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ロシアのウクライナ侵攻、国際社会の「言論」は決して無力ではない

「煽り」「冷笑」を選り分け、再確認したい「表現の自由」の本義

志田陽子 武蔵野美術大学 造形学部教授(憲法、芸術関連法)

元首相「核共有」発言の無責任

 2月24日以来、ロシアによるウクライナ軍事侵攻が世界中を震撼させている。経済制裁や非難決議でことが収まらず、欧米諸国が軍事行動に出た場合には、大規模な世界戦争になる可能性があるとも言われる。この危機の中で、様々な情報や意見が、様々な人々から発信され、SNSなどを介して世界へ広がっている。

 この状況を前に、「表現の自由」の意味と価値と責任について、あらためて考えてみたい。

 ウクライナ市民の発信した、市街が攻撃を受けている様子を撮影した動画が、SNSからリアルタイムで流れてくる。またロシア国内での批判デモも激しさを増し、これをロシアの警察が拘束し、被拘束者は数千人に上っているとの情報もある。新聞報道によれば、ロシア国内の科学者や芸術家など、影響力のある識者が批判を表明したり、批判のために役職を辞任したりしているという。

 このように、当事国内外の一般市民が進んで現地の状況を知らせ、これを世界の一般市民とメディアがリレーする形で情報共有が瞬時に進んでいく、という流れが、SNS社会特有の展開である。それに加え、今回は、すべての人にとっての当事者性が格段に高まっていることも関係しているだろう。サイバー戦が世界のインターネット空間や生活インフラに与えうる影響や、経済制裁が世界市場にもたらす波及力、まして核攻撃を示唆したプーチン発言を考えたとき、今、地球上に暮らすすべての人が瞬時に当事者となりうるのである。

 しかし同時に、この危険性・当事者性を理解しているとは言い難い発言を、一定の影響力をもつ公人・著名人が発していることに、日本社会特有の危なさがあると感じる。

 安倍晋三元首相は、橋下徹・元大阪市長とともに出演した2月27日のフジテレビの番組で、米国の核兵器を日本に配備し、有事に日本が使えるよう協力する「核共有」について言及し、「議論

拡大参院予算委員会で「核共有」を否定する答弁をする岸田文雄首相=2022年3月2日、国会内
をタブー視してはならない」などと発言した。岸田文雄首相は国会で、非核三原則を堅持する立場から「核共有」は認められないと否定しているが、日本維新の会の松井一郎代表はそれを「おかしい」と批判。自民党が掲げる憲法9条への自衛隊明記にも触れ、「バージョンアップする必要がある」などと記者団に語っている。

 またSNS上では、今、かなりの数の著名人や有力者が、言論や法を無力であるとする発言をしている。

 公人や著名人の個人としての発言は、法的には「自由」ということになり、なんらかの法的責任が生じるわけではない。しかし政府要人の「個人として」の発言が、実質的に公共的意味を帯びると受け取られる可能性は十分にあり、日本でもこのことが問題視された例がある(「心はイスラエルと共に」 中山防衛副大臣がツイート:朝日新聞デジタル2021年5月12日)。


筆者

志田陽子

志田陽子(しだ・ようこ) 武蔵野美術大学 造形学部教授(憲法、芸術関連法)

武蔵野美術大学 造形学部教授(憲法、芸術関連法)。早稲田大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学、博士(法学・論文博士・早稲田大学)。「表現の自由」、文化的衝突をめぐる憲法問題を研究課題としている。また、音楽ライブ&トーク「歌でつなぐ憲法の話」など、映画、音楽、美術から憲法を考えるステージ活動を行っている。 主著『「表現の自由」の明日へ』(大月書店2018年)、『合格水準 教職のための憲法』(法律文化社2017年)、『表現者のための憲法入門』(武蔵野美術大学出版局2015年)、『あたらしい表現活動と法』(武蔵野美術大学出版局2018年)、『映画で学ぶ憲法』(編著)(法律文化社2014年)、『文化戦争と憲法理論』(法律文化社2006年、博士論文)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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