メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

対ロ制裁を歴史的に洞察する:制裁は覇権維持のための道具

自国を含めた腐敗に立ち向かう意志と勇気があれば効果的制裁も可能

塩原俊彦 高知大学准教授

 ロシアのウクライナ侵攻に対する経済制裁論が沸き起こっている。すでに拙稿「緊迫するウクライナ情勢:対ロ制裁の行方とリスク」において、侵攻前の制裁議論について米国中心に解説した。ただ、制裁の歴史や過去の効果から制裁自体をどう評価したらよいのかについては語らなかった。そこで、今回はそうした点について紹介しながら、一時の感情にかられた制裁論とは一味違う視角からの分析を行ってみたい。なお、制裁にしても経済制裁にしても、それらは国際関係においてもっとも頻繁に用いられる外交政策手段の一つだが、「「制裁」という言葉には、一般的に合意された定義はない」ことを断っておきたい。

shutterstock.com拡大shutterstock.com

米国の歴史

 トランプ政権1年目の重要な政治的火種となった、ロシアとトランプ陣営の共謀疑惑は、国際緊急経済力法(IEEPA)という法律のもとで科された、ロシア人に対する制裁の多くを緩和したいという願望が、少なくとも一因となっている。実は、米国の世界秩序を構築し維持するための世界戦略の一部として制裁制度を構築してきたのだから、この歴史を知ることは地政学上の課題であり、それなくしてはいまの制裁議論を理解することはできない。

 米国ではじめて経済制裁のための法律が制定されたのは1917年10月6日である。ウッドロー・ウィルソン大統領によってこの日署名された「敵国取引法」は「最終的に、敵国領土内での経済的利益の発生を阻止することによって、可能であれば敵の国力を弱め、少なくともその地位の低下を防ぐという目的のために使用される経済的武器として登場した」という。「最終的に」とあるのは、いわゆる「コモンロー」の判例によって、敵との取引禁止という裁判所の採用が敵地に個人的に居住する者、またはそこに商業的な住居や住所を維持する者、すなわち「商業的敵」からの財産没収へと定着したからである。

 これがもった意味合いはきわめて大きかった。というのは、制裁によって米国はドイツが米国にもっていた医薬品や染料などの特許を手中に収めることができたからである。1927年の論文「戦時中および戦後における外国人敵国人財産の米国による取り扱いについて」では、「ドイツでアメリカ人が所有していた財産は比較的少なかったが、一方で、わが国の外国人財産管理人が一時期、約8億ドルもの外国人財産を所有していたことが記録に残っている」としたうえで、「染料製造やその他の化学プロセスに関するドイツ人所有の4700件の特許が接収され、後にアメリカの会社、ケミカル・ファンデーションに22万5000ドルで売却された」と書いている。

梅毒の特効薬サルバルサンを発見した秦佐八郎拡大ドイツ留学中、エールリッヒ博士とともに梅毒の特効薬サルバルサンを発見した秦佐八郎博士(右)。秦記念館(島根県益田市)のHPから
 たとえば、梅毒などの治療薬「サルバルサン」の特許をヘキストから収用したことで、米国政府は大きな利益を得た(なお、「米国人が保有するドイツの財産が、米国人の戦争処理を妨害するため、あるいは敵対的な方法で使用されたという確たる証拠はない」という)。

 もう一つ、この法で重要なのは、戦時中に敵国との貿易や金融取引を禁止・制限・規制することで、外国に対して経済制裁を行う権限をアメリカ大統領に与えた点である。憲法上、外交政策を決定するのは大統領だから、その政策実現との関連で制裁権が大統領にもたらされた。この結果、立法権と行政権の分離が機能している米国では、国会議員は大統領の権限を奪えず、実際に制限を加えることを強制することもできない。そこで、議員は、大統領の外交政策に影響を与える間接的な方法を見つける必要性があった。こうして、大統領の制裁権の制限や拡大が米国議会との間でずっと問題になっている。

 やがてこの法律は、「戦時と平時の両方で、米国が大統領の裁量で適用する世界規模の経済制裁プロジェクトの基礎となった」と考えられている。

 フランクリン・ルーズベルト大統領は1933年、緊急銀行救済法の成立に成功し、TWEA の第 5 節(b)を修正した。国家緊急事態を宣言すれば、以前は戦時中にしか行えなかった国民経済に対する広範な統制を行う権限を得たのである。翌年までに、彼はこの新しい広範な権限を用いて、「米国内の銀行と米国外の銀行との間の外国為替取引、信用供与のすべて」を規制するようになる。こうして、たとえばスタンダード・オイルの石油は貿易決済可能となり、英国の激しい抗議にもかかわらず、1944年1月までファシストの手に渡ったとされている。

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

塩原俊彦の記事

もっと見る