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西村智奈美、大沢真理、本田由紀さん座談会~野党は社会経済政策にどうとりくむのか(上)

衆院選総括と、岸田政権の評価は

木下ちがや 政治学者

 わたしたちの暮らしを左右する社会経済政策をめぐり、野党は昨年10月の衆院の総選挙で、有権者の心に届く訴えをできたのか。岸田政権のとりくみをどう評価するか。この夏の参院選ではどのように訴え、争点化を図ればよいのか。立憲民主党の西村智奈美幹事長と、東京大学名誉教授で経済学者の大沢真理さん、東京大学教授で社会学者の本田由紀さんにご参加いただき、オンラインで座談会を開きました。企画・司会・執筆は政治学者の木下ちがやさん。上下2回に分けてご紹介します。

(論座編集部)

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西村智奈美

(にしむら・ちなみ)

立憲民主党幹事長
1967年生まれ。新潟大学大学院法学研究科終了。修士(法学)。大学非常勤講師、新潟県議などを経て、2003年衆院選に民主党から立候補し初当選。厚生労働副大臣などを歴任した。立憲民主党結党に参加、2021年の党代表選に立候補して敗れ、幹事長に就任。当選6回。
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大沢真理

(おおさわ・まり)

東京大学名誉教授
1953年生まれ。東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。博士(経済学)。東京大学社会科学研究所助教授・教授などを歴任し、東京大学名誉教授。専攻は社会政策の比較ジェンダー分析。著書に『現代日本の生活保障システム』『生活保障のガバナンス』など。
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本田由紀

(ほんだ・ゆき)

東京大学教授
1964年生まれ。東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。博士(教育学)。東京大学社会科学研究所助教授などを経て、同大学院教育学研究科教授。専門は教育社会学。著書に『若者と仕事』『多元化する「能力」と日本社会』『「日本」ってどんな国?』など。

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司会・木下ちがや

(きのした・ちがや)

政治学者
1971年生まれ。一橋大学社会学研究科博士課程単位取得退学。博士(社会学)。工学院大学非常勤講師、明治学院大学国際平和研究所研究員。著書に『「社会を変えよう」といわれたら』『ポピュリズムと「民意」の政治学』『国家と治安』など。
松下秀雄
(まつした・ひでお)
朝日新聞「論座」編集長
1964年生まれ。朝日新聞政治部記者、論説委員、編集委員を経て現職

1.総選挙をめぐって

 ――昨年の総選挙で野党は苦戦しました。その要因はさまざまありますが、新型コロナ危機の状況下において、とりわけ野党はジェンダー政策を強調しましたが、有権者の要求に十分嚙み合った論戦はできたでしょうか。

街頭演説では使いにくい「ジェンダー」という言葉

 西村)今回の総選挙では新型コロナの影響があり、私はほとんど集会をやりませんでした。街頭演説がもっぱらで、短時間で話す場合が多いので、ジェンダーという言葉を演説のなかでは使っていません。理由の一つは、ジェンダー平等という言葉については人によってとらえ方がいろいろで、「ジェンダーって何?」というところから説明しなければならなくなり、演説がそれだけで終わってしまうからです。またジェンダー政策には社会経済的な男女間の賃金差別や大学入試の差別といった構造的な差別問題を解消することと、人権にかかわる課題があり、これらの課題の解決を短時間で話すことはなかなかできません。

 選挙戦での地元の反応は、税金の無駄遣い、国会での嘘の答弁、さらには公文書の改ざんと、おかしなことが行われているにもかかわらず誰も責任をとっていない、こんな自民党政治を変えてほしいということが主だったと思われます。ジェンダー政策の主流化がよくいわれ、あらゆる分野でジェンダーの視点を入れていくことが必要だといわれますけれども、まだまだ道は遠いと思っています。

 大沢)街頭演説というのは、30秒の間に一歩でも足を止めてもらうことができたら成功だといわれるくらいに厳しい場なので、「ジェンダーって何?」という説明はできないという実情はよくわかります。そのうえで有権者のみなさんがさまざまな理不尽や不合理に対して怒りを感じているのを実感なさったというお話でした。

拡大立憲民主党代表選候補者の討論会でボードを出す西村智奈美氏=2021年11月22日、東京都千代田区

 そのあたりの経験を踏まえて、西村さんは総選挙後におこなわれた昨年11月の立憲民主党の代表選で、メーンスローガンとして「多様性を力に」「理不尽を許さない」を訴えられたと思います。それは総選挙での政策を進化させ、経験に根差して、訴え方を工夫されたのだと思います。

貧困は「かわいそうな誰かのこと」と思っている日本の人びと

 大沢)日本は先進諸国のなかで貧困な人の比率が有数に高い社会であることは、かなり知られるようになってきています。「ワーキング・プア」や「貧困女子」という言葉も一般に通用しています。しかし多くの人は自分のことではなく、かわいそうな誰かさんのことと思っています。収入や資産の客観的な指標からみれば貧困層に属すると思われるような人も、「それは自分のことではない」と思っている方が多いのではないでしょうか。

 この他人事扱いを突破するために必要だと私が思っているのは、格差や貧困を放置していると、災害の被害も不必要に大きくなるということです。この災害には水害や地震、津波、旱魃だけでなく、国際的な災害研究では病原体による大規模感染症も含みます。(東日本大震災の教訓を踏まえた)2015年の「仙台防災枠組」などにも、貧困や格差は災害の「潜在的なリスク拡大要因」であるので、常日頃から対処しなければならない、とされています(注1)

 また、OECDが2010年代半ばから指摘してきたのは、格差や貧困を放置していると経済成長も阻害されるという点です。貧困ライン以下の人たちだけではなく、所得分布下位40%の人たちが取り残される社会では、大幅に経済成長が阻害されるとしています。災害被害をあらかじめ緩和する、あるいは経済成長を阻害しないという観点からみても、格差や貧困はすべての人の課題であるということを改めて強調したいと思います。そしてグローバルにも日本においても、貧困のもとで暮らす人の過半数は女性と女児です。

 日本政府も合意している国連のSDGs(持続可能な開発目標)の第1目標には貧困の撲滅が掲げられています。かつてのMDGs(ミレニアム開発目標)では貧困や飢餓は途上国の問題とみなされていましたが、SDGsでは先進国も含むすべての国に対して、貧困を少なくとも半減することを求めています。そしてこの目標が、第5目標であるジェンダー平等と密接に連動する位置づけになっています。日本政府も当然これに同意しています。

拡大オンライン座談会に参加する大沢真理・東京大学名誉教授
 ところが日本の貧困問題の特徴の一つとしては、政府による所得再分配がかえって貧困を深めてしまうという、他の国にはほとんどみられないような異常事態といっていい状況があります。たとえば東京都立大学の阿部彩さんが早くから分析し、指摘してきたように、子どもの貧困は政府の所得再分配によってかえって深まります。子どもが貧困というのは、子どもを育てている親が貧困ということですから、これは政府が子育て世帯に対して鞭をふるうという、あってはならないことがやられているわけです。

 しかし自民党政府はこれを認めてきませんでした。西村さんは代表質問でこの問題について岸田首相に迫ったわけですが、その答弁はなんと国際的に用いられている貧困指標は日本には「なじまない」というものでした。これは大問題です。貧困研究をしている人たち、そのための基礎データを集めている役人たちにとって、首相がこんなことを言ってしまったらデータも集められない、分析もできないという話になりかねないからです。

(注1)2015年3月に宮城県仙台市でおこなわれた第3回防災世界会議で採択された文書のこと。仙台防災枠組(仮訳) https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000081166.pdf

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筆者

木下ちがや

木下ちがや(きのした・ちがや) 政治学者

1971年徳島県生まれ。一橋大学社会学研究科博士課程単位取得退学。博士(社会学)。現在、工学院大学非常勤講師、明治学院大学国際平和研究所研究員。著書に『「社会を変えよう」といわれたら」(大月書店)、『ポピュリズムと「民意」の政治学』(大月書店)、『国家と治安』(青土社)、訳書にD.グレーバー『デモクラシー・プロジェクト』(航思社)、N.チョムスキー『チョムスキーの「アナキズム論」』(明石書店)ほか。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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