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政府予算に賛成した国民民主党はどこへ 連立政治の作法とは~中北浩爾・中島岳志対談

国民民主党の動きは予定の事態か? 自公は割れないのか? 共産党と野党の関係は?

吉田貴文 論座編集部

連立に臨む自民党の凄み

――長らく自公連立を続けている自民党は、連立政権の流儀を分かっているのでしょうか。

拡大中北浩爾・一橋大教授
中北 ある自民党関係者は、国民民主党とはゆくゆくは連立だろうと語るなかで、「連立内での自民党のウエイトは減るかもしれないが、二党よりも三党連立の方がバランスがとれて、長期政権化する」と言いました。譲ることによって得られるリターンまで計算する、自民党の凄みですね。

中島 自民党の凄みは、1994年で衆議院に比例代表並立制を導入する法案が通った時点で、連立の時代の到来を察知し、「自社さ」の村山連立政権から実践したことです。

 この政権で興味深いのは、会議の構成を、自民党3、社会党2、さきがけ1にした点。社会党とさきがけが反対したら、自民党案は通らない。一番多く議席を持つ自民党が一歩引く形です。連立の流儀を自民党は理解できていたと、当時、社会党議員だった保坂展人さん(現世田谷区長)は評価していました。

中北 自社さ政権ができるとき、自民党内の反対派を押し切る決定打となる演説をしたのは衛藤晟一さん。知る人ぞ知る右派の大物です。昨年、衛藤さんにインタビューした際、「日本の保守とか右は、そこまでガチガチじゃない。原理論は言うけれど、妥協すべき時は妥協もする」と言い切りました(アジア・パシフィック・イニシアティブ『検証 安倍政権』文春新書、258ページ)。

 当時は政権に返り咲くことが重要で、そのためには55年体制のもと対立を続けてきた左の社会党とも組む。そうした柔軟性、リアリズムを持つ自民党の懐の深さを感じたのを覚えています。

拡大自社さ政権の3党首。(左から)社会党の村山富市首相、自民党の河野洋平副総理・外相、さきがけの武村正義蔵相=1994年7月19日、首相官邸

自民党と公明党はもめても別れない

――小選挙区比例代表並立制のもとでは二つの政党ブロックができたうえで、小政党も残る。政治的リアリズムで言えば、連立を視野に置くのが当然だと思います。実際、平成時代の政権はほとんどが連立です。中北先生は自公連立政権について『自公政権とは何か』(ちくま新書)も書かれていますが、今や日本政治の“標準”になった連立について、どう見ておられますか。

拡大自由民主党本部=2021年7月17日、東京都千代田区永田町、朝日新聞社ヘリから

中北 自公連立には二つの柱があります。一番重要な柱は選挙協力です。小選挙区制をメインとする選挙制度なので、選挙協力しないと公明党は生き残れません。小党の存続を可能にする比例代表制をうまくつかった選挙協力を、自民党と公明党は巧みにやっている。それができるのは、両党とも固定票がしっかりしているからです。小選挙区は自民党、比例区は公明党をメインに、それぞれが持つ票を上手く案配しています。

 もうひとつの柱は政策調整です。自民党と公明党が話し合い、譲るべきところは自民党も公明党に譲り、最後は決めきるプロセスを確立しました。自民党と公明党の政策は必ずしも一致しません。悪口を言いあいながら、両党の顔が立つようにまとめる。

 集団的自衛権行使についての憲法解釈変更が典型的です。厳しい交渉の末、公明党から見れば個別的自衛権の拡張、自民党からは集団的自衛権の行使容認というところで決着させました。

 実は自民党と公明党は常にもめているんです。でも、連立解消がささやかれても、そうはならない。ぶつかり合いながら、譲歩のラインをうまく見出して、双方が納得する形をつくる。揉めることでガスを抜き、お互いの必要性を再確認して、連立を続けるという関係になっています。

――中島さんは自公連立をどう見ています。

中島 自公連立が継続するもう一つの要素に、創価学会の特徴があると思います。端的に言うと、強いものには巻かれにいく。自分たちの宗教をどうやって権力から守るかという強い意識が、背後にあると思います。

 創価学会(創立当初は創価教育学会)は、初代会長の牧口常三郎が戦時中に検挙され、獄中死しました。公明党の設立には、政治力を持つことで自分たちの信仰を権力から守るという側面がありました。新進党に参加していた頃、公明党は池田大作名誉会長の証人喚問や宗教団体への課税問題などで自民党から攻められました。攻められると、そちらに身を寄るという行動パターンが、学会には見えます。新進党が解党した後、自民党の方に寄っていきましたよね。

 民主党の鳩山由紀夫政権ができた時も、公明党・創価学会は「新しい公共」は一緒にできそうなどと、いろんなシグナルを民主党に送っていました。ただ、あまりに稚拙な内閣だったので、自公の絆を切れなかった。

拡大公明党東京都本部=2021年7月17日、東京都新宿区南元町、朝日新聞社ヘリから

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筆者

吉田貴文

吉田貴文(よしだ・たかふみ) 論座編集部

1962年生まれ。86年、朝日新聞社に入社。政治部で首相官邸、自民党、外務省、防衛庁(現防衛省)、環境庁(現環境省)などを担当。世論調査部、オピニオン編集部などを経て、2018年から20年まで論座編集長。著書に『世論調査と政治ー数字はどこまで信用できるのか』、『平成史への証言ー政治はなぜ劣化したのか』(田中秀征・元経企庁長官インタビュー)、共著に『政治を考えたいあなたへの80問ー3000人世論調査から』など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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