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プーチンとウクライナの生存を懸けて戦うゼレンスキーが日本より中国を選ぶワケ

安全保障の枠組みに日本ではなく中国の参加を求める悲劇の民族ユダヤ人のリアル

酒井吉廣 中部大学経営情報学部教授

 ウクライナのゼレンスキー大統領は1カ月以上、ロシアの軍事侵攻に抵抗しながら、世界中の国々になりふり構わず支援を求めてきた。ようやく実現した3月29日からのロシアとの和平交渉では、自国が中立化する条件として提案した安全保障の枠組みに参加を希望する国に、これまで支援を求めてきた米英仏独のNATO(北大西洋条約機構)の主要国のほか、カナダ、トルコ、イスラエル、中国を選んだ。そこに日本はなかった。

 一方、ウクライナ紛争における西側諸国の最大の武器である経済制裁は、バイデン米政権の要請を完全に聞く国は少ないようで、実効性の限界が浮かぶ。ロシアのルーブルは、対ドルでいったんウクライナ侵攻前の89ルーブルから177ルーブルまでは暴落したものの、現在では85ルーブルとほぼ侵攻前の水準を回復している。

 「SWIFT」からのロシア締め出しは、一時は「金融核兵器」とまで言われたが、SWIFTにかわる送金メッセージの送信はテレックス(国際ファクス)でも可能なので、実はあまり有効な手段ではないことも、ようやく世間は認識できるようになったようだ。SWIFTの本部に行ってみればわかるが、ファーウェイの本社の方が遥かに先進的である。SWIFTとはその程度のものなのだ。

 そんな先行きが見えない状況のなか、ゼレンスキー大統領は今、何を考えているのか。そして、日本にはどこまで、何を期待しているのだろうか。あらためて考えてみたい。

4月1日未明にSNSへ投稿したビデオ演説で、国民に語りかけるウクライナのゼレンスキー大統領=同氏のSNSから

ロシア弱体化への現実の行動を求めたオンライン演説

 3月23日、衆議院議員会館で行われたゼレンスキー大統領によるオンライン演説を受けての日本のメディアの論調は、「日本への期待が滲み出ている」、「日本の外務省が(米議会演説で真珠湾に触れた事を踏まえて)内容をマイルドにした」、「大統領演説の巧みさに幻惑されすぎていないか」といったものだった。

 正直、違和感をもった。ゼレンスキー大統領が演説に込めた真意を捉えていない、どこか甘い論調だと感じたからだ。

 ゼレンスキー大統領の国会演説の柱は、
①経済制裁を続けて、ロシアのウクライナへの残忍な侵略の津波を止めて欲しい、
②現状を解決するためには、新たな安全保障組織が必要なので、日本にも支持して欲しい、
③日本に復興支援をして欲しい、
の三つである。

 彼は日本人に、気持ちのうえで味方になって欲しいと言ったのではなく、現実の行動として、ロシアを弱体化することをして欲しいと求めたのである。「期待が滲み出ている」とか「内容をマイルドにした」といったレベルの話ではない。

日本はロシアに配慮して厳しい対応はとらない

 ウクライナ侵攻の開始から連日、死と隣り合わせで戦ってきたゼレンスキー大統領にとって、日本のロシアへの対応は手ぬるく見えているだろう。 

 たとえば日本は事実として(本稿執筆時の4月3日でも)、サハリン1、2のプロジェクトからは撤退しないと表明、ユニクロなどの日本企業はロシアでの営業を一時停止したものの、そのユニクロも従業員への保証として資金送金を続けている(他にも同様の国があるうえ、ロシアが自国の国債の元利払いに注力した結果が出ているため、冒頭のようなルーブルの為替相場につながっている)。

 おそらくゼレンスキー大統領には、日本はロシアの背後(極東側)を攻めることが可能な米国の同盟国であるが、同時に日本はロシアに配慮して厳しい措置はとらないという報告が上がっていたことだろう。

ウクライナのゼレンスキー大統領のオンラインでの国会演説後、取材に応じる岸田文雄首相=2022年3月23日、首相公邸

※ロシアのウクライナへの軍事侵攻に関する「論座」の記事を特集「ウクライナ侵攻」にまとめました。ぜひ、お読みください。

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アジアを動かすのは中国とインド

 ウクライナには、4年前にポロシェンコ前大統領がハンター・バイデン氏(バイデン大統領の次男)に語ったとして伝わる話の中に、「アジアを動かすのは中国とインドである」という言葉が残っている。ハンター氏は当時、ウクライナ企業の顧問を務めるなどして、米国からの武器供与の窓口のような役割を担っていた。

 米国に武器の供給を求めるウクライナにとって、中国とインドは当時から、米国がウクライナへの態度を変えた場合の代替国という意味合いがあったとされるが、それはゼレンスキー大統領にも引き継がれてきた。実際、中印両国は、今回のウクライナ紛争でも米国やNATO陣営とは一線を画しており、最後の最後はどう転ぶのかわからないところがある。

 中国は、北京冬季五輪の開会式にプーチン大統領を招待し、習近平主席が一対一の晩餐を催した。ウクライナ紛争開始後も一遍してロシア寄りの発言を続けてきており、イスタンブールでの和平交渉当日(3月29日)にも、王毅外相が安徽省にロシアのラブロフ外相を迎えて、「米国等による経済制裁への非難」声明を発表している。

ロシアのプーチン大統領(左)と中国の習近平国家主席=2022年2月4日、北京(ロイター)

 また、インドは、3月3日の181ヶ国による国連総会決議「Aggression Against Ukraine」(日本語では「ウクライナ侵略に対する決議」だが、aggressionは国連用語では「侵略」ではなく「侵攻」である)で棄権した35カ国の一つである。インドのメディアは、米国連大使が決議直前までインド国連大使を賛成に回らせるよう説得したが、「将来に大切な役割を果たすことができるよう中立を守る」という回答は変わらなかったと報じている。

 3月28日にはタルーノ元国連事務総長補佐官が、「インドは中立ではあってもロシア非難の声を上げるべきだ」との発言をしたが、同31日には、王毅外相との会談を終えたロシアのラブロフ外相をニューデリーに迎えている。3月19日に岸田首相がインドを訪れた目的は水泡に帰したかたちだ。

 また、インド同様、国連決議で棄権したパキスタンも、カーン首相がロシアのウクライナ侵攻後にモスクワを訪問したことで米国との外交関係がギクシャクしているが、逆に独立国の外交主権に対する侵害だと米国を非難している始末である。

有事では期待するところが大きい中国

 ロシアの侵攻直後に米国からの国外脱出要請を拒否したゼレンスキー大統領が、二度も仲裁の労を頼んだ中国。ウクライナ侵攻後、最も遅くまで、留学生を帰国させる特別便をウクライナ政府との合意で(病人などウクライナからの人道上の避難民を同乗させて)飛ばし続けたインド。外交は独立国の主権だとして、米国と一線を画すパキスタン。

 これらの国は、欧米と一線を画しているからこそ、万一の場合は、独自の判断でウクライナ支援に回るかも知れない。逆から言えば、この三カ国、インド・パキスタン・中国が停戦を働きかければ、ロシアも動く可能性が高まる。

 とりわけ中国に対しては、

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