かれた参院予算委員会。野党から、首相経験者でプーチン大統領と関係を築いた森喜朗氏や安倍晋三氏を特使として派遣してはという質問が出た。岸田首相は「今は予定はありません」とそっけなかった。

 森氏は首相退任後もプーチン氏と信頼関係を保つ。安倍氏は歴代最長となった首相在任中にプーチン氏と会談を重ねた。日本が終戦時に北方領土をロシアの前身のソ連に奪われて以来続く、日ロ間の最大の懸案である北方領土問題を早期に解決するためだ。

2013年8月、東京五輪招致の出陣式で気勢をあげる安倍晋三首相(左)と森喜朗元首相(右)=都庁

 そもそも岸田内閣は、こうした安倍路線をどこまで継いでいたのか。岸田首相は安倍内閣で外相を長く務めた。1月の施政方針演説では、北方領土交渉で安倍首相が柔軟な姿勢を示した2018年の日ロ首脳会談に触れ、対ロシア政策で安倍路線に沿う考えを示していた。

 「領土問題を解決して平和条約を締結するとの方針の下、これまでの諸合意をふまえ、18年以降の首脳間でのやり取りを引き継いで粘り強く交渉を進めながら、エネルギー分野での協力を含め、日ロ関係全体を国益に資するよう発展させていく」

 ロシアがウクライナ東部の親ロシア派支配地域を一方的に承認したこの時点で、岸田内閣が科した制裁は欧米よりも軽かった。対ロ制裁での日本と欧米の温度差は、安倍内閣当時の14年にロシアがクリミア半島に侵攻した際と似ていた。

 ただ、対ロシア制裁を発表した翌24日の参院予算委員会では、岸田首相は上記のように特使派遣について否定した上で、「国際法をはじめとするルールを大事にしながら外交を進める」とも述べ、安倍路線と間合いを取った。

 日本は16年から、台頭する中国を意識して「自由で開かれたインド太平洋」構想を掲げ、「ルールに基づく国際秩序の確保」を唱えている。岸田首相が国際法違反と言い切った今回のロシアの行動とは、相いれようがなかった。

 こうした国会審議の間にもウクライナ情勢はさらに悪化し、24日午後には国家安全保障会議の緊急開催によって参院予算委が中断するという異例の事態になった。

対ロ政策で問われる岸田路線

 対ロ政策で安倍路線が困難になったのであれば、岸田路線でどうするのか。喫緊の対応として、ロシアに対峙する欧米と連携しつつも、緊張緩和に資する外交を展開すべきだ。この事態の沈静化なしには北方領土交渉もありえない。岸田首相は特使派遣について「今は」考えていないと述べたが、国際平和と日本の安全のために、あらゆる対話の手段を尽くすべきだ。

 元首相の貢献で想起するのは、1990年にイラクがクウェートに侵攻した湾岸危機のさなか、中曽根康弘氏がバグダッドを訪問した例だ。フセイン大統領と会談し、撤退して米国との戦争を避けるよう求めた。政府としてイラクを国際法違反と批判しているため、中曽根氏は特使とはされなかったが、栗山尚一外務事務次官とは事前にすり合わせをしていた。

 岸田内閣にはそうした柔軟な外交努力と、万一に備えた防衛努力が求められる。その兼ね合いを日本の意思として国内外に明確に説くには、土台となる戦略が欠かせない。長期化の様相も呈する米ロ、米中関係の緊張をふまえ、日本がどのような針路を取るのかが、年末に向けた国家安全保障戦略の改定作業にあたって厳しく問われる。

○2月24日 ロシア軍がウクライナへの全面的な侵攻を開始。

○2月25日 岸田首相が対ロシア制裁の強化について発表。金融制裁や半導体など汎用品の輸出に関する制限などで、欧米と歩調を合わせた。

ウクライナ侵攻で強化された対ロ制裁

 2月24日にロシアがウクライナに侵攻し、日本は試練を迎えた。バイデン米大統領は「プーチンは侵略者だ。彼の国は責任を負うことになる」と強く非難。米国とロシア(旧ソ連)、米国と中国の関係が同時にここまで緊張するのは、朝鮮戦争があり、米ソの核軍拡競争のさなかに中国も核保有国となった冷戦の前期以来だ。

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