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西村智奈美、大沢真理、本田由紀さん座談会~野党は社会経済政策にどうとりくむのか(下)

参院選で争点化を図るには

木下ちがや 政治学者

 社会経済政策をめぐって、立憲民主党の西村智奈美幹事長と、東京大学名誉教授で経済学者の大沢真理さん、東京大学教授で社会学者の本田由紀さんにご参加いただき、オンラインで座談会を催しました。(下)では、野党はこの夏の参院選でどのように訴え、争点化を図るべきなのかを中心に話を進めています。(上)はこちらからお読みいただけます。

(論座編集部)

西村智奈美

(にしむら・ちなみ)

立憲民主党幹事長
1967年生まれ。新潟大学大学院法学研究科終了。修士(法学)。大学非常勤講師、新潟県議などを経て、2003年衆院選に民主党から立候補し初当選。厚生労働副大臣などを歴任した。立憲民主党結党に参加、2021年の党代表選に立候補して敗れ、幹事長に就任。当選6回。
大沢真理

(おおさわ・まり)

東京大学名誉教授
1953年生まれ。東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。博士(経済学)。東京大学社会科学研究所助教授・教授などを歴任し、東京大学名誉教授。専攻は社会政策の比較ジェンダー分析。著書に『現代日本の生活保障システム』『生活保障のガバナンス』など。
本田由紀

(ほんだ・ゆき)

東京大学教授
1964年生まれ。東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。博士(教育学)。東京大学社会科学研究所助教授などを経て、同大学院教育学研究科教授。専門は教育社会学。著書に『若者と仕事』『多元化する「能力」と日本社会』『「日本」ってどんな国?』など。

司会・木下ちがや

(きのした・ちがや)

政治学者
1971年生まれ。一橋大学社会学研究科博士課程単位取得退学。博士(社会学)。工学院大学非常勤講師、明治学院大学国際平和研究所研究員。著書に『「社会を変えよう」といわれたら』『ポピュリズムと「民意」の政治学』『国家と治安』など。
松下秀雄
(まつした・ひでお)
朝日新聞「論座」編集長
1964年生まれ。朝日新聞政治部記者、論説委員、編集委員を経て現職

3,参議院選挙にむけて

 ――来る参議院選挙は、政権を長期化させたい与党にとっても、総選挙の敗北を巻き返し、陣地を再建、強化したい野党にとっても正念場の選挙となります。またこの選挙では、「団塊の世代」全員が75歳以上になる「2025年問題」といった日本社会の激変を迎えるにあたって、社会の仕組みを変えるための政治を展望することができるかどうかがかかっています。夏の参院選は、憲法改正もテーマのひとつにはなりますが、すでに兆候が表れている経済危機が顕在化するさなかにおこなわれる可能性があります。この参議院選挙において、野党はどのような経済、労働政策を掲げ、争点化を図るべきなのでしょうか。

学校にも職場にも多様性が足りない。だからイノベーションができない

オンライン座談会に参加する(上段左から)木下ちがやさん、本田由紀さん、松下秀雄、(下段左から)大沢真理さん、西村智奈美さん

 大沢)日本社会全体でみても、ジェンダー平等をすすめることは実利を伴う大きな取り組みだと思いますが、個別の企業についても、これは主として男の経済学者が研究してきて明らかにしたことですが、企業内の男女雇用機会均等が進んでいる会社の方が利益率は高い。二つの研究成果があり、どちらも日本経済新聞社の優秀賞を受賞しています(注4)

 ワークライフバランスについては、やりやすいし厚労省からの圧力もあるので取り組んでいる企業は多くあります。ワークライフバランスだけではなく、機会均等ときちんと両輪にしている企業の方が利益率は高い。これは反論できない事実であり、個別企業にとってもジェンダー平等で儲かるんです。

 では、にもかかわらず、なぜすすまないのか。ひとつには日本企業の活動目的が利益率にはないようだと長年感じています。それよりもマーケットシェアなどに置いているのではないかと。岸田首相は株主価値経営を修正するといっていますが、株式市場に上場しているような企業にとっては、利益率をあげて配当を増やして株価をあげることが至上命題になっており、これは新自由主義につきすすむことでもあって、首相の提言でどれだけ修正されるのか疑問です。また、ジェンダー平等は利益率をあげるという論点が、株主価値経営の強化に絡められると変な方向にいってしまうでしょう。

 いまの日本の状況は沈没の瀬戸際にいることは間違いないです。ロシアのウクライナ侵攻の帰結や影響はこの傾向を増進させます。従来から存在していた中国の不動産バブルの崩壊、欧米諸国の金融引き締め、資源や食料価格の高騰、といった動向のなかで、日本政府になすすべがあるとは思えません。

 イノベーションができないまま、石油を買うために自動車を作って輸出する、という“自転車”操業が破綻に近づいているようです。まず電気自動車の開発に立ち遅れているため、自動車も売れなくなる。自動車を輸出しやすくするために円安を誘導したら、石油の国際価格以上に国内価格があがって打撃を受ける。さらに他の資源や食料が高騰してきたところにウクライナ危機がきたわけです。ロシアは有数の原油・天然ガスの生産国で、しかも世界最大の小麦の輸出国です。そこに経済制裁を課せばエネルギー・食料価格は暴騰します。

 この沈没の瀬戸際にある状況を転換する途は、太陽光や風力発電によるエネルギーの地産地消で地域に雇用と資金循環を作り出し、労働政策では「働けば報われる」ことを目指すべきです。岸田首相が「人に投資する」というならば、最低賃金を引き上げながら、非正規労働者の差別的低賃金を改善する、少人数学級の推進や学校の無償化など、教育と研究にきちんと投資する、学校でも職場でも多様性を尊重すること。例えば一挙に20人学級を実現するなど思い切った施策が必要です。

 日本経済が30年にわたって低迷してきた原因のひとつは、イノベーションがないことです。既存のやり方を小幅に改善するのは日本企業は得意なんですが、ブレイクスルー的なイノベーションができていない。なぜか。学校にも職場にも多様性が足りないからです。

 「科学技術白書」でも、日本企業の研究開発は「自前主義」に陥っているからブレイクスルーがないと指摘されています。自前主義とは、正規の男性の研究者が、自分の出身の大学の研究室くらいとしか協力をしないで開発をやっている。これでは知識経済におけるオープンイノベーションがすすむなかで追いつくことすらできません。その意味でも西村さんの「多様性を力に」というスローガンは日本の経済と社会に対して大きな意味をもっています。

(注4)川口章(2008)『ジェンダー経済格差 なぜ格差が生まれるのか、克服の手がかりはどこにあるのか』勁草書房 第51回(2008年度)日経・経済図書文化賞を受賞。山口和男(2017)『働き方の男女不平等 理論と実証分析』日本経済新聞出版社、第60回(2017年度)日経・経済図書文化賞を受賞。

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「じいさま資本主義」と、権力を握る「じいさま・おっさま」をどうするか

 本田)大沢先生に大賛成と思う気持ちと、もうひとりの自分からまた突っ込みがはいる感じがあります。

 日本企業の社長や国会議員が世界一年齢が高い、世界一男性の比率が高いなど、さまざまなデータがあります。年齢が高くて男性ばかりというのは、じいさまとそれに追随するおっさまが、政界も産業界も牛耳っているということです。

 彼らじいさま・おっさまは、プーチンみたいなもので、利益率やイノベーションよりも自分たちの既得権益を守ることが最大目的になっています。特にじいさまは自分の人生の終わりが見えているので、次世代のためにリスクをとってイノベーションをしようとは思わず、このまま逃げ切れる、逃げ切りたいと思っているようです。新しく社長に就いた人の統計をみても、日本の社長は世界一高齢で、しかも年々、年齢があがっており、かつ、社長が高齢である企業の方が業績がぱっとしないという分析結果もあります。

 このように「じいさま資本主義」になってしまっているわけですが、じいさまを全員一気にパージするわけにもいかないので、その問題点をどう指摘するかを考えなければなりません。つまり、多様性が力は大事だということにはまったく賛成です。しかし実際にはじいさま・おっさまが権力や発言力を握っているという事態を、具体的にどうするのかということです。

 さらに、彼らは鬱屈をためている側面もあります。ジェンダー多様性に対する男性の鬱屈は、さまざまな調査をみても深刻なものになっています。ただでさえ経済が上向きにならず、自分たちの稼ぎが減っているなかで、「女からも責められるのか」「女がおれの地位を奪いに来るのか」「ああもうやめてくれ」みたいな感覚をもっているじいさま・おっさまの規模を軽くみることはできません。世代的にもじいさまの人口規模は大きいですから。そういう人たちに向かって「多様性を力に」という呼びかけがどこまで通じるのか。

 先日私は東大のダイバーシティ調査の分析ワーキンググループの座長を担当し、分析結果の報告書を公開しました。ですので東大にも同じような問題があることはよくわかっています。たとえばアンケート調査の自由記載欄をみても、「無能な女に下駄を履かせるのか」「東大なんて男子大学でいいんだ」みたいな声が、「最高の知性」であるはずの東大のなかでも出てくるわけです。大学教員や学生がそういうことを書いてくるというのが日本社会の現状なんです。

 西村さんにはきつい質問ばかりになりますが、このじいさま・おっさまをどうしたらいいと思いますか?

若い男性の意識は鬱屈と変化が「マーブル状」に

 大沢)その前にちょっと。韓国では若い男性に鬱屈が溜まっていると聞きますが。日韓の違いって何なんでしょうか。

 本田)じいさま・おっさまだけでなく、日本の若い男性も鬱屈がたまっていますね。ただ若い層では変わってきているところもあるので、それがマーブル状になっている状態です。鬱屈している人とジェンダー平等に肯定的な人とが若い世代ではほぼ半々くらい、年長男性層では古い意識の人がもっと多いという感じです。

しくみをつくる国会が多様でないと。わたしは転ぶわけにはいかない

 西村)どこから手を付けたらいいのかという感じですね。お二人がおっしゃったように、多様性がないことで日本社会にイノベーションが起きてこなかったと。それをすすめるためには、頭の上にのしかかっている重しのようなものがあるのではないか。高齢者は変わらないから子どもの教育からであるとか。とはいえ現に存在している社会が男性優位ということで重しが乗っかっている。

 すべての面で取り組んでいかなければいけないんじゃないかなと思います。インクルーシブ教育、少人数学級、給特法の問題、教える側にゆとりがないと、開かれた教育はできない。働き手も幸せになれるような関係をつくっていかなければならないとおもうし、そうしたしくみをつくる国会がもっと多様でなければならないと思います。

女性候補者の公募を発表する立憲民主党の西村智奈美幹事長。ポスターには昨年の衆院選で初当選した女性議員の写真を採用した=2022年2月8日、国会内

 いま国会のなかでは衆議院では9.7%、参議院が23%の女性比率です。ここは思い切って女性候補を増やそうと、わが党は参議院選挙では女性候補5割を目指しています。私自身も女性初の総理大臣を目指すと言って代表選に立候補しました。だからこそ、これからの世代に対して重い責任があると思っています。ここで転んで「ほら女だからダメだった」と言われてしまうのはたまりません。そういうことにならないためにも、私は私の立場で努力をつづけていきたい。

「NO! もうそんな時代じゃない!」と強く言っていく

 ――本田さんのじいさま資本主義へのオルタナティブはなんでしょうか

 本田)めちゃくちゃ難しいですね。ひとつは、多様性に対して否定的・消極的な古臭い考え方に対して「NO!」を言い続けることですね。「いまどき何言ってんだ」と。大学であれ企業であれ一部の人たちが実感しはじめているのは、多様性がない組織は、外から、たとえば海外からも「組織の中で何かおかしいことやっているんじゃないか、気持ち悪い」と見られるようにはなってきているということです。ですから、「NO! もうそんな時代じゃない!」ということは強く言っていきたいと思います。

 もうひとつは懐柔策というか、そんなに男性もイキらなくてもいいんだよ、楽になっていいんだよと呼びかけることもありうると思います。いま男性学とか、従来の男性性の問い直しも始まっていますけれども、「男性の方が自殺率が高いとかおかしいですよね、男性に圧力をかける社会からお互いに脱却していきましょう」とか、そういう解きほぐしができないかなあと思いますが、手っ取り早いところでは、「NO」が効果的だと思います。

 ただし、日本の女性たちもずっとこのジェンダー不平等な社会で生きてきていますので、現状をそれほどおかしいと思っていないという事もあります。著書にも書きましたけれども(注5)、「男性に稼いでもらって」「私は子供をかわいがって」みたいな女性もたくさんいます。そういう女性たちにも、「このままではダメなんですよ」と言っていかなければなりません。しかし、ジェンダーの話題は、講演や授業でも炎上しがちです。東大のなかでジェンダーについて講義した時に

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