第三次世界大戦前夜としてのウクライナ危機
2022年03月19日
プーチンによるウクライナ侵攻後、チェコ共和国内では、ガソリン及び軽油価格が高騰し、ロシアやウクライナからの鉄鉱石やニッケルなどの輸入が滞っているほか、輸入木材の在庫不足も表面化、ウクライナ人労働者流動化も指摘されるなど、日系企業も含めた製造業や建設業に対する悪影響が懸念されています。さらに、小麦や植物油などの世界生産の一割程度を占めるウクライナの混乱は、中長期的に様々な消費財の値上がりをもたらします。しかし、これは、ウクライナ国民が直面する大切な人の死や故郷の喪失に比べたら、控えめな負担ではないでしょうか。
私の住むチェコ共和国はウクライナと直接国境を接していないものの、携帯電話会社のデータでは、すでに20万人前後のウクライナ人避難民が入国していると見られています。チェコ政府は、非常事態宣言を発令して現場の警察官にも特別滞在許可証の発行権限を与えることで増加する避難民の保護を進めているほか、ウクライナに対する30億円規模の弾薬追加供与も決定しました。さらに、これまで、親露派として見られてきたゼマン大統領が、他の中・東欧諸国首脳とともに、ウクライナのEU加盟を積極的に支援する立場を明らかにしたほか、他国義勇軍への参加が原則禁止されているチェコ国民がウクライナ義勇軍へ参加した場合、帰国後に大統領恩赦を与えるという事実上の容認発言もあり、すでに500名以上の元チェコ軍兵士などが参加表明しています。
しかし、天然ガスと原油輸入の多くをロシアに頼る中・東欧諸国は、自分達の快適さのために、ウクライナ侵略中であっても、ロシアからの完全なデカップリングを行えません。これは、欧州諸国によるロシアのSWIFTからの除外決定にもかかわらず、輸入資源の代金支払いに必要なロシア最大手ズベルバンクと天然ガス大手ガズプロム子会社のガズプロムバンクが排除対象外とされたことからも見てとれます。さらに、欧州におけるロシア産地下資源への依存度は東高西低で各国の認識に開きがあるほか、簡単に輸入先を変更することは困難です。実際、EUは、ロシアへのエネルギー依存を2027年までに解消する計画を本年5月に策定する予定で、米主導のロシア産原油禁輸には参加できませんでした。
開戦以降、ウクライナ国境には、ウクライナからの避難民をサポートするために各国から多くのボランティアが駆けつけ、チェコ国内でも様々な支援やチャリティーが行われています。主催者の声を聞いてみると、ウクライナとの連帯を示すためとか、プーチンの蛮行に反対するためとの答えがありましたが、自分達の日常がウクライナの人々の血の犠牲の上に成り立っている一方で、北大西洋条約機構(NATO)が第三次世界大戦へのエスカレートを懸念して介入を回避するなど、今この瞬間も行われているロシア軍によるウクライナ国民に対する無差別殺戮を止めることができないという不条理さと自責の念に駆られている点に注意すべきです。この点、プーチンによる蛮行は、ウクライナと言う独立主権国家に対する権威主義国家による挑戦だけではなく、欧州や、西側自由世界に対する挑戦でもあると認識すべきです。
また、事態が長期化する様相を見せるに伴い、文字通り着の身着のままで逃げてきたウクライナ国民の一時退避受け入れから、彼らの住居や雇用、教育など長期的な生活基盤の確立へと焦点が移っています。さらに、過去、シリア難民などの受け入れを頑なに拒んできた中・東欧諸国のどちらかというと外国人に閉鎖的な社会では、文化的・宗教的に近いウクライナ人であっても避難民の大量流入が引き起こす治安悪化への懸念も聞かれ始めています。
3月10日深夜にはウクライナが運用する旧ソ連製の大型ジェット偵察ドローンがコントロールを失いクロアチアの首都ザグレブに落下する事故もありました。外務省の資料によると、ウクライナに隣接するNATOの東縁部諸国内だけで、約1,100社の日系企業が活動し、7,300人近い日本人が住み、その大半が社命で駐在する日系企業駐在員とその家族です。ロシアによるウクライナ侵攻とそれに伴う戦争は、日本から遠く離れたところで起きている他人事の話ではなく、日本の経済、社会、そして、日本人に直結する深刻な事態なのです。
ロシア軍によるウクライナ国民に対する無差別殺戮や原子力発電所に対する攻撃は、非人道的であり即時に停止されるべきで、懸念される化学兵器の使用も絶対に回避されるべきですが、プーチンは、ウクライナ側が飲めない条件を繰り出して、攻撃の継続を目指しています。24日の侵略開始当初、一般市民や居住地域に対する攻撃を回避していたロシア軍は、ウクライナ側の果敢な防衛や、近年のロシア陸軍の諸兵科連合戦術単位である大隊戦術群(BTG)という800名程度の比較的小規模な部隊編成が通信能力や兵站能力不足を露呈させた点、その結果としての士気の低下や大量の投降、航空支援を伴わないちぐはぐな攻撃など様々な理由から侵攻速度が低下しています。そして、その遅れを解消するために、居住地域や人道回廊、そして、産婦人科・小児病院や学校に対する攻撃など、(戦争自体が非人道的ですが)特に非人道的な戦術が目立ってきました。この蛮行には、言うことを聞かないウクライナ人に対する「懲罰」的な上から目線の意識が含められています。そもそも、ウクライナを占領してロシアが管理する場合、最低でも50万人の兵力が必要と指摘される中で、プーチンは、その準備すらしていなかったと考えられます。
ウクライナ側の善戦によって、「非武装化」および「非ナチス化」と言う抽象的な目標を現時点で達成できる気配はなく、プーチンの面子を保った形での停戦も難しいことから、事前に集結させた19万人の戦力を全てウクライナに投入したロシアは、戦力の追加投入によってじわじわとウクライナ全土を掌握するまで戦いを継続する意向で、早期の収束は期待できません。今後は、ロシアの国力が許す限り、一般犠牲者も厭わない都市の徹底的な破壊と、ウクライナ人や国際義勇兵によるパルチザン方式の抵抗という長期戦、つまり、ウクライナのアフガン化が懸念されます。その際に、自国兵士の命すら軽視して、体制に楯突く国民を弾圧し情報統制する「ファシスト」指導者が、他国民の被害に心を痛めて配慮することは期待できないでしょう。
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