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「政治資金」を隠れ蓑にした選挙買収抑止のために、選挙前の「寄附」を禁止する法改正を

国会議員から地方議員へのばら撒きの流れを断ち、政治不信の解消へ

郷原信郎 郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

◎筆者による公選法改正の提案内容

「公職の候補者等の寄附の禁止」(199条の2第1項)で「政党及び支部に対する寄附」が禁止から除外されているが、「公職選挙の前の一定期間」は、公職の候補者から政党・政治団体・支部に対する寄附も(党等に定期的に定額を納付する場合を除いて)一律に禁止する規定を設ける。

 2019年の参議院広島選挙区をめぐる河井元法務大臣夫妻の公選法違反事件を発端に、「選挙とカネ」をめぐる問題が各地で表面化し、公職選挙に対する国民の信頼が大きく低下している。今年7月の参議院選挙に向けて、公正な選挙の実現に向けての方策を講じることは、与野党を問わず、日本の政治にとって大きな課題となっている。

 河井事件は、当初、「元法務大臣による多額現金買収事件」に注目が集まったが、その後、被買収者の多数の地方政治家の処罰も重大な問題となった。

 2021年6月18日、地方議員、首長、後援会員ら計100人に約2900万円を供与した公選法違反の買収罪で起訴された克行氏に、「懲役3年」の実刑判決が言い渡された後の7月6日、検察は、被買収者100人について、被買収罪の成立を認定した上で99人を起訴猶予、1人を被疑者死亡で不起訴にしたことを公表した。

 この不起訴処分に対して、告発人が検察審査会に審査申立てを行った。検察審査会は、広島県議・広島市議・後援会員ら35人(現職県議13名、現職市議13名)については、「起訴相当」、既に辞職した市町議や後援会員ら46人については「不起訴不当」の議決を行った。

 議決を受け、検察は、「起訴相当」と「不起訴不当」とされた被買収者について再捜査を行った結果、3月15日に、「起訴相当」とされた35人のうち、体調不良で取調べができない1人を除く34人が起訴された。25人は略式請求、違法性を否定した9人は公判請求だった。「不起訴不当」とされた46人は全員が再度不起訴処分となった。

 現職県議・市議の多数が、公選法違反で公民権停止となって失職の見通しとなることから、次々と辞職する事態となっている。

辞職願を提出した議員が欠席し、空席が目立った広島県議会=2022年3月15日、広島市中区辞職願を提出した議員が欠席し、空席が目立った広島県議会=2022年3月15日、広島市中区

 被買収者のうち、違法性を否定した9人のうち5人の広島市議が、3月2日に記者会見を行い、コメントを公表し、その中で以下のように述べている。

 「検察官からの取調においては当初、全員が、この公選法違反の認識については否定したはずである。何故なら、国会議員から寄附を受けることは普通のことであり、そこに選挙被買収のような認識は通常ないからです。ところが、殆どの地方議会議員は、最終的には自白調書に署名して、河井夫妻の刑事公判ではわざわざ東京地裁まで出掛けて、そういう趣旨の証言までしたのです。検察官は、河井元法相は、選挙を多額の金で買った悪人で大罪である。したがって彼を処罰するのが目的だからぜひ協力して欲しいと懇願してきたのです」

 彼らが言いたいのは、「国会議員と地元政治家との金銭のやり取り」は恒常的に行われており、「国政選挙における国会議員候補者から地元政治家へのばら撒き」も、その一環として、違法との認識なく、当然のように行われていたということである。

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次々と表面化する「選挙とカネ」、公安委員長の足元でも

 広島での河井事件は、その後、新潟、京都での「選挙とカネ」の問題の相次ぐ表面化につながっている。

 新潟では、2021年11月に、泉田裕彦衆院議員が、星野伊佐夫県議会議員から、「衆議院選挙で当選するためには選挙区内の有力者に対して金を撒くしかない」と言って裏金を要求されたことを公表し、星野氏を公選法違反で刑事告発している。この問題への泉田議員の厳正な対応に、広島での河井事件の影響があったことは、公表された星野氏とのやり取りからも明らかだ。

 そして、2022年2月には月刊誌『文藝春秋』で、京都における国政選挙の際に、自民党候補者が選挙区内の府議・市議に50万円を配っていた「自民党京都府連の選挙買収問題」が報じられた。

 「衆議院選挙、参議院選挙とも候補者からの資金を原資として活動費(交付金)を交付している。これは府連から交付することによる資金洗浄(マネーロンダリング)をすること」

 とする内部文書に基づいて、国政選挙の候補者から、府連を通して、地方議員に多額の金が渡る「選挙買収の構図」を報じたものだった。

参院予算委で、自身の公職選挙法違反の疑いについて答弁する二之湯智国家公安委員長=2022年3月2日、上田幸一撮影 参院予算委で、自身の公職選挙法違反の疑いについて答弁する二之湯智国家公安委員長=2022年3月2日

 2月10日、衆議院予算委員会で、参院京都府選出参議院議員で前府連会長の二之湯智・国家公安委員長が、立憲民主党の城井崇、階猛議員からこの問題について質問され、地元議員に金を配っていたことを認めた上、「選挙活動の目的ではなく、党勢拡大のためで、適正に処理している」と買収疑惑を否定した。

 同日、松野官房長官は、この問題について、二之湯国家公安委員長から報告を受けたとした上、

 「法令に則して、適正に処理をしているということでございます。私の方としては、その説明を了といたしております」

 と述べて、法的な問題はないとの認識を示した。

 しかし、3月9日の「文春オンライン」の記事では、二之湯氏が府連会長だった2012年12月19日付けの《来夏に施行される参議院議員通常選挙における府議会議員・京都市議会議員に対する活動費の支給について》と題する文書で、〈標記の活動費について、西田昌司議員事務所から既に府連に振り込まれておりますので、これを原資として、上記会議終了後に支給(交付)することとしてよろしいか。〉と記載され、実際に、29人の京都府議・市議に1人 30万円合計1,470万円がばら撒かれていることが明らかにされている。

 様々な公職選挙で、買収も含めた公選法違反の摘発を行っている全国の警察組織のトップの国家公安委員長が自身の選挙買収疑惑を抱えている状況で、警察の選挙違反摘発に対する信頼を維持することができるのだろうか。

 この京都府連の問題に関して、自民党茂木敏充幹事長は、2月15日の定例会見で、

 「自分なりに調べてみたが、立憲民主党の県連などでも同様のケースは散見される。収支報告書を見ればわかることで、同じようなケースが出てくる」

 と述べた。茂木氏が指摘しているように、野党議員の側でも、同様の行為が一部にあるとすると、問題は国会全体に及ぶものということになる。

 検察が、河井事件で、「国政選挙における政治家間の金銭のやり取り」を摘発したことで、 国政選挙の度に、全国で、「政治資金」を隠れ蓑にして、多額の金銭が地方政治家にばら撒かれている実態が、次々と明らかになり、国民の公職選挙に対する信頼が著しく損なわれている。それによって、近年高まっている政治不信が一層助長されることになりかねない。

 「買収まがいの政治資金のやり取り」を抑止するためには、どのような法律の運用ないし改正が考えられるのか、効果的な方策について考えてみたい。

買収罪の成立要件と従来の摘発対象

 相次ぐ「選挙とカネ」の問題では、いずれも公選法の買収罪の適用が問題とされた。
しかし、河井事件までは、「買収まがいの政治資金のやり取り」に対して買収罪が適用されることがなかった。それは、いかなる理由によるのか。

 買収罪は、「当選を得る目的」「当選を得しめる目的」で、選挙人又は選挙運動者に対して「金銭の供与」を行うことで、形式上は、要件が充たされる(221条1項1号)。

 「供与」というのは、「自由に使ってよいお金として差し上げること」だ。「選挙人」「選挙運動者」との間で、「案里氏を当選させる目的」で「自由に使ってよい金」として、金銭のやり取りが行われれば、買収罪が成立することになる。

 従来の公選法違反の摘発の実務では、「買収罪」が適用されるのは、選挙運動期間中などに、有権者に直接投票を依頼して金銭を渡したり、選挙運動員に、法定の限度を超えて対価を支払ったりする行為に限られ、地元政治家や地元有力者等との金銭のやり取りが買収罪で摘発されることは殆どなかった。

 それは、公職の候補者が、地方政治家や有力者に対して行う金銭の提供は、「選挙に向けての支持拡大のための政治活動」という性格もあり、「選挙運動」ではなく「立候補予定者が所属する政党の党勢拡大、地盤培養のための政治活動」を目的とする「政治活動のための寄附」との弁解が行われやすい。その主張を通されると、「選挙運動」の報酬であることの立証は容易ではないからである。そのため、これまで、候補者から政治家への金銭の提供については、警察は買収罪による摘発を行わず、検察も起訴を敢えて行ってこなかった。

 そのような捜査機関側の姿勢もあって、国政選挙の度に、地方政治家に「選挙に向けて支持拡大のための活動」を依頼して金銭が提供されることは恒常化し、半ば慣行化していったと考えられる。

河井事件と京都府連問題との違いは「迂回ルート」

 河井事件の被買収議員が会見コメントで述べているように、この事件では、検察の取調べで、処罰されるのは河井夫妻だけで自分達は処罰されることはないだろうとの期待を抱かされ、「案里氏の参院選のための金と思った」と認める検察官調書に署名した。

 河井夫妻の起訴状には被買収者の氏名がすべて記載されたが、100人全員について、刑事処分どころか、刑事立件すらされず、河井夫妻事件の捜査は終結した。これを受け、市民団体が、被買収者の公選法違反の告発状を提出したが、告発は受理すらされず、検察庁で「預かり」になったまま、河井夫妻の公判を迎えた。

河井克行前法相と妻の案里参院議員を告発し、会見する市民ら=2019年12月2日、広島市役所 河井克行前法相と妻の案里参院議員を告発し、会見する市民ら=2019年12月2日、広島市役所

 買収罪で逮捕・起訴された克行氏は、初公判では「起訴事実は買収には当たらない」として全面無罪を主張し、被買収者ほぼ全員の証人尋問が行われることになった。被買収者は「処罰されることはないだろうとの期待」を持ったまま証人尋問に臨み、殆どが、「案里氏の参院選のための金と思った」と証言した。検察は、市民団体の告発は受理したものの、被買収者らの期待どおり、全員を不起訴とした。しかし、その後、検察審査会の議決で、地方議員の多数の被買収者が一転して起訴されることになったのである。

 では、「京都府連の選挙買収問題」には買収罪は成立するのか。 

 河井事件は、「国会議員個人→地方議員個人」というルートの国政選挙に関する金銭の提供が行われた事案だったのに対して、京都府連では、「国会議員個人→都道府県連→地方議員個人」というルートについて、買収罪の成否が問題になっている。

 「国会議員個人→地方議員個人」という直接のルートと、「国会議員個人→都道府県連→地方議員個人」という「迂回ルート」で違いがあるとすれば、県連を経由することで政治資金収支報告書に記載されるという「政治資金の処理の確実性」の点であろう。

 克行氏の場合、「国会議員個人→地方議員個人」のルートで、「自民党の党勢拡大、地盤培養活動の一環としての地元政治家らへの寄附」と称する「政治資金の寄附」を行ったと供述しだが、領収書の交付は殆ど行われておらず、政治資金としての処理自体が適法なものではなかった。

 その点、「国会議員個人→都道府県連→地方議員個人」の京都府連のルートは、都道府県連という政治資金処理が確実な組織を通しており、「政治資金規正法上の合法性」が担保されている点が河井事件とは異なると言える。

 しかし、

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