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「キエフの悲劇」は冷戦後の国際秩序崩壊の分水嶺だ

米国は、中国は、どう動くのか。日本はどう考えるべきか

田中均 (株)日本総合研究所 国際戦略研究所 理事長/元外務審議官

拡大攻撃を受けるウクライナの首都キエフ=2022年2月24日(Giovanni Cancemi/Shutterstock.com)
 ソ連軍がチェコの首都プラハに進軍し、「プラハの春」と言われた社会主義変革運動を力で制圧したのを昨日の事のように思い出すが、それからおよそ半世紀が経過して、ロシア軍が東ヨーロッパ有数の都市であるキエフに侵攻した。孤立無援の中での「キエフの悲劇」だ。チェコ事件は、四半世紀後のソ連邦崩壊の序曲だったのだが、ロシア軍のウクライナ侵攻は果たして世界をどこに導くのだろうか。

 宣戦布告がないまま、力で他国の主権を侵害し現状を変えようとするロシアの暴挙は徹底的に糾弾されなければならない。また、残念であるが、そのような無法な行動を国際社会は止められなかった。果たして強力な経済制裁が事態を収拾する効果を持つか。

 この事態は、おそらく冷戦終了後の国際秩序が崩壊していく歴史上の分水嶺となるのではないか。果たして米国は、中国は、どう動くのだろうか、そして日本はどう考えるべきか。

現代の事とは信じられない大国ロシアの侵略行為

拡大ロシアのプーチン大統領(Shutterstock.com)
 ウクライナへの軍事侵攻は計画されていたことであり、周到な準備の下で実行されたのだろう。ソ連邦の解体を20世紀最大の悲劇と呼んだプーチン大統領にとっては、中東欧諸国やソ連邦を構成していたバルト三国に続き、ウクライナがNATOに加入するのを止めるのが至上課題だったということか。それにしても力による侵略行為は現代の事とはとても信じられない。

重ねてきたNATOへの対峙、中国との関係構築

 ロシアは2014年に黒海艦隊を擁する戦略的拠点であるクリミアを併合し、シリアのアサド政権を支援して地中海沿岸に基地を持つなど、NATOに対峙していく姿勢を明確にしてきた。クリミア併合に対する米欧からの制裁措置を受け、外貨準備の積み増しや石油ガスの輸出先の多角化をはかり、更なる制裁に耐える体制も強化してきた。

 プーチン大統領にとって最も重要な戦略的動きは中国との連携だったのだろう。かつてない程強固な連携関係を築き、北京五輪時の首脳会談では石油天然ガスの中国への輸出拡大を合意した。決済通貨はドルではなく、すべてユーロだ。

飲めない条件突きつけ、侵攻開始

 そして、ウクライナをロシア国境、ベラルーシ、黒海の三方から19万人に達すると伝えられる兵員で包囲し、ウクライナや米欧に対して「ウクライナがNATOに入らない法的保証」という飲めない条件を突きつけた上、時を移さず、ウクライナ東部のロシア系人口が多い地域の独立を認め、友好条約を結び、集団的自衛権の行使として侵攻を開始した。

 ウクライナ軍を武装解除して傀儡政権を作るつもりなのか。果たしてロシアとウクライナの停戦協議は実を結ぶのか。いずれにせよウクライナがロシアの意に沿わない行動をとれば軍事的行動をとる、という体制を維持していく考えなのだろう。

拡大外国メディアの取材を受けるウクライナのゼレンスキー大統領(Photographer RM/Shutterstock.com)

止められなかった蛮行、国際社会は停戦へ必死になるべき

 何故、そのような蛮行を止められなかったか。NATOという強大な軍事機構を持ちながら米国は何を考えたのだろうか。

 ウクライナはNATO加盟国でないから防衛する義務はない。しかしこれまで米国もNATOも民主主義を守り、テロに抗し、大量破壊兵器の拡散を止めるとしてNATO 域外で軍事的行動を行ってきた。ウクライナは明々白々侵略されているのに、ロシアは核大国だから戦争は出来ない、同盟国ではないウクライナの戦いは座視せざるを得ない、ということか。

経済の相互依存関係が鍵となるか

 バイデン大統領はかつてない強力な経済制裁で対抗すると述べ、欧州も自国経済に悪影響必死のSWIFTからのロシアの排除など強力な制裁に合意した。結果的にロシアからの石油天然ガスの輸出は制限されることになるし、強い制裁は西側の経済にも打撃を与える。しかしルーブルは暴落するだろうし、ハイパーインフレがロシアを襲うのだろう。

 西側経済の一定の犠牲の下で、プーチン大統領の蛮行が一刻も早く止められることが期待される。グローバリゼーションの下での経済相互依存関係が鍵となるか。

拡大ロシアとの市街戦が繰り広げられたウクライナの首都キエフ。現地時間2月28日、中心部にあるスーパー駐車場には破壊された近くのマンションのがれきが散乱していた=高垣典哉さん提供

制裁だけでは困難、外交が機能しなければならぬ

 ただ、どんなに強い制裁でも制裁だけで局面を変えるのは難しい。外交が機能しなければならない。しかし外交では100%の勝利はない。スウェーデンやフィンランドといった本来西側の諸国がNATOに加盟しないのはロシアと言う強大な国を敵に回したくないという理由があったからだ。ロシアはベラルーシ、ジョージア、ウクライナは生命線と考えているのだろう。そういう状況を組み入れた合意は不可能ではなかったはずだ。

 しかしロシアに妥協した形になるのは、それもできないと言う事か。これ以上無益な血が流れるのを止めるため、停戦のため国際社会は必死になるべきではないか。

拡大国連総会の緊急特別会合で演説するウクライナのキスリツァ国連大使=2022年2月28日、米ニューヨークの国連本部、国連ウェブTVから

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筆者

田中均

田中均(たなか・ひとし) (株)日本総合研究所 国際戦略研究所 理事長/元外務審議官

1969年京都大学法学部卒業後、外務省入省。オックスフォード大学修士課程修了。北米局審議官(96-98)、在サンフランシスコ日本国総領事(98-2000)、経済局長(00-01)、アジア大洋州局長(01-02)を経て、2002年より政務担当外務審議官を務め、2005年8月退官。同年9月より(公財)日本国際交流センターシニア・フェロー、2010年10月に(株)日本総合研究所 国際戦略研究所理事長に就任。2006年4月より2018年3月まで東大公共政策大学院客員教授。著書に『見えない戦争』(中公新書ラクレ、2019年11月10日刊行)、『日本外交の挑戦』(角川新書、2015年)、『プロフェショナルの交渉力』(講談社、2009年)、『外交の力』(日本経済新聞出版社、2009年)など。2021年3月よりTwitter開始、毎日リアルタイムで発信中。(@TanakaDiplomat)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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