国分高史(こくぶ・たかし) ジャーナリスト・元朝日新聞編集委員兼論説委員
上智大学文学部を卒業後、1989年に朝日新聞入社。佐賀支局、福岡本部社会部などをへて、政治部員として2002年の日朝首脳会談や2004年の米国大統領選、2005年の郵政解散・総選挙などを取材。2008年から論説委員として政治社説を担当するとともに、編集委員としてコラム「政治断簡」、「多事奏論」を執筆した。2021年からフリージャーナリスト・エディター。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
2020年改憲に透けて見えるウクライナ侵攻への布石
ロシアのプーチン大統領によるウクライナへの軍事侵攻は、世界中を驚かせた。ただ、プーチン氏はそれに先立つ2020年にも、現代のリベラルな民主主義国からすれば考えられない行動に踏み切っている。大統領権限を強化するとともに、自らの任期の2036年までの延長を可能にする大規模な憲法改正である。
改憲が成立した当時、日本では大統領任期と、北方領土交渉にかかわる「領土割譲禁止」条項のふたつが大きく注目された。ただ、この時の改憲内容を改めて検討してみると、これ以外にも近代憲法のありようとかけ離れた保守的、国家主義的思想や、ウクライナ侵攻への布石とも受け取れる条項がいくつも見受けられる。
これらを考え合わせると、今回の軍事侵攻はプーチン氏がいうようにウクライナ国内のロシア系住民の保護や領土をめぐる争いというだけにはとどまらない。
いまから75年前の1947年5月3日に施行された日本国憲法により、日本が欧米諸国と共有することになった民主主義や自由。これらの憲法的価値に対する権威主義国からの攻撃だとも言える。
その意味で、私たち日本人も他の民主主義国の国民とともに、ロシアからの攻撃にさらされている当事者にほかならない。
プーチン氏は2020年1月、ロシア連邦上下両院への年次教書演説で憲法を改正する考えを表明した。
演説でプーチン氏は、大統領任期について「連続2期を超えてはならない」とする憲法の規定から「連続」を削除し、任期を最長で通算2期までとすることを提案。これにより、任期満了を迎える2024年以降の再登板の可能性を自ら否定した。同時に議会の権限強化も提案しており、大統領退任後に「院政」を敷く布石と受け止められた。
その風向きが一転したのが、議会による改憲案の修正だ。元宇宙飛行士で国民的英雄の与党議員ワレンチナ・テレシコワ氏が3月の下院本会議で「(プーチン氏の続投こそが)わが社会の安定の要だ」と述べ、大統領任期を2期に限る規定の撤廃を提案。「撤廃できないなら、現在の大統領だけは再選可能に」とも訴えた。この後、議会に呼ばれたプーチン氏は、「憲法裁判所が認めれば可能だ」との考えを表明。これを受け議会は、2期に限る任期規定について現職大統領や大統領経験者は対象外とする修正案を可決した。
この改正を成立させるには国民投票は不要だったが、プーチン氏はあえて「全ロシア投票」の名で6月下旬から7月1日にかけて実施した。最低賃金の保障や医療の充実など、あからさまな人気取りも含めた全改正条項の賛否を一括して問い、投票率68%、賛成78%で承認された。
プーチン氏が最初に改憲を提起してから半年足らず。投票はプーチン氏への信任投票の性格を帯び、2024年にいまの任期が終わった後も大統領選に立候補することができるようになり、最大で2036年までの在任に道を開いた。
論座ではこんな記事も人気です。もう読みましたか?