メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

ケリー「有罪」判決は法と論理ではなく「主観」「政策判断」によって導かれた(上)

ゴーン氏「人質司法」批判は言いがかりか?

郷原信郎 郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

 3月3日、東京地裁(下津健司裁判長)は、2018年11月に日産自動車前会長カルロス・ゴーン氏とともに逮捕され、ゴーン氏の役員報酬についての有価証券報告書の虚偽記載の金融商品取引法違反で起訴されていた日産元代表取締役グレッグ・ケリー氏に対して、「懲役6月・執行猶予3年」、併せて起訴されていた法人としての日産に対して「罰金2億円」の判決を言い渡した。起訴事実は、2010年度~17年度分だったが、日産に対してはすべての期間について有罪としたのに対して、ケリー氏に対しては、2010年度~16年度分については無罪、2017年度分のみ有罪とした。

 私は、2018年11月に、「日産自動車ゴーン会長逮捕」が報じられて以降、ヤフーニュースやブログ等で、検察実務や刑事司法、コーポレート・ガバナンスの専門家として、第三者的、客観的な立場から、解説・論評をしてきた。その中で、検察捜査に関する問題を指摘するとともに、コーポレート・ガバナンスのルールを無視して、検察の権限を恃んだ「クーデター」でゴーン会長を追放した日産経営陣を厳しく批判してきた。

 そして、2019年11月から、保釈中だったゴーン氏のインタビューを行い、ゴーン氏がレバノンに不法出国した後の2020年4月に、同氏の事件についての解説・論評の集大成として、ゴーン氏のインタビューを含む著書『「深層」カルロス・ゴーンとの対話:起訴されれば99%超が有罪となる国で』を公刊した。

 同年2月には、日産は、ゴーン氏に対して、刑事事件での起訴事実や日産の社内調査で明らかになったとする「不正」を理由に100億円の損害賠償請求を提起したが、レバノンに出国したゴーン氏に訴状が送達されないままとなっていた。私は、ゴーン氏の逃亡で被告人不在となって停止された刑事裁判に代わって、ゴーン氏をめぐる事件を審理する唯一の訴訟となる同訴訟でのゴーン氏の代理人を受任して応訴することとし、横浜地裁での民事訴訟に被告代理人として対応している。

 今回のケリー氏と日産に対する刑事一審判決についても、判決要旨を入手し、検討を行った。上記のとおり、現在は、ゴーン氏の民事訴訟の代理人という立場にあるので、上記著書公刊の時までのような第三者的・中立的な立場ではないが、従前のゴーン氏の事件に関する論評の延長として、今回の判決を論評することとしたい。

 東京地裁に入る日産自動車の元代表取締役グレッグ・ケリー被告(左)=2022年3月3日、代表撮影  東京地裁に入る日産自動車の元代表取締役グレッグ・ケリー被告(左)=2022年3月3日、代表撮影

>>この記事の関連記事はこちら

ケリー氏・日産の刑事裁判の争点

 この事件については、ゴーン氏、ケリー氏のほかに、「法人としての日産」も起訴されている。日産の刑事責任は、金融商品取引法の「両罰規定」を根拠とするものだ。日本では、刑法には法人を処罰する規定はないが、多くの特別法には「両罰規定」が設けられている。両罰規定というのは、

 「法人または人の業務に関して、役職員が『犯罪行為』を行ったときに、その行為者の処罰に加えて、法人に対しても罰金刑を科す」

 とする規定だ。つまり、「役職員の犯罪行為」を前提に、法人に罰金刑が科される。

 この裁判では、起訴状で「犯罪行為者」とされたのはゴーン氏、ケリー氏、そして、検察と司法取引を行って起訴を免れたとされる当時の秘書室長の大沼敏明氏だ。この3人の共謀によって金商法違反の犯罪行為が行われたとして、法人としての日産も起訴されたものだ。

 裁判での第一の争点は、ゴーン氏が、2010年度~17年度に、実際に支払いを受け、有価証券報告書に記載して開示した役員報酬以外に、開示すべき「未払いの報酬」があったのか否かである。この点が否定されれば、ゴーン氏・ケリー氏・大沼氏の3名共謀による「犯罪行為」そのものが否定されるので、ケリー氏・日産自動車が全面無罪となるだけでなく、ゴーン氏も(裁判を受けた場合には)無罪ということになる。

 開示すべき「未払いの報酬」が存在するとなった場合は、それを開示しなかったことについて、有価証券報告書虚偽記載の犯罪の成否が問題になる。

 そこで、第二の争点となるのが、ケリー氏が、開示すべき「未払いの報酬」について認識していたのか、そして、それを開示しないで有価証券報告書に虚偽記載を行うことについてのゴーン氏・大沼氏らとの共謀が認められるのかどうかだ。この点はケリー氏個人の刑事責任に関するものであり、その点でケリー氏の刑事責任が否定されても、ゴーン氏の刑事責任を否定することには必ずしもつながらない。ゴーン氏や大沼氏を「犯罪行為者」として日産を有罪とすることは可能である。

 判決では、第一の争点について、「2010年度~17年度分」の全ての期間について、検察の主張どおりに、開示すべき「未払い報酬」があったことを全面的に認め、第二の争点については、ケリー氏には、最終年度の2017年度分については、開示すべき「未払い報酬」の認識があり、ゴーン氏・大沼氏との共謀も認められるとして有罪、「2010年度~16年度分」については、その認識がなかったとして無罪とした。

インタビューに応じる日産自動車の元代表取締役グレッグ・ケリー被告= 2022年2月15日 、東京都千代田区インタビューに応じる日産自動車の元代表取締役グレッグ・ケリー被告= 2022年2月15日 、東京都千代田区

判決で前提とされた「当事者間で争いがない事実関係」

 判決は、まず、当事者間(検察官・ケリー氏・日産)で争いがない事実を提示している。そのうち、以下については、ゴーン氏との関係でも概ね争いがない。

  •  日産では、株主総会で決められた取締役の報酬総額は2008年6月以降、29億9000万円が上限で、各取締役への報酬の配分はゴーン前会長に一任され、各取締役の報酬額はゴーン氏が最終的に決定していた。

  •  ゴーン氏は、自らの各年の報酬についても、ABS(based salary)やVC(valuable compensation)などを基準にして算定し、その金額は、日産に入った1999年度は約3億円だったが、2002年度からは10億円を超え、2008年度は26億円余だった。

  •  2010年3月に、内閣府令の改正により、1億円以上の報酬を得た役員の名前や金額を有価証券報告書に記載するよう義務づける「個別開示制度」が導入され、平成21年度の有価証券報告書から開示の対象になった。

  •  それを受け、ゴーン氏は、2009年度分の報酬から、受領する報酬額を大幅に減額し、2009年度分については、2010年3月下旬に、すでに受け取っていた同年度の報酬から7億円を、日産に返金し、同年度の受領額を8億9000万円とした。それ以降の各年度で、受領する報酬額を10億円以下としてきた

  •  各年度の報酬について、秘書室長の大沼氏は、2008年までABSやVCに基づいて計算された金額を「(A)総報酬(GRAND TOTAL)」、実際に支払われた金額を「(B)実際に支払われた金額(Actually paid amount)」、その差額を「(C)未払い報酬(Remaining)」として、それぞれ1円単位まで具体的に記載した「報酬計算書」を作成させ、ゴーン氏がみずから署名していた(ゴーン氏が署名した文書が存在するのは、2013年4月に作成された2012年度分まで)。

  •  ここでの「総報酬」の金額がゴーン氏に支払われた場合に、実際に他の取締役に支払われた金額と合計すると、2016年度と2017年度においては、上記の株主総会で決められた取締役の報酬総額の上限の29億9000万円を超過していた。

  •  ケリー氏、ハリナダ氏において、連結対象ではない日産とルノーの統括会社からの支払い、別の子会社からの支払いが検討されたが、いずれも他国での開示が避けられないことや、適法性の問題などから実現には至らなかった。また、ケリー氏と西川廣人氏において、取締役退任後の顧問報酬、競業避止契約での支払いなど、ゴーン氏退任後に報酬を支払うさまざまな方法について検討が行われたが、ゴーン氏との間で合意には至らなかった。

開示すべき「取締役の報酬」についての対立点と「ゴーン氏の弁解」

 検察官とケリー氏との対立点は、会社が有価証券報告書に記載して開示すべき「取締役の報酬」というのが、(A)「総報酬」なのか、(B)「実際に支払われた金額」なのかである。検察官は、それを(A)だと主張し、ケリー氏は、開示すべき「取締役の報酬」は(B)だと主張する。

 この点に関して、判決で問題とされた点が二つある。一つは、

・・・ログインして読む
(残り:約3511文字/本文:約7016文字)