かつてない不安定な国際社会。アジアの秩序が張り子の虎と見透かされてはならぬ
2022年03月04日
24日、侵攻が始まり、誰もが目を疑うような光景が繰り広げられた。大国が小国の領土に三方面から侵攻、首都キエフに激しい爆撃が加えられ、第二の都市ハリコフでも市街戦が繰り広げられる。プーチン大統領の狙いは、ウクライナにおける傀儡政権の樹立と、それによるウクライナの非軍事化、中立化だった。
27日、ロシアとウクライナは直接交渉を合意。その行方は3月3日段階でなお予断を許さないが、武力を背景にした交渉は仮に妥結することがあるとしてもその中身は知れている。結局、非軍事化と中立化をウクライナが飲むかどうかの交渉だ。
ウクライナ危機は、冷戦後の戦後処理を西側が見誤ったことが大きい。戦争終結に際し、戦後処理をどうするか、それが、その後の国際秩序の安定を決定づける。
戦後処理を誤った典型が第一次世界大戦後のドイツであり、戦勝国が、ドイツ憎しで莫大な賠償を課したことがその後の欧州の不安定化を生み、第二次世界大戦につながっていった。逆に、戦後処理に成功した例が普墺戦争(1866年)であり、ビスマルクは戦後の対オーストリア関係を見据え、敢えてオーストリアへの領土要求を見送った。
間をとって考え出されたのが「平和のためのパートナーシップ(PfP)」であり、これは簡単に言えば、NATOが加盟国とは別にパートナー国を創りそれとの間を緩い協力関係に止めるというものだった。PfPには、ジョージア、ウクライナ、ロシアを含め、多くの国が参加した。その中から後、NATOの正式メンバーになった国も多い。
PfPは、NATOと旧ワルシャワ条約機構国との関係を考えるに際し、時間的猶予を与えるもので、アイデアとして絶妙と思われたが、当時のクリントン米大統領は、自らの再選を目指す政治的思惑もあり、軸足をPfPからNATO拡大に移していく。
それを受け、チェコ、ハンガリー、ポーランド、バルト三国、ルーマニア等が、次々とNATOに加盟していった。残るジョージア、ウクライナに関し、NATOは2008年、ブカレスト首脳会議で「将来的に加盟する」ことを合意する。
しかし、これはロシアを刺激しないではいられなかった。様々な要因も絡み2008年の南オセチア紛争(ロシア・ジョージア戦争)、2014年のクリミア併合、今回のウクライナ侵攻と、その後、この一帯が不安定化していくこととなった。
西側は、ロシアを安全保障の枠組み(NATO)の中に取り込むことなく、常に外に置き続けた。その結果、欧州大陸に新たな分断線が引かれることとなり、安全保障に過敏ともいえるほどの反応を示すロシアは、結局、自らの勢力圏確保に走っていくことになる。
冷戦の終結は、人々に、国家間の戦争はもう起きないだろうという幻想を与えた。
人類はあの忌まわしい戦争をついに克服することに成功した、残るは、民族や宗教を理由とした地域紛争だけだと人々は信じた。実際それから30年、歴史はほぼその通りに動いた。国際社会が議論する話題から戦争が消え、破綻国家や核不拡散、テロが議論の焦点になった。
この戦争の重要な点は、イラクの力による挑戦に対し、国際社会が力で秩序防衛に応じたことだ。国際秩序を決める究極のファクターが力であることは、いつ、いかなる時も変わらない。国際社会の力の行使による制裁は、イラクの暴挙を押しとどめ、国際秩序の回復を成功させた。
NATO加盟国でないウクライナに対し米国の防衛義務はないが、それより、もし米国が武力で応じれば「世界は第三次世界大戦に突入」し、核戦争に至る危険がある。米国はウクライナのために核戦争の危険は冒せない、と判断した。
問題は、では、他の核保有国が国際秩序に挑戦してきたら、米国を初めとする国際社会はどう対応するか。中国、北朝鮮、そして核保有候補国たるイランが既存秩序に挑戦してきた時、国際社会は「核戦争の危険は冒せない」として指をくわえ見ているか、それとも、たとえ被侵略国が同盟関係になくても、秩序維持のためには核戦争も辞さないとして挑戦者に対峙するか(恐らく、そんなことはしない)。
今回、国際社会は「核戦争の危険は冒せない」から経済制裁で、それも「かつてないレベルの経済制裁」で対抗するとした。「力」に「経済制裁」で対抗する。刀に素手で立ち向かうようなもので、勝算があるわけではないが、それしかなければ何とか頑張るしかない。ところが、それがかなりの効果を上げそうだ。
その際、カギとなるのが国際間の銀行間決済システムSWIFTからのロシアの銀行排除だった。当初、これに及び腰だった欧州諸国は、ウクライナの惨状を見た国際世論の高まりもあり、2月27日、ついに排除に同意、欧米は何とか足並みを揃えることに成功した。米欧日はこれに加え、ロシア中銀保有のドル、ユーロ、円による外貨準備凍結の制裁も決定した。この二つは、これまでになく強力な制裁だ。
欧州諸国がSWIFTからの排除に及び腰だったのは、ロシアの銀行の排除は対ロ貿易を止めるに等しく、排除する側も相応の返り血を覚悟しなければならないからだ。結局、欧州は返り血を浴びることも辞さないと腹を括った(但し、排除はロシアの7行のみ。最大のズベルバンクやエネルギー貿易決済を担うガスプロムバンクは除外)。力に対し経済制裁で対抗しようというのだ。
西側諸国は、幾ばくかの返り血は覚悟しなければならない。西側の国民がどれだけ痛みに耐え抜くだけの力を持ち合わせているか、それがこれから試されていく。
加えて、ウクライナ軍が予想外の善戦をしている。西側が供与する武器が2014年のクリミア併合当時とは比べ物にならないほどウクライナ軍の能力を向上させているのだ。当初、すぐにも陥落かと見られていた首都のキエフは、3月3日現在、なお持ちこたえている。
これはロシア側にとって大きな誤算だったろう。焦ったプーチン大統領は、2月27日、ロシア軍で核戦力を運用する部隊に対し、任務遂行のための高度な警戒態勢に入るよう命じた。核の使用も辞さないとの明白な脅しだ。
今回、ロシアがウクライナ侵攻に出た背景に、米国の力の衰退があることは明らかだ。
問題は、国際社会が、今、そういう長期トレンドにあるということだ。換言すれば、国際社会はこれまでになく不安定な状態にある。そういう世界に我々は生きているのだ。
問題はこれからだ。中国はウクライナをどう見るか。そこから
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