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プーチンはウクライナだけで満足するか?〜チェコからの報告(上)

第三次世界大戦前夜としてのウクライナ危機

細田尚志 チェコ・カレル大学社会学部講師(安全保障論)

ウクライナ国民の犠牲の上にある私たちの日常

 プーチンによるウクライナ侵攻後、チェコ共和国内では、ガソリン及び軽油価格が高騰し、ロシアやウクライナからの鉄鉱石やニッケルなどの輸入が滞っているほか、輸入木材の在庫不足も表面化、ウクライナ人労働者流動化も指摘されるなど、日系企業も含めた製造業や建設業に対する悪影響が懸念されています。さらに、小麦や植物油などの世界生産の一割程度を占めるウクライナの混乱は、中長期的に様々な消費財の値上がりをもたらします。しかし、これは、ウクライナ国民が直面する大切な人の死や故郷の喪失に比べたら、控えめな負担ではないでしょうか。

ロシアによるウクライナ侵攻に抗議する人々、チェコ・プラハで Matyas Rehak:shutterstock.com拡大ロシアによるウクライナ侵攻に抗議する人々、チェコ・プラハで Matyas Rehak:shutterstock.com

 私の住むチェコ共和国はウクライナと直接国境を接していないものの、携帯電話会社のデータでは、すでに20万人前後のウクライナ人避難民が入国していると見られています。チェコ政府は、非常事態宣言を発令して現場の警察官にも特別滞在許可証の発行権限を与えることで増加する避難民の保護を進めているほか、ウクライナに対する30億円規模の弾薬追加供与も決定しました。さらに、これまで、親露派として見られてきたゼマン大統領が、他の中・東欧諸国首脳とともに、ウクライナのEU加盟を積極的に支援する立場を明らかにしたほか、他国義勇軍への参加が原則禁止されているチェコ国民がウクライナ義勇軍へ参加した場合、帰国後に大統領恩赦を与えるという事実上の容認発言もあり、すでに500名以上の元チェコ軍兵士などが参加表明しています。

 しかし、天然ガスと原油輸入の多くをロシアに頼る中・東欧諸国は、自分達の快適さのために、ウクライナ侵略中であっても、ロシアからの完全なデカップリングを行えません。これは、欧州諸国によるロシアのSWIFTからの除外決定にもかかわらず、輸入資源の代金支払いに必要なロシア最大手ズベルバンクと天然ガス大手ガズプロム子会社のガズプロムバンクが排除対象外とされたことからも見てとれます。さらに、欧州におけるロシア産地下資源への依存度は東高西低で各国の認識に開きがあるほか、簡単に輸入先を変更することは困難です。実際、EUは、ロシアへのエネルギー依存を2027年までに解消する計画を本年5月に策定する予定で、米主導のロシア産原油禁輸には参加できませんでした。

ウクライナの血の犠牲に、チェコが感じる自責の念

 開戦以降、ウクライナ国境には、ウクライナからの避難民をサポートするために各国から多くのボランティアが駆けつけ、チェコ国内でも様々な支援やチャリティーが行われています。主催者の声を聞いてみると、ウクライナとの連帯を示すためとか、プーチンの蛮行に反対するためとの答えがありましたが、自分達の日常がウクライナの人々の血の犠牲の上に成り立っている一方で、北大西洋条約機構(NATO)が第三次世界大戦へのエスカレートを懸念して介入を回避するなど、今この瞬間も行われているロシア軍によるウクライナ国民に対する無差別殺戮を止めることができないという不条理さと自責の念に駆られている点に注意すべきです。この点、プーチンによる蛮行は、ウクライナと言う独立主権国家に対する権威主義国家による挑戦だけではなく、欧州や、西側自由世界に対する挑戦でもあると認識すべきです。

Yanosh Nemesh:shutterstock.com拡大Yanosh Nemesh:shutterstock.com

 また、事態が長期化する様相を見せるに伴い、文字通り着の身着のままで逃げてきたウクライナ国民の一時退避受け入れから、彼らの住居や雇用、教育など長期的な生活基盤の確立へと焦点が移っています。さらに、過去、シリア難民などの受け入れを頑なに拒んできた中・東欧諸国のどちらかというと外国人に閉鎖的な社会では、文化的・宗教的に近いウクライナ人であっても避難民の大量流入が引き起こす治安悪化への懸念も聞かれ始めています。

 3月10日深夜にはウクライナが運用する旧ソ連製の大型ジェット偵察ドローンがコントロールを失いクロアチアの首都ザグレブに落下する事故もありました。外務省の資料によると、ウクライナに隣接するNATOの東縁部諸国内だけで、約1,100社の日系企業が活動し、7,300人近い日本人が住み、その大半が社命で駐在する日系企業駐在員とその家族です。ロシアによるウクライナ侵攻とそれに伴う戦争は、日本から遠く離れたところで起きている他人事の話ではなく、日本の経済、社会、そして、日本人に直結する深刻な事態なのです。

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筆者

細田尚志

細田尚志(ほそだ・たかし) チェコ・カレル大学社会学部講師(安全保障論)

1972年生まれ。博士(国際関係学)。日本大学大学院国際関係研究科国際関係研究専攻博士後期課程修了。日本国際問題研究所研究助手、在チェコ共和国日本国大使館専門調査員を経て現職。著作に「Considering New Geopolitical Analysis on Japan-China Equivocal Relations」『Geopolitics in the Twenty-First Century』(Nova Science Publisher, 2021)など。 ※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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