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日本への教訓「無抵抗主義は評価も理解もされない」〜チェコからの報告(下)

「戦うウクライナ人」の姿が呼んだ欧州の変化

細田尚志 チェコ・カレル大学社会学部講師(安全保障論)

プーチンはウクライナだけで満足するか?〜チェコからの報告(上)から続く

欧州諸国の目を覚まさせたウクライナ侵略

 プーチンの豹変を病気のせいにする指摘もありますが、それは、本来のプーチンはこんなことをする悪い人ではないと言う前提が存在します。しかし、プーチンの決定は、欧米に対する憎悪感情を利用した、ロシア国内のナショナリズムや大国的な虚栄心をくすぐる「大ロシア」帝国再興を、後世に委ねないで自分が達成するという固い決意と軍事的な合理性に基づく行動だと思います。彼は、民主主義諸国はバラバラで脆弱であると認識し、国際的な経済制裁の影響も中国のバックアップを計算して考慮していません。だからこそ、ドイツをはじめ多くの欧州諸国が、大きな危機感を抱いて、それまでの国是をかなぐり捨てて大きく変わったのではないでしょうか。

ドイツのショルツ首相 steflas:shutterstock.com拡大ドイツのショルツ首相 steflas:shutterstock.com

 プーチンによるウクライナ侵略前に、武器輸出に関する厳格な規制を盾に、武器弾薬の代わりにヘルメット5000個と野戦病院セットを送ったドイツのショルツ連立政権は、侵略後、それまでのタブーを次々に破り、ウクライナが紛争地域であるにもかかわらず特例措置として携帯式対戦車兵器及び携帯式防空システムの供与を決定しました。また、侵略を「歴史的な転換点」と表現したショルツ首相は、民主主義と自由を守るために1,000億ユーロ(約12兆8,000億円)の軍事力強化基金を準備してドイツ連邦軍の強化を図ることや、現在、GDPの1.5%程度の530億ユーロ(約6兆8,000億円)である国防費をNATOの同盟目標であるGDP2%に引き上げること、そのために均衡財政主義にこだわらずに国債発行額を増やすこと、そして、ノルド・ストリーム2パイプラインの凍結やロシア産資源への依存度低減を宣言しました。これに対し、中・東欧諸国からは、ようやく軍事的な役割を果たすことを決めたドイツを歓迎する声が聞かれる一方で、ドイツがNATO及びEUに組み込まれている限り、これを不安視する声は聞かれません。ドイツのほかポーランドやチェコ、スウェーデンなど多くの欧州諸国も国防強化を表明しています。

 一方、EUは、ウクライナの加盟受け入れという難問に直面しています。ウクライナのEU加盟申請を促すフォンデアライエン欧州委員会委員長の勇み足から、ウクライナがEU加盟申請を行い、ジョージアやモルドヴァもこれに続きました。しかし、EUには、ウクライナなどの新規加盟の前に、長年の懸案となっているトルコや西バルカン諸国のEU加盟問題をどのように解決するのかという深刻な問題が山積しています。3月10・11日に開催されたEUサミットでは、ウクライナの早期加盟に消極的な結果となりました。また、EUの機能は、経済・社会統合のための上位地域統合という側面だけではありません。本年前半のEU議長国であるフランスや欧州委員会は、欧州内の有志国を束ねて欧州独自に運用できる5,000人規模の緊急対応軍事力の整備を目指す「戦略的コンパス」構想の実現を目指しています。しかし、この軍事力は、ロシアなど国家主体のもたらす直接的な脅威に対処することを想定していません。また、これまでのEUの外交・安全保障政策は非軍事的な内容や手段が中心でしたが、今後、このアプローチの見直しや国家による脅威に対応可能な欧州軍の創設議論も俎上に載るでしょう。

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筆者

細田尚志

細田尚志(ほそだ・たかし) チェコ・カレル大学社会学部講師(安全保障論)

1972年生まれ。博士(国際関係学)。日本大学大学院国際関係研究科国際関係研究専攻博士後期課程修了。日本国際問題研究所研究助手、在チェコ共和国日本国大使館専門調査員を経て現職。著作に「Considering New Geopolitical Analysis on Japan-China Equivocal Relations」『Geopolitics in the Twenty-First Century』(Nova Science Publisher, 2021)など。 ※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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