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妊娠・出産議員や障がい者議員を対象としない「オンライン国会」では不十分だ

「緊急事態」に便乗せず、おそれず憲法改正論議を

南部義典 国民投票総研 代表

 衆議院憲法審査会(森英介会長)は3月3日、「憲法第56条第1項の「出席」の概念について」と題する文書を取りまとめ(賛成―自民、立憲、公明、維新、国民及び有志の6会派、反対―共産)、同月8日、細田博之議長にその内容の報告を行った(以下「憲法審報告」と略)。衆議院議員による「本会議のオンライン出席」を可能とする同条項の有権解釈が示されたものであり、今後、議院運営委員会(山口俊一委員長)にバトンが引き継がれ、衆議院規則改正案(議員の「現場表決」を定める第148条などが対象)の起草作業に移行することになる。

 本稿で改めて、憲法審報告の意義と射程、その問題点について掘り下げたい。

 細田博之衆院議長(中央右)に「オンライン国会」についての報告書を提出する衆院憲法審査会の森英介会長(同左)= 2022年3月8日 、国会内 細田博之衆院議長(中央右)に「オンライン国会」についての報告書を提出する衆院憲法審査会の森英介会長(同左)= 2022年3月8日 、国会内

憲法審報告「4つの特徴」

 憲法審報告において「意見の大勢」として記述されている箇所が、その内容の中核を成す(以下、引用)。

  • 憲法第56条第1項の「出席」は、原則的には物理的な出席と解するべきではあるが、その唯一の立法機関であり、かつ、全国民を代表する国権の最高機関としての機能を維持するため、いわゆる緊急事態が発生した場合等においてどうしても本会議の開催が必要と認められるときは、その機能に着目して、例外的にいわゆる「オンラインによる出席」も含まれると解釈することができる。

  • その根拠については、憲法によって各議院に付与されている議院自律権を援用することができる。

    出典:衆議院憲法審査会(2022年3月3日)会議資料

 短い文章ではあるが、特徴を4つにまとめることができる。

 第一の特徴は、憲法第56条第1項の「出席」は、物理的出席と解するのが原則としつつも、オンラインによる出席(機能的出席)も含むとする、解釈(あてはめ)の変更を行っている点である。仮に、同条項の「出席」が物理的なものに限られるとする見解に立つならば、オンライン出席は当然不可であり、容認するためには別途、憲法改正を要することになるが、憲法審報告は憲法解釈の変更を以て、下位法令(国会法、衆議院規則)の改正等で足りるとする立場を明確にしている。

 第二の特徴は、オンライン出席を「例外的」と位置づけている点である。

 5Gに象徴される昨今の情報通信技術(ICT)の下、PCはもちろん、高性能なスマートフォン、タブレット等の通信機器が普及し、移動中も含め、音声・動画の別なく良好な通信環境が整っている現状からすれば、オンライン出席は議場に物理的に出席する行為と同等とまでは言えないまでも、その違いはもはや相対的なものに過ぎない。

 実際、現下のコロナ禍においては、各党会派の会議、打合せが「密」を避けるために遠隔で行われることも珍しくない。しかし、憲法審報告は、「原則=物理的出席、例外=オンライン出席」という立場を明確にした。これにより、次に述べる「例外が認められる事由として何が想定されるのか」という論点を浮き彫りにしている。

 第三の特徴は、オンライン出席が例外的に許容される場合として、国会としての機能(法律案その他の議案の議決、行政監視など)を維持することを目的に「いわゆる緊急事態が発生した場合等においてどうしても本会議の開催が必要と認められるとき」を要件として挙げている点である。

 「いわゆる緊急事態が発生した場合等において」の「等」に何を含めるかは解釈の余地が残るが、これに続く「どうしても本会議の開催が必要と認められるとき」とは、議員の物理的出席だけでは定足数要件(総議員の3分の1以上=153名以上)を充足せず、議院として機能しなくなるような“限界的状況”を念頭に置いていることは明らかである。

 第四の特徴は、オンライン出席を許容する根拠として、「議院自律権」を援用している点である。衆議院の組織、運営に関する事項は、その自律に委ねられる。厳密には議院規則制定権(憲法第58条第2項)であるところ、特段、国会法の改正までは要しないという立場に則っていると解される。

個別事情を考慮する余地が狭く制度上の意義は小さい

 憲法審報告の内容上の特徴を4つ述べたが、今後の衆議院規則の改正を以て名実ともに「オンライン出席」が可能となるのであろうか。実際のところ、制度上の意義は小さく、その射程は狭い(運用に至る可能性は乏しい)と言わざるを得ない。

 最大の問題は、出産前後の女性議員、障がいを有する議員、特定の感染症にり患(ないし濃厚接触者に該当)するなど物理的な出席が困難な議員が、各々の事情と判断に基づいてオンライン出席をすることが許されない点である。言い換えれば、これら議員の個別事情は「いわゆる緊急事態が発生した場合等においてどうしても本会議の開催が必要と認められるとき」の要件の判断に関して、従属的に考慮される要素にすぎない。

 オンライン出席は元々、女性の政治進出ないし国会改革の観点から議論がスタートし、最近でも自民党の若手議員グループが提言しているところであるが(2020年4月9日)、コロナ禍を受けて論点の視座が徐々に変移してしまったことは否めない。憲法審報告を受けて、たとえ衆議院規則の改正が実現したとしても、体調不良等によって本会議の出席が困難となった場合には、従前の通り「欠席届」を提出しなければならない(衆議院規則第185条)。

 オンライン出席の制度を最も必要とする議員にその保障が及ばないのは、極めて問題である。とくに、一般企業に向けて「在宅勤務」「オンライン会議」の推進、継続を要請する一方、国会では掛け声だけの「オンライン出席」にとどまるとすれば、国民の信頼も得られない。

新型コロナウイルス感染防止のため、出席議員を減らして間隔をあける衆院本会議=2020年4月14日新型コロナウイルス感染防止のため、出席議員を減らして間隔をあける衆院本会議=2020年4月14日

 緊急事態を引き合いに出しながら議論の軸がシフトしたのは、憲法審における討議(学説の検討、選択)もさることながら、憲法上の緊急事態条項の新設(第64条の2として議員の任期の特例等を、第73条の2として法律と同一の効力を有する政令の制定権等を定める)を目指す自民党の意向がにじみ出て、結果として調和してしまったことによるものと、筆者は考える。出産前後の女性議員等のオンライン出席を容認しても、あくまで個々の議員の権限行使の保障にとどまり、緊急事態条項の議論に上手く接続させることができないからである。

 この点に関して言えば、女性議員などから疑問の声が上がっていないのも不可解である。

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