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侮辱罪厳罰化法案がもたらす民主主義の危機と対案としての野党の加害目的誹謗等罪法案

ネットの誹謗中傷の抑止効果は低いうえ言論の自由と民主主義を損ねる政府案の欠陥

米山隆一 衆議院議員・弁護士・医学博士

 SNS・インターネットの急速な普及に伴い、これにおける誹謗中傷が大きな社会問題となっています。この問題は2020年5月23日、プロレスラーの木村花さんが、ネット上での自身への誹謗中傷を苦にして命を絶ったことで、大きくクローズアップされました。

SNSで攻撃をうけた後、自死したプロレスラー木村花さんの母響子さん(右)。裁判を起こし、その第1回弁論の後に会見した=2021年3月22日、東京・霞が関

SNS・ネット上の誹謗中傷対策案を与野党が提出

 このSNS・インターネット上の誹謗中傷対策として、政府・自民党は、従来は「拘留または科料」とされていた侮辱罪の法定刑を、「1年以下の懲役もしくは禁固もしくは30万円以下の罰金または拘留もしくは科料」と厳罰化する刑法改正案を今国会に提出し、成立を狙っています。

 しかし、この法案は、言論の自由を強く委縮させ、日本の民主主義に大きな危機をもたらす一方で、本来の目的であるSNS・インターネット上の誹謗中傷の抑止効果が低い、極めて欠陥の多い法案です。本稿では、その問題点を具体的に解説させていただきたいと思います。

 また、これに対して立憲民主党・無所属会派で、私が筆頭提出者となって、言論の自由と民主主義を守りながら、より適切にSNS・インターネット上の誹謗中傷を処罰し、これを抑止する「加害目的誹謗等罪」を対案として今国会に提出し、並行審議されることになりましたので、これについても解説させていただきます。

侮辱罪厳罰化(政府案)
(改正前)
刑法231条
事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又は科料に処する。
(改正後)
事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、1年以下の懲役若しくは禁固もしくは30万円以下の罰金又は拘留もしくは科料に処する。
加害目的誹謗等罪(野党案)
(新設)
刑法231条の2
①人の内面における人格に対する加害の目的で、これを誹謗し、又は中傷した者は、拘留又は科料に処す。
②前項の行為については、第230条の2の例による。

侮辱罪を極めて強く厳罰化する政府案

 まず、政府案の侮辱罪の厳罰化の中身について説明します。

 今までの法定刑で定められていた「拘留」は、1カ月未満の期間、役務なしで拘留場に留置される刑罰ですが、このための専用の施設がなく、資料が公開されている2016年以降、この刑に処せられた人は一人もいません。また、「科料」は1万円以下の金銭を徴収する刑罰ですが、資料が公開されている2016年以降、侮辱罪に処せられた全員が9000円以下の科料に処せられています。

 つまり侮辱罪の法定刑は事実上、「9000円以下の科料」であり、率直に言って重いとは言えないものでした。

 改正後には、そこに一気に、1年以下の懲役もしくは禁固若しくは30万円以下の罰金が加わります。政府案は、侮辱罪を極めて強く厳罰化するものであると言えます。

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SNS・インターネット上の誹謗中傷を処罰できず

 この政府案の最大の問題点は、そもそもの立法目的である、SNS・インターネット上の誹謗中傷を適切に処罰できない事です。どういうことでしょうか?

 まず侮辱とは、「他人を低く評価する価値判断を表示する事」とされており、刑法上、侮辱罪の保護法益は「外部的名誉」とされています。「死ねばいいのに」「いつ自殺するの?」といった、SNSでよく見られる人を傷つける心ない言葉は、必ずしも人の「外部的名誉」を害する「侮辱」とは言えず、処罰の対象とならないと思われるのです。

 さらに、侮辱罪は「公然性」を要件としているので、ダイレクト・メッセージや、電子メール、LINE等で行われる限られた人の間での誹謗中傷やいじめにも対応できません。

 その様な事情もあって、今まで侮辱罪の処罰対象は比較的狭く解釈され、2016年から今まで、侮辱罪で処罰されているのは毎年30人前後に過ぎませんでした。この処罰対象が変わらないなら、法定刑を重くするだけで、SNS・インターネット上の誹謗中傷に対応できるようになるという事は、論理的にありえません。

 つまり、政府案の侮辱罪厳罰化は、その処罰範囲が今までと変わらない限り、論理上SNS・インターネット上の誹謗中傷対策としては、無力だと言っても過言でないのです。

yoshi0511/shutterstock.com

政治家への正当な批判・言論の自由を阻害する危険

 その一方で、「侮辱」は比較的幅の広い言葉で、例えば「お前アホやな」等の何気なく言った言葉でも、相手がそれを侮辱と取れば侮辱となりえます。また、「安倍総理は総理の器でない」「米山隆一議員に、議員となる資格はない」と言った、本人は正当な意見・論評のつもりで言った批判も、言われた相手にしてみれば侮辱とも感じられる事があります。

 ことに公務員・政治家に対する批判の多くは、そこに「公務員・政治家としてやるべきことをやっていない」と言う「低い評価」が入りますから、侮辱の要素を含むことが少なくありません。

 侮辱罪の処罰範囲がそのままでは、SNS・インターネット上の誹謗中傷対策にならないからといって、その処罰範囲を広げるとなると、それは相当広い範囲に恣意的に広げる事が可能で、「お前アホやな」と言った何気ない日常会話や、「安倍総理は総理の器でない」と言った批判までもが、侮辱罪で1年の懲役を科される得る事になるのです。

 私は、それは民主主義に欠かせない言論の自由、とりわけ公務員・政治家に対する正当な批判の言論を強く委縮させるばかりか、日常の会話においてさえ、多くの人の言論が阻害される、極めて危険なものだと思います。

 この様な批判に対しては、名誉棄損罪ではより重い「3年以下の懲役もしくは禁固又は50万円以下の罰金」が定められているが、そうしたケースは起きていないという反論があり得ます。しかし、そこには落とし穴があります。

 名誉棄損罪には、公共の利害に関する特例として、以下の定めがあります。

刑法第230条の2(公共の利害に関する場合の特例)

①前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
②前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。
③前条第一項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。

 この条文によって、名誉棄損罪では、特に公務員、政治家に対する、真実に基づく批判は、原則として処罰されない事になっています。ところが、侮辱罪には、明文上この規定がありません。とすれば、どうなるか。

 「安倍総理は国会で嘘をついた嘘つきだ!」は名誉棄損としては罰せられないけれど、侮辱罪で懲役刑に処せられるという事が、十分にありうるのです。

酒場の「お前、アホやな」の一言で「逮捕」!?

 政府の侮辱罪厳罰化法案が与える影響はこれだけではありません。刑事訴訟法199条1項を見て下さい。

刑事訴訟法199条1項

検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは、裁判官のあらかじめ発する逮捕状により、これを逮捕することができる。ただし、30万円(刑法、暴力行為等処罰に関する法律及び経済関係罰則の整備に関する法律の罪以外の罪については、当分の間、2万円)以下の罰金、拘留又は科料に当たる罪については、被疑者が定まった住居を有しない場合又は正当な理由がなく前条の規定による出頭の求めに応じない場合に限る。

 この条文によって、今まで、法定刑が拘留又は科料しかない侮辱罪では、原則として逮捕はできませんでした。ところがここに、「1年以下の懲役若しくは禁固もしくは30万円以下の罰金」が加わることで、侮辱罪での逮捕が原則可能となってしまいます。

 「安倍総理は総理の器でない」と言っただけで、侮辱罪で逮捕され、21日間勾留された末に、懲役1年を科されることが十分ありうることになるのです。

 また、あまり知られていませんが、現行犯については、逮捕状なしで警察官でない私人が取り押さえて警察に引き渡す「私人逮捕」が可能です(刑事訴訟法213条)。「安倍総理は嘘つきだ!」どころか、酒場で飲んでいて何気なく「お前、アホやな」と言ったら、「侮辱罪だ!現行犯逮捕!」と言って相手に取り押さえられて警察に突き出されてしまう事すら、ないわけではなくなります。

Trueffelpix/shutterstock.com

デモで叫ぶと軒並み処罰!?

 政府案による侮辱罪厳罰化は更に、刑法64条にも影響します。

刑法64条(拘留又は科料のみに処すべき罪の教唆者及び従犯)

拘留又は科料のみに処すべき罪の教唆者及び従犯は、特別の規定がなければ、罰しない。

 この条文によって、今まで侮辱罪の教唆犯及び従犯(幇助犯)は罰せられませんでした。ところが、ここに「1年以下の懲役若しくは禁固もしくは30万円以下の罰金」が加わることで、侮辱罪の教唆犯や従犯(幇助犯)も、処罰されることになります。

 例えば、デモで誰かが「安倍総理は嘘つきだ!」と叫んだら、叫んだ本人のみならず、隣で「そうだ!」と叫んだ人も、周りで拍手をした人も、またそういう事を指示した人も皆、罰せられかねないのです。もちろん実際にそういうことは起こらないかもしれませんが、その可能性があるという事実だけで、人々の言論の自由、表現の自由は大きく害され、委縮させられることになります。

 以上、政府提出の侮辱罪厳罰化法案は、SNS・インターネット上の誹謗中傷対策としては効果が低いにもかかわらず、言論の自由、とりわけ公務員・政治家に対する正当な批判の言 論を極めて強く侵害し、委縮させる、非常に問題の多い法案だと言わざるを得ません。

野党提出の加害目的誹謗等罪の中身

 この極めて問題の多い政府提出の侮辱罪厳罰化法案の問題点を解決すると同時に、SNS・インターネット上の誹謗中傷に適切に対応する代案が、野党提出の加害目的誹謗等罪です。

 冒頭でも掲げた野党案を再掲します。

加害目的誹謗等罪(野党案)
(新設)
刑法231条の2
①人の内面における人格に対する加害の目的で、これを誹謗し、又は中傷した者は、拘留又は科料に処す。
②前項の行為については、第230条の2の例による。

処罰対象は「誹謗」「中傷」、保護法益は「人格権」

 この法案はまず、処罰対象を「侮辱」ではなく、端的に「誹謗」「中傷」としています。SNS・インターネット上の誹謗中傷に対する対策は、端的に「誹謗」「中傷」を処罰対象とすべきだからです。

 また、この法案は、保護法益を侮辱罪の「外的名誉」ではなく、「人の内面の人格」、いわゆる「人格権」としています。

 人が、SNS・インターネット上の誹謗中傷によって傷つくのは、必ずしも外部的名誉(評判、社会的評価)を害されるからばかりではありません。それだけでなく、内面 の人 格権を害されるからこそ、人は傷つきます。そうである以上、この法案の保護法益を正面から「人格権」としてこれを守る(これを害する行為を処罰する)事が、この問題にもっとも直接的に対処する事になるのです。

 これによって、「死ねばいいのに」「いつ自殺するの?」などと言った「人の人格権を害する誹謗・中傷」が、この法案で処罰されることになります。

処罰すべき誹謗中傷を客観的基準で明確化

 これに対しては、「人の人格権を害する誹謗・中傷」も抽象的な言葉であり、政府案と同様、処罰範囲が広がってしまわないかと言う疑問が当然出てくると思います。

 こうした疑問に応えるために、加害目的誹謗等罪では、「(人の内面の人格に対する)加害の目的」が必要であるとしています。

 この「加害の目的」は、相手の「内面の人格」所謂「人格権」を積極的に害そうとする意思の事で、刑法上「主観的超過要素」と言われるものです。

 どのようなSNS・インターネット上の誹謗中傷が刑罰に当たり処罰すべきかを真摯に考えた時、それは、自分はそのつもりはなかったけれど結果として相手を傷つけてしまったというよう誹謗中傷ではなく、積極的に相手の人格権を害そうとする意思に基づいてなされた誹謗中傷が処罰に値すると考えられます。そのため本罪では、「加害の目的」を犯罪の成立に必要な構成要件として定めました。

 この「加害の目的」は抽象的な要件で、認定できるのかと言う疑問も、当然生じうると思います。確かに抽象的な要件で、何の客観的証拠もない状態で、検察官がこれを認定する事は困難です。しかしだからこそ、「お前アホやな」などと、悪意なくいってしまった日常の言葉については、それを言った者は、「相手を傷つけるつもりはなかった」「加害の目的はなかった」と抗弁する事によって、処罰されないことになります。

 一方で、例えば先ほどから例に挙げている「死ねばいいのに」「いつ自殺するの?」と言った度を越えた言葉は、その言葉を使うこと自体で「加害の目的」を認定できます。

 また、先ほどの「お前アホやな」などは、それだけでは「加害の目的」が認定できませんが、例えばこれを言われた人が、事前に、「私は東京生まれなので、アホと言われると傷つくんです。言わないでください。」と言っている事を知っていたのに敢えて言ったと言う様な事情がある場合は、「加害の目的」があるものと認定できます。

 つまり「加害の目的」は、一見抽象的に見えますが、「それ自体度を越した言葉を使った」とか、「相手が嫌がっているのを知っているのに敢えて誹謗中傷した」と言う客観的な事実によって、認定できることになります。

 そして、この「加害の目的」が構成要件とされている事で、同じく、「それ自体度を越した言葉を使った」とか、「相手が嫌がっているのを知っているのに誹謗中傷した」と言う客観的な事実によって、加害目的誹謗等罪で処罰されるべき行為と、処罰の対象とならない行為が、客観的に分けられることになります。

逮捕はされず、従犯の処罰はなし

 さらに、加害目的誹謗等罪は第2項で、「前項の行為については、第230条の2の例による。」として公共の利害に関する場合の特例を設けています(第230条の2の「公共の利害に関する場合の特例」については先述しました)。その結果、真実に基づく公務員・政治家に対する批判であれば、加害目的誹謗罪で処罰されることはありません。

 法定刑も、あえて「拘留又は科料」のままとしていますので、原則として逮捕される事はなく、教唆犯・従犯(幇助犯)が処罰されることもありません。

takasu/shutterstock.com

民事訴訟による損害賠償を容易にする措置も

 それでは、結局のところ誹謗中傷した相手に課せられるのは9千円の科料に過ぎず、犯罪の抑止と、被害者の救済に欠けるのではないかと思われる方もおられるでしょう。

 しかし、

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