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パリから見えるロシアとウクライナの今~旧ソ連国民の心の解放と東から西への流れ

ヨーロッパの市民によるロシア市民へのメッセージはどこまで届くのか……

永田公彦 Nagata Global Partners 代表パートナー

ロシア、ウクライナから多数の移民・難民が

 このような西側市民によるロシア市民へのメッセージ投げかけの本質を理解するには、近代欧州の「人は東から西へ流れ続けてきた」という歴史を知る必要がある。

 まず、移民や難民だ。20世紀に入り、これが顕著になった。とりわけフランスは、人権の国として、また経済的な人手不足もあり、多くのロシア人やウクライナ人に国境を開放してきた。

 1917年にロシア革命が勃発する前、フランスに住むロシア人は約5万人だった。ところが、1920年代になるとこれが急増する。時の政府による虐殺を逃れてきた約50万人の難民が、フランスに入ったからだ。

 さらに、第2次世界大戦直後にも、大量のロシア人が押し寄せた。現在フランスに住むロシア人は5万3000人と推定されているが、前述した20世紀前半にやってきた移民難民の子孫(多くはフランス人国籍)を加えると、ロシア系住民の数は計り知れない数にのぼる。

 ウクライナ人も多い。1909年にはパリにウクライナ協会が設立されるなど、古くからコミュニティが存在した。それもあって、1920年前後と第2次世界大戦の直後には、それぞれ数千人規模のウクライナ人がフランスに移住している。

 現在、フランスに住むウクライナ人は2万人弱といわれているが、初期移民の子孫の多くはフランス人として暮らしているので、ウクライナ系住民となると、その数十倍になるであろう。

冷戦終結後、西欧化が進んだ旧ソ連構成国

 東から西への流れの二つ目は、1989年のベルリンの壁崩壊、冷戦終結後の旧ソ連構成国の西欧化だ。具体的には、権威主義から民主主義への転換であり、ロシアによる援護から対ロシア防衛への安全保障体制シフトである。

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筆者

永田公彦

永田公彦(ながた・きみひこ) Nagata Global Partners 代表パートナー

フランスを拠点に、フォーチュン・グローバル500企業をはじめ数多くの欧州やアジア系企業に対し、国際経営・事業・組織コンサルティングをおこなう。西南学院大学(文学部)卒業後、82年JTBに入社、本社及び海外事業部門のマネジャーを経て、96年フランスに拠点を移す。MBA(EMリヨン)を取得後、リヨン商工会議所(アジア担当マネジャー)、欧州系調査コンサルティング会社などを経て2003年より現職。リヨン第二大学非常勤講師(アジア経済・経営修士コース 1998~2000年)、北九州市立大学特任教授(グローバル人材育成教育 2013~16年度)、パリ第9大学非常勤講師を歴任し、現在はフランス国立東洋言語文化学院で非常勤講師を務める。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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