パンデミックの次は経済とウクライナ危機のジレンマ。トランプ氏の求心力に陰りも
2022年03月11日
2021年1月、「アメリカを結束する」との宣言とともに就任して1年余り。ジョー・バイデン大統領は、終息しないパンデミック、記録的なインフレ加速に伴う物価高騰、予算案合意の難航、遂にはロシアによるウクライナ侵攻など次々と立ち塞がる困難によって、かなり厳しい局面に立たされている。
米ABCとワシントン・ポストによる最新の世論調査(2月20-24日実施)によれば、バイデン大統領の支持率は38%と歴代でもジェラルド・フォード大統領およびドナルド・トランプ大統領並みの低さを記録した。
また、NPR/PBS/Maristによる全国世論調査(2月15-21日実施)では、国民の過半数からは「バイデン大統領は米国を(結束どころか)分断した」、「バイデン政権の1年目は失敗だった」、「次期大統領選には出馬してもらいたくない」などと、散々な評価が続いた(なお、3月1日の一般教書演説の後、支持率は42%程度に若干回復した)。
現政権の政策に対する「通信簿」とも言われる中間選挙(注)が11月に迫り、アメリカは政治の季節に突入した。中間選挙は、伝統的に注目度が低いと言われるが、次の大統領選挙を見通す上で欠かせないファイクターが多く潜んでいる。
追い詰められたバイデン大統領は共和党に上下両院奪還(レッド・ウェーブ)を許すのか。更に記録的に跳ね上がるインフレ対策と、ウクライナ危機を巡るロシア制裁とのバランスを如何にしてとるのか。本稿では、これまでの国内情勢をベースに、民主党、共和党、トランプ前大統領の動向やウクライナ問題が2024年大統領選挙に及ぼし得る影響を分析したい。
(注)中間選挙は、4年ごとの大統領選挙の中間の年に実施される議会選挙。任期6年の上院は定数100議席の約3分の1、任期2年の下院は全435議席が、それぞれ改選の対象となる。全米で州知事や市長、州裁判官などの選挙も同時に実施される。上院の現有議席数は、民主党50、共和党50、上院議長を兼ねるカマラ・ハリス副大統領が加わることで民主党がかろうじて多数党となっている。下院の議席数は、民主党222、共和党211、空席2(3月2日時点)。予備選挙は各州で3月~9月、本選挙は11月に実施予定。
米国の経済は2021年、実質GDPが前年比5.7%増となるなど、1984年以来最大の成長率を記録した。その一方で、今年2月の米消費者物価指数(CPI)は7.9%上昇(前年同月比)し、インフレに伴う凄まじい物価高は、国民の生活を圧迫している。経済成長とインフレ加速という異なるシグナルが混在する中、日用品等の価格高騰によって国民の不満は鬱積しており、バイデン大統領支持率に大きな影を落としている。
ホワイトハウスが、昨年の約2.2兆ドル規模の経済刺激政策「American Rescue Plan」について、かかる経済・雇用成長促進に大きく寄与していると強調する一方で、エコノミストらの間では、事実上の「ばらまき」が今日の物価高の要因であると批判する声が絶えない。とりわけ2020年大統領選でバイデン氏勝利の鍵となった無党派層の支持率が、前述のNPR/PBS/Maristによる調査では、最高値だった昨年2月に比べて20%も落ち込んでおり、深刻な懸念材料と言えよう。
新型コロナ・パンデミックは3年目に突入した。米国の感染者数は累計で7,900万人を超え、未だ1日あたりの死者数は約1,400人と高い水準にある一方、1月中旬のピークを境に、新規感染者数は9割以上減少している。
しかしバイデン大統領はここにきて国内のインフレを抑制したいという思いと、ロシアに対する経済制裁によって更なる物価高が起きるリスクとの間で、板挟みになっている。
世論が求めるロシアに対する強い経済制裁、なかんずく、エネルギーの禁輸はガソリン価格の急上昇に繋がり、インフレを加速する訳で、双方のバランスをとることは難しく、前途多難だ。
それではバイデン政権はどのように2022年中間選挙を見通しているのだろうか。戦後、中間選挙では、G.W.ブッシュ(2002年)とビル・クリントン(1998年)を除いた全ての大統領が野党に下院奪還を許している。
バイデン大統領は下院で5議席、上院で1議席を失うだけで、多数党の座から転落することなるが、歴代の大統領と同様に、少なくとも下院で多数派でなくなることはほぼ必至だろう。つまり問うべきはどの程度の議席減か、であるが、これを予測する分析モデルについて紹介したい。
本モデル(図表参照)を考案した米デンバー大学のセス・マスケット教授(@smotus)は、「バイデン大統領の支持率と国内経済の回復次第では、中間選挙で民主党が下院における議席ロスを健全なレベルに抑えることが可能」と解説する。
その一方、この2つの指標[一人あたりの可処分所得(RDI)成長率×大統領支持率]が、本選挙目前(9月)まで継続・あるいは下降した場合は(例:RDI成長率0%≧、支持率43%≧)、民主党は下院で「50議席以上ロス」という「惨敗」が予想出来る。
では上院はどうか。共和党系ロビイストのコリー・ブリス氏によれば「共和党による上下両院の奪還(レッド・ウェーブ)は間違いない」と述べる。
上院は民主・共和両党議席が50対50(カマラ・ハリス副大統領=上院議長の1票を除く)で拮抗しており、1議席でも双方にとって命取りだ。100議席中3分の1が対象に過ぎなくとも、かなり厳しい戦いは免れないというのが大方の見解である。
米国民はロシアによるウクライナ侵攻をどう見ているか。また本問題はどのように世論を動かし、更には中間選挙に影響しうるか。一般的に外交問題に対する国民の関心が低い米国とっても(大体どの国でも同じことが言えるが)、ウクライナ危機は世論を席巻する重大課題だ。
バイデン大統領は3月8日朝(現地時間)、原油やガソリン、ジェット燃料などを含むエネルギー関連製品のロシアからの輸入を即時禁止することを発表した。3月1日の一般教書演説で同大統領はロシアを厳しく非難したが、国内の更なるインフレリスクを懸念し、慎重な姿勢を保っていた。
米国は原油・天然ガス輸入量を8%(1日あたり約637,000バレル)ロシアに依存しているために、輸入禁止に踏み切った場合、ガソリン価格をはじめ更なる物価高騰のリスクに直結するだけでなく、なお新型コロナウイルス禍から回復途上にある経済状況を脅かすことになる。ウクライナ危機の煽りをうけたこの2週間のガソリン価格の全米平均は1ガロンあたり4ドルを突破し、14年振りに最高値を記録した(3月8日時点)。
クイニピアック大学による世論調査(3月4-6日実施)によれば「(ガソリン価格が上昇しても)ロシアに対する原油輸入禁止措置を支持する」と回答者の7割が答えている。米国民はロシアへの制裁に超党派で同調する姿勢が強まっている反面、バイデン大統領への支持率に変化は殆ど起きていない。
これまで国内のインフレ・物価高に更なる拍車がかかることや、日常の経済活動に被害が及ぶリスクを回避したい姿勢が強かった米国人も、日々のウクライナの惨状を目の当たりにするにつれて、現地に米兵を派遣しない代わりに伴う「痛み」であれば仕方ない、と許容する姿勢が強まっているようだ。他方、短期間にせよ対ロシア制裁の増強によって更なるコストがかさむことは必至であり、また今後ロシアから報復措置が執られる可能性も大きい。
ホワイトハウスや連邦準備制度理事会(FRB)にとって、経済政策運営が一段と難しくなることには変わりないだろう。
しかし2024年に向けてこれまでと異なる懸念を抱えているのはバイデン大統領や民主党だけではない。共和党サイドにも少しずつ懸念材料が表面化してきた。
昨年10月、筆者は全国共和党委員会幹部から話を聞く機会があり、その際に「2024年大統領選におけるトランプ氏の役割とは何か?」と聞くと、彼女は「今は答える術がない。しかし、共和党にとってトランプ氏は、“有用”(helpful)というよりも“有害”(harm)と認識している」とはっきり答えた。
これには大きな衝撃を受けたが、その言葉の真意がだんだんと明らかになりつつあるようだ。これまでトランプ氏への“依存”度合いが強かった共和党は、最近は一部でミッチ・マコーネル上院院内総務を中心として、トランプ氏の影響力の弱体化に舵を切っている。
マコーネル院内総務は、最近になってトランプ氏を熱烈に支持する「トランプ・ロイヤリスト」の議員らを公に批判したり、昨年1月6日に発生した議事堂襲撃事件に関するトランプ氏の責任追及について肯定的な共和党議員ら(例:アリゾナ州知事のダグ・デューシー氏)を支援したりするなど、これまでにない行動を続けている。
例えば3月1日、テキサス州では全米で一早く中間選挙・予備選挙(11月の本選挙に向けた共和党候補者の選出)が実施された。その州知事選において、トランプ・ロイヤリストとして著名なグレッグ・アボット氏(現職2期目)に対して、「主流派」の有力な共和党対立候補者が多数出馬したことは、恐らく偶然ではないだろう。
アボット氏は、結果次第では2024年大統領選への出馬が現実視され得るほどに重要な戦いである分、尚更だ。このように予備選挙だけで混戦が予想される州は、オハイオ州やジョージア州のような米大統領選のたびに勝利政党がかわりやすい激戦州においても同様であり、共和党関係者もかつて類を見ないと驚きをもって見ている。
トランプ氏の求心力は2020年の落選以降、共和党支持者内でも陰りを見せている。1月下旬に実施されたNBC Newsの世論調査(1月14-18日実施)によれば、「自分自身を“共和党支持者”よりも“トランプ支持者”として認識している」と答えた割合が、トランプ政権時と比べて、54%→36%に減少。また最大支持基盤と言われる高卒以下の白人グループに特化した場合、62%→36%と、顕著に減少した。1月中旬に実施されたAP通信の調査(1月13-18日実施)では、共和党支持者の44%が「トランプ氏に2024年大統領選に再出馬して欲しくない」と回答した。
マスケット教授は最近の一連の事態に対し、「トランプ氏を中心とした熱狂ぶりを共和党における影響力として余り高く買わない方がよい」との見解を明かす。これらは基本的に保守派における2016年来の一時的な“ムーブメント”である一方、現時点でも同グループ内で発揮される影響力が、2022年中間選挙において、共和党全体で通用するか否かについては懐疑的だ。
共和党でのトランプ氏の影響力は依然非常に大きい一方で、共和党重鎮のマコーネル氏の影響力は、上院候補の選出においては絶大であり、「トランプ氏の推薦候補による出馬を阻止出来れば、共和党による上院奪還は可能」との主流派による思惑があるようだ。
現在、全米が親ウクライナ・ムードに覆われている中、トランプ氏による大統領在任中から最近までのプーチン大統領を擁護する発言が、共和党にとって大きなマイナス要素として働いている。
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