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NATOのウクライナへの軍事支援本格化で一段と注目される中国の動向 

欲しいのは極東ロシア、どちらが勝っても自国の権益拡大を狙うしたたかさ

酒井吉廣 中部大学経営情報学部教授

 4月25日にキーウを訪問した米国のブリンケン国務長官およびオースチン国防長官は、現地での二人の発言、26日のオースチン国防長官のドイツ・ラムシュタイン空軍基地での記者会見、27日のブリンケン国務長官の上院予算小委員会での証言において、米国が本格的にウクライナを軍事支援し、ロシアを弱体化させることを鮮明にした。

 2人はポーランドから陸路キーウに向かった。到着は夜で会談も夜間に行われた。ゼレンスキー大統領が事前に訪問日を明かしてしまったこと等から、ロシア空軍の万が一の攻撃を懸念して空路を避けたためである。

西側諸国とロシアとの戦争が本格化

 ウクライナ侵攻をめぐる西側諸国の経済制裁は失敗に終わり(ルーブルの対ドル相場は5月6日に67.9ルーブルと、過去1年間の最高値を記録した)、英国は4月28日に8千人の兵士を東欧に派遣した。米国もこの両長官の発言をホワイトハウスが追認したことで、いよいよウクライナを代理とする、西側諸国とロシアとの戦争が本格化する。

 両陣営は既に諜報合戦に入っており、スパイ衛星、スパイ、通信傍受などでお互いの動きを探り合っている。両長官が時間のかかる陸路を選んだのもその影響であり、カービー米国防省報道官が「我々は常にロシアを見ている」と言ったのも、ロシアがいつ大量破壊兵器を使うかを監視しているという“スパイ活動”を示唆したものだ。

 ちなみに、4月上旬という早いタイミングで空路キーウ入りし、市内をゼレンスキー大統領と歩いて見せたジョンソン首相の英国は、諜報活動やロシア側の動きの予想力という点において、米国より上にあるとみられる。西側諸国は今後、米国一極ではなく複数国主導で動くだろう。

 こうした状況はイスタンブールで始まっていた停戦協議を先送りすることを意味し、両陣営の雌雄を賭けた戦いになる可能性が高まっている。ロシアがトランスニストリア(モルドバが認めたロシア系民族のための自治領域)の独立を支援すべくモルドバを攻撃しているのも、プーチンが核兵器の使用を示唆したのも、またNATO側が急きょ臨戦態勢を取り始めたのも、みなここに理由がある。

 こうした状況は、今のところ中立を決め込む中国やインドへの関心を否応なく高める。ただ、インドには基本的にロシアに寄った姿勢を変える様子はうかがえない。そのため、中国の動向への注目度が一段と強まっている。

Ivan Marc/shutterstock.com

ウクライナ侵攻は「極東の領土回復」のチャンス?

 ロシアのウクライナ侵攻は、習近平・国家主席にとって「極東の領土回復」というチャンスが、突如として出現した感じではないだろうか。元人民解放軍の友人は笑いながら、一つの可能性としてそう筆者に話してくれた。どういうことか?

 中国共産党の目標のひとつは、過去最大の版図を誇った清朝時代の領土を回復することだ。その文脈でこれまで手付かずだったのが、清朝がロシア帝国(当時)と結んだアイグン条約(1858年)、北京条約(1860年)で失った極東地域である。

 ロシアにすれば、極東艦隊の基地があり、太平洋の玄関口として経済的にも発達しているウラジオストクを中心とする極東地域を中国に渡すつもりは毛頭ないだろう。しかし、ウクライナ侵攻に万が一にも失敗しないためには、中国の支援が絶対必要なのも事実である。

 中国はウクライナと互いの主権を守るための相互協力協定を結んでいる。今のところ、中国はロシアとウクライナを天秤にかけていると見るのが妥当だろう。中国にすれば、仮にロシアの勝利に中国が貢献するなら、なにがしかの権益は得たいところだ。「極東の領土回復」は格好の見返りになる。

 他方、もしウクライナが有利な状況で停戦ということになれば、プーチン政権の崩壊もあり得て、冷戦後のように有利な状況で極東の国境問題の交渉ができるかもしれない。まさしく「漁夫の利」だ。

UniqueEye/shutterstock.com

>>>ロシアのウクライナへの軍事侵攻に関する「論座」の記事を特集「ウクライナ侵攻」にまとめています。本記事とあわせてぜひ、お読みください。

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中国の「パイ」を拡大する場所

 中国は昨年12月8日から2日間の経済工作会議で、「共同富裕を実現するために、全国人民の共同奮闘を通じて、パイを大きく好いものとする」と宣言した。「パイ」とは、中国全土に経済や社会の発展を通した好ましい生活を拡げる基盤のこと。経済発展の遅れた内陸部との格差を解消するための手段でもある。

 それから2カ月後、北京五輪の開会式に参加したプーチン大統領が、仮にウクライナ侵攻を習近平主席に漏らしていたとする報道が事実だとしたら、習主席に「極東の権益をもらう」という発想が浮かんでもおかしくはない。

 ウクライナ侵攻におけるロシアの大義名分は、「ウクライナに住むロシア民族を迫害から救済するため」だが、それに加えて、「ソ連の一部だった国土の回復」という発想があることは、多くの専門家が指摘している。

 ならば、中国も同じ発想で、「清朝時代にロシアに渡した極東の地を返還してもらいたい」と考えて、少しも不思議ではない。極東には、石油・石炭・天然ガスなど、豊富な資源がある。中国の「パイ」を拡大する場所になりうるのである。

ロシアのプーチン大統領(左)と中国の習近平国家主席=2022年2月4日、ロイター

中国東北部と経済圏をつくる極東ロシア

 中国では、長らく「有疆無界(ゆうきょうむかい)」といって辺境(国境)の認識がぼんやりしてきた。極東ロシアの総人口は600万人程度と言われるが、隣接する中国東北部の人口は1億3千万人を超え、そこから農業などの仕事のために流入している中国人は約50万人を超えると言われている。

 このように極東ロシアは、欧州圏にあるモスクワやサンクトペテルブルグとは違って、地理的に近い中国の都市との交流で存立しているのが実態で、事実上、隣接する中国東北部と経済圏をつくっている。

 バイデン米大統領がSWIFT(国際銀行間通信協会)からのロシアの銀行締め出しを発表した直後、ロシアへの送金を続けると発表したのも、中国東北部にある複数の地銀だった。筆者の知る限り、世界で最初に送金継続の宣言をしたのは、ハルビン銀行と吉林銀行だ。

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