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ウクライナ侵略は、日本にとり「対岸の火事」では済まされない

戦争終結には米ロ首脳の直接交渉が必要。和平と紛争予防も包含した努力を

登 誠一郎 社団法人 安保政策研究会理事、元内閣外政審議室長

拡大ウクライナのマリウポリで、ロシア軍の攻撃を受けた産科病院から、負傷して運び出される妊婦=2022年3月9日

停戦協議の3つの焦点

 これまでウクライナとロシアとの停戦協議の成果として公表されたのは、もっぱら人道回廊の設置であるが、これは補足的な措置であり、事前のロシア側の要求から判断すれば、今後の停戦協議の焦点となることは主として次の3点と考えられる。

①ウクライナの中立化、即ちNATO加盟の可否
②非武装化、即ち軍備の廃棄
③ルガンスク、ドネツクという東部2州の自治権拡大または独立の承認(及びロシアのクリミヤ併合の承認)

拡大ベラルーシ南東部で停戦協議に臨んだウクライナ、ロシア両国の代表団=2022年2月28日
 これら諸点は、ウクライナとNATO諸国との基本的関係にかかわる問題であり、その多くは、欧州の安全保障の観点から、ウクライナ一国では判断ができない問題である。従って、ウクライナ側としては、戦局がいくら不利とはいえ、ロシアに対して大きな譲歩を示すことができないことは明白である。これらについてロシアと交渉すべきは、米国なのである。

 筆者は、欧州の安全保障については専門領域ではないが、最近、目にした報道や読んだ関連文書をもとに、あえてこの3つの焦点についての私見を述べてみたい。

焦点①『ウクライナのNATO加盟』は凍結せざるを得ない

 2008年のブカレスト・サミットにおいて、NATO諸国はウクライナの「将来の加盟」について原則的な合意をしたが、その後のドンバス地方における軍事紛争や、親露のヤヌコビッチ政権の成立などで、加盟の手続きは進展しておらず、今回のロシアによる侵攻が始まると、ゼレンスキー大統領も、現状ではNATO加盟は無理との認識を示している。他方、ロシアはウクライナ側に対して、憲法を改正してNATO非加盟及び中立を明文化するよう要求していると伝えられる。

 憲法をどう改正するかしないかは、ウクライナ国民が決めるべき問題であるが、今回のロシアの侵攻の理由が、「NATOの東方拡大阻止」であることを勘案すると、例えば今後10年と期限をつけて、加盟問題は凍結するとともに、ウクライナの安全をNATOとロシアの双方で保障する趣旨の条約締結は必要と考える。

拡大キエフでの会合後に握手するNATOのストルテンベルグ事務総長とウクライナのゼレンスキー大統領=2019年10月31日(Sergei Chuzavkov/Shutterstock.com)

焦点②『非武装化』は日本国憲法の「精神」をモデルに

 非武装化というと、日本国憲法の9条を想起せずにはおられない。独立国が自衛のための戦力を有しないことは、そもそもあり得ないことであるので、現在の憲法9条の表現は決してそのまま他国に勧められるものではない。しかし、「自衛力は有するが、それ以外の目的に利用されるような戦力は有しない」という考え方は、今回の戦争という大きな悲劇を経験したウクライナとして選択すべき一つの道ではなかろうか。

 この点、太平洋戦争の惨禍を乗り越えて、平和国家として発展を遂げた日本が選択した憲法の「精神」が、一つのモデルとして提供できるのではないかと考える。

焦点③『東部2州の態様』は住民投票によって決めるべし

拡大ウクライナ東部の「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立を承認する書類に署名するロシアのプーチン大統領。ロシア大統領府が写真を公表した=2022年2月21日、モスクワ
 今回のロシアによる軍事攻勢の発端は、東部2州の「共和国」としての独立を承認する大統領令の署名(2月22日)であったが、プーチン大統領はその理由として、ウクライナ政府は、2015年に締結されたミンスク合意2(ウクライナ、ロシアに、仏と独を加えた4か国)に違反したので、この合意は破棄する旨を述べた。

 ロシアの主張は、ウクライナ政府が本件合意に規定されている、「憲法改正によって地方分権を明記し、その上で、法律により両地区に特別の地位を付与する」(第11条)ことを順守しなかったことを強調しているが、この「特別の地位」が具体的に何を意味するかは、合意2の条文上においても、また合意2の第11条の脚注においても明確にされていない。

 今回の戦争の結果、この両州の地位が今後いかなるものになるか、あるいは分離独立を容認するか否かについては、停戦協議で決めるべきことではなく、あくまでも戦争終了後に、国連などの監督下で当該地域の住民投票を行って決めるべきと考える。

「独立」対象拡大とクリミア併合承認の要求は無体

拡大クリミア半島シンフェロポリ近郊のウクライナ軍精鋭部隊が駐屯する基地周辺を歩くロシア兵。基地にはロシア国旗が掲げられ、ウクライナ兵は降伏してロシア軍に編入される見通しとなった。ロシア兵の一人は「クリミアの全基地がロシアのものとなった」と話した=2014年3月21日、ウクライナ・クリミア自治共和国
 またロシアは、東部2州「独立」の対象地域を、親露派の支配地域だけではなく、2州全体とするよう、要求を追加的に拡大させているが、支配地域の線引きは、当初のミンスク合意において明確に地図上に示されているので、これを州全体とすることは法的な正当性がなく、住民間の対立と混乱を一層激化することになるので、無体な要求というべきであろう。

さらに、クリミアのロシア併合の承認要求に至っては、クリミア独立に関する住民投票は全く不正であったとする見方が国際社会で一般的であり、2014年の国連総会においても、クリミア併合を非難する決議が圧倒的多数で可決されているので、この併合をウクライナが改めて承認する余地はゼロと言えよう。

憲法を無視して大統領を交代させることは論外

拡大外国メディアの取材を受けるウクライナのゼレンスキー大統領=2022年3月3日(Photographer RM/Shutterstock.com)
 ロシアは、上記の3つの目的を達成して、停戦にこぎつけた後には、明らかに、ゼレンスキー大統領を交代させて、傀儡の大統領をたてようともくろんでいるが、そのようなことを合法的に行うのは不可能である。

 同大統領は公正な選挙により2019年に選出されたものであり、任期は5年間である。ウクライナの憲法108条によると、大統領が任期中に交代するのは、辞任、病気による職務不能、弾劾による解任、及び死亡の場合であり、後任の大統領が選出されるまでの間は、首相が職務を代行する(同112条)。独立から31年間のウクライナの歴史において、大統領が途中交代したのは、2014年に親露派のヤヌコビッチ大統領が亡命した際の一度のみである。

 万が一ゼレンスキー大統領が、今回の戦争の過程で何らかの理由で職務の遂行ができなくなった場合には、憲法の規定に従い、シュミハリ首相が暫定的な大統領代行となって、職務を代行し、その後に速やかに大統領選挙が行われねばならない。

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筆者

登 誠一郎

登 誠一郎(のぼる・せいいちろう) 社団法人 安保政策研究会理事、元内閣外政審議室長

兵庫県出身。東京大学法学部卒業後、外務省入省(1965)、駐米公使(1990)、ロサンジェルス総領事(1994)、外務省中近東アフリカ局長(1996)、内閣外政審議室長(1998)、ジュネーブ軍縮大使(2000)、OECD大使(2002)を歴任後、2005年に退官。以後、インバウンド分野にて活動。日本政府観光局理事を経て、現在、日本コングレス・コンベンション・ビューロー副会長、安保政策研究会理事。外交問題および観光分野に関して、朝日新聞「私の視点」、毎日新聞「発言」その他複数のメディアに掲載された論評多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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