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孤立出産した技能実習生の裁判が問うもの

SDGsに逆行の「妊娠制限」、裁かれるべきは日本社会の無理解と無関心

田中雅子 上智大学総合グローバル学部教授

死産して、罪に問われた女性

 2022年1月31日、死体遺棄罪で有罪判決を受けた技能実習生が、無罪判決を求めて最高裁判所に上告、4月11日に上告趣意書を提出した。

 2018年8月に来日したベトナム人レー・ティ・トゥイ・リンさん(23歳)は、熊本県内のみかん農園で働いていた。2020年夏、妊娠に気づいたが、帰国させられるのを恐れて誰にも相談できないまま、2020年11月、孤立出産をした。

 死産をした日、双子の亡骸を段ボールに入れて、子どもたちの名前と弔いの言葉を記した手紙を添えて自室の棚に安置していた。翌日、リンさんは雇用主らに病院に連れて行かれた。検査の結果、死産が明らかになった。

2021年11月に熊本市内で催された亡くなった双子の一周忌の集い
 第一審の熊本地方裁判所は遺体を1日以上放置した彼女の行為が「国民の一般的な宗教感情を害する」とし、第二審の福岡高等裁判所は、二重のダンボールにテープで封をしたことが「隠匿」にあたるとして、執行猶予2年、懲役3月の有罪判決を出した。最高裁では、葬祭の自由の侵害や、「一般的な宗教感情を害する」という曖昧な理由による判決の適切性などが審理される。

福岡高裁の前で行われた支援集会=2021年11月12日、筆者撮影
 刑事裁判の争点だけに注目すると、私たちの日常から遠いところで事件が起きたように見える。しかし、その背景を考えると、日本社会の側にこそ、正すべき課題があることが見えてくる。

 まず、私たちの暮らしが技能実習生によって支えられているという現実がある。妊娠した技能実習生に中絶や帰国を求めるような「妊娠の制限」はマタニティ・ハラスメントにあたり、「ビジネスと人権」の視点から見て問題である。また、持続可能な開発目標(SDGs)が推進する「セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」(性と生殖に関する健康と権利)への普遍的アクセスの保障にも反している。

 技能実習生が出産後も働き続けることができるようにするには、技能実習生らに家族帯同を認めない現行の入管制度の変更を含む移民政策の見直しが必要である。以下、第一審からの裁判傍聴と私自身が行った調査から、リンさんの事件が日本社会に投げかけた課題を述べる。

移民(Migrant)
 国連は、理由や、自発的か非自発的か、正規か非正規かを問わず、1年以上外国に住む個人を「移民」と定義している。SDGsはその前文で「包括的成長と持続可能な開発に対する移民の積極的な貢献を認識している。(中略)人権の尊重や人道的な扱いを含む安全で秩序だった正規の移住のための国際協力を行う」としている。
 ベトナム人技能実習生リンさんの裁判を支援する会は、Change.orgで最高裁での無罪判決を求める署名活動をしている。

私たちの暮らしを支える技能実習生

 第一審を傍聴した際、リンさんが働いていた農園の名前を聞いて驚いた。生協などを通じて柑橘類を出荷する有機栽培農家だったからだ。

 生協から農作物を購入すると、生産者として農園名を記した資料が同封されている。私も、生協を通じて野菜や果物を買っているが、生協のサプライヤーである農園で、技能実習生が働いているとは想像したことがなかった。私のような消費者が食の「安全・安心」を求めて選んだサプライチェーンの末端で働いていたリンさんは、「安全・安心」な環境で出産できなかった。彼女たちによって成り立つ「安全・安心」の実態を、知らなかったと言って済ませてはならないと感じた。

 法務省の統計によれば、2021年末時点の在留外国人は276万人。約1割にあたる28万人が技能実習生である。新型コロナウイルス感染症拡大による入国制限の影響で減少したものの、就労を目的とする在留資格者の中では、技能実習生が最も多い。国籍別に見ると、ベトナムの16万人を筆頭に、中国、インドネシア、フィリピンが続く。

東北地方の水産加工工場で働く技能実習生たち=2021年撮影
 外国人技能実習機構の業務統計を見ると、同年3月末時点で技能実習生が多い業種は、建設(22.5%)、食品製造(19.0%)、機械・金属(14.2%)、農業(9.1%)、繊維・衣服(5.9%)の順である。食品製造には、百貨店で売られる有名店の洋菓子やアイスクリーム、パン、納豆を作る実習生などが含まれている。私が熊本の教会で出会ったベトナム人実習生の多くは、トマト農家で働いていた。リンさんも農業に従事する約2.5万人のうちのひとりだ。サプライチェーンの両端に、生産者の一翼を担う技能実習生と、消費者である私たちがいる。
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