花田吉隆(はなだ・よしたか) 元防衛大学校教授
在東ティモール特命全権大使、防衛大学校教授等を経て、早稲田大学非常勤講師。著書に「東ティモールの成功と国造りの課題」等。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
かつてない不安定な国際社会。アジアの秩序が張り子の虎と見透かされてはならぬ
冷戦の終結は、人々に、国家間の戦争はもう起きないだろうという幻想を与えた。
人類はあの忌まわしい戦争をついに克服することに成功した、残るは、民族や宗教を理由とした地域紛争だけだと人々は信じた。実際それから30年、歴史はほぼその通りに動いた。国際社会が議論する話題から戦争が消え、破綻国家や核不拡散、テロが議論の焦点になった。
この戦争の重要な点は、イラクの力による挑戦に対し、国際社会が力で秩序防衛に応じたことだ。国際秩序を決める究極のファクターが力であることは、いつ、いかなる時も変わらない。国際社会の力の行使による制裁は、イラクの暴挙を押しとどめ、国際秩序の回復を成功させた。
ウクライナ危機と湾岸戦争の大きな違いは、ロシアの力の行使に対し国際社会が力でこれに対抗しないとしたことだ。米国は早々と、米軍がウクライナを防衛することはない旨明言した。
NATO加盟国でないウクライナに対し米国の防衛義務はないが、それより、もし米国が武力で応じれば「世界は第三次世界大戦に突入」し、核戦争に至る危険がある。米国はウクライナのために核戦争の危険は冒せない、と判断した。
問題は、では、他の核保有国が国際秩序に挑戦してきたら、米国を初めとする国際社会はどう対応するか。中国、北朝鮮、そして核保有候補国たるイランが既存秩序に挑戦してきた時、国際社会は「核戦争の危険は冒せない」として指をくわえ見ているか、それとも、たとえ被侵略国が同盟関係になくても、秩序維持のためには核戦争も辞さないとして挑戦者に対峙するか(恐らく、そんなことはしない)。
今回、国際社会は「核戦争の危険は冒せない」から経済制裁で、それも「かつてないレベルの経済制裁」で対抗するとした。「力」に「経済制裁」で対抗する。刀に素手で立ち向かうようなもので、勝算があるわけではないが、それしかなければ何とか頑張るしかない。ところが、それがかなりの効果を上げそうだ。
その際、カギとなるのが国際間の銀行間決済システムSWIFTからのロシアの銀行排除だった。当初、これに及び腰だった欧州諸国は、ウクライナの惨状を見た国際世論の高まりもあり、2月27日、ついに排除に同意、欧米は何とか足並みを揃えることに成功した。米欧日はこれに加え、ロシア中銀保有のドル、ユーロ、円による外貨準備凍結の制裁も決定した。この二つは、これまでになく強力な制裁だ。
欧州諸国がSWIFTからの排除に及び腰だったのは、ロシアの銀行の排除は対ロ貿易を止めるに等しく、排除する側も相応の返り血を覚悟しなければならないからだ。結局、欧州は返り血を浴びることも辞さないと腹を括った(但し、排除はロシアの7行のみ。最大のズベルバンクやエネルギー貿易決済を担うガスプロムバンクは除外)。力に対し経済制裁で対抗しようというのだ。
西側諸国は、幾ばくかの返り血は覚悟しなければならない。西側の国民がどれだけ痛みに耐え抜くだけの力を持ち合わせているか、それがこれから試されていく。
加えて、ウクライナ軍が予想外の善戦をしている。西側が供与する武器が2014年のクリミア併合当時とは比べ物にならないほどウクライナ軍の能力を向上させているのだ。当初、すぐにも陥落かと見られていた首都のキエフは、3月3日現在、なお持ちこたえている。
これはロシア側にとって大きな誤算だったろう。焦ったプーチン大統領は、2月27日、ロシア軍で核戦力を運用する部隊に対し、任務遂行のための高度な警戒態勢に入るよう命じた。核の使用も辞さないとの明白な脅しだ。
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