牧原出(まきはら・いづる) 東京大学先端科学技術研究センター教授(政治学・行政学)
1967年生まれ。東京大学法学部卒。博士(学術)。東京大学法学部助手、東北大学法学部教授、同大学院法学研究科教授を経て2013年4月から現職。主な著書に『内閣政治と「大蔵省支配」』(中央公論新社)、『権力移行』(NHK出版)など。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
政権交代におびえた安倍・菅政権から脱却できるか……
岸田文雄政権の支持率が高止まりしている。昨年秋の発足から一時下がりはしたものの、概ね50%以上を保ち、最近では60%超を記録する調査もある。この間、新型コロナウイルス(以下「新型コロナ」)のオミクロン株の感染拡大や、ウクライナ危機などはあったが、大きな失政はなく、安定した政権運営ぶりを見せている。
野党に目を転じると、第一党の立憲民主党は低迷し続けている。昨年の衆議院選挙で共産党との選挙協力が大きな支持を得られず、枝野幸男氏にかわって代表に就任した泉健太氏の存在感も希薄である。国民民主党は、与党との協力に舵を切り、日本維新の会にも接近する。また、もともと与党に近い日本維新の会は、今や立憲民主党と並ぶ支持率である。
こうした現状を見る限り、夏の参議院選挙で自民党が大きく敗北するとは到底考えられない。政権交代の機運はすっかり消えてしまったと言っていい。
では、これから日本の政治はどこへ向かおうとしているのだろうか。
「政権交代後」の政権であった安倍晋三・菅義偉の時代が終わり、「政権交代」が遠景に退いて「長期政権」が前提となる政権が登場しつつある。その意味で、現政権の安定感は、2012年以降の安倍・菅政権とはまったく様相が異なる。
象徴的なのは、新型コロナ感染症対策である。右往左往した二つの前政権と比べると、混乱がないわけでないものの、展望なく迷走している印象はない。いわゆる「専門家」との関係も、まったく無視するわけでもなければ、丸投げでもなく、意見を聞きつつ、政権として判断をしているようである。
オミクロン株の感染拡大に伴い、まん延防止等重点措置を発動しても、さほど支持率は下がらなかったのは、それゆえであろう。
同じことはウクライナ危機についても言える。アメリカ・EU諸国と歩調を合わせてロシアへの制裁に踏み切り、ウクライナへの物資援助などの措置を迅速に進め、日本国民からも支持されている。第3次世界大戦へと至る可能性もないとは言えないなか、可能な手段をとりつつ、ロシアに圧力をかけているのである。
首相の思い入れがある特段の政策がない中で、安定した政権基盤を構築しつつあるのは、意外と言えば意外である。むしろそこから気づくべきは、「首相の思い入れ」が政権への信頼を増すわけではないという事実である。逆に言えば、安倍・菅政権が、過剰なまでに首相の思い入れをアピールしたことが、今となっては不思議なのである。
安倍・菅政権はなぜ、首相個人のイニシアティヴによる政策形成を、ことさら強調したのだろうか。それは、2009年と2012年の二度の政権交代の産物であった。
政権交代の後は、前政権の政策体系を否定し、それに代わる政策体系を掲げて、これを実行に移す必要がある。新しい政策体系は、総選挙に際して、党首として掲げた政権公約の体系であり、それはとりもなおさず新首相が牽引する政策である。
2009年に歴史的な政権交代を果たした民主党は、自民党の政策体系をガラリと変えた。脱官僚主導の政策決定は、その典型であり、政府委員制度の廃止と大臣ら政治家による国会答弁、各省事務次官による記者会見の廃止、政務三役による省の政策決定の導入といった手法は、それ以前に自民党が結党以来、進めてきた政策決定を大きく転換させたのである。
2012年に民主党から政権を奪還した安倍自民党政権は、アベノミクスによる財政・金融政策と成長戦略を前面に打ち出し、地方創生、一億総活躍、全世代型社会保障などの新しい施策を次々と打ち出した。その極めつけが、新型コロナの感染拡大の中、首相の指示として打ち出された全国一斉休校やアベノマスクの配布である。
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