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なぜいまマルコスなのか〈後編〉 支持者の日給は415円だった

現地で見た歴史的なフィリピン大統領選

鈴木暁子 朝日新聞GLOBE副編集長(休職中)、国立フィリピン大学第三世界研究所客員研究員

なぜいまマルコスなのか〈前編〉 「あいつの息子がやってくる」に続き、かつての独裁者の息子ボンボン・マルコスがフィリピン大統領選で勝利した「ミステリー」を読み解きます。

理由(3)解消されぬ格差 日給170ペソの元掃除夫の嘆き

 シンクタンクのデータによると、世帯で4万7千円~28万円ほどの月収があるフィリピンの「中間層」は、17年時点で人口の40%を占めるまでになった。巨大なモールやコンドミニアムがあちこちに建ち、乗用車を持つ人も増えた。物価は日本より高いぐらいだ。だが、全体のくらしの底上げから取り残された人たちがいる。高級コンドミニアムのすぐ隣には貧しい家が並び、豊かさを目の当たりにしながら暮らす人たちがいる。

拡大マルコス支持の象徴であるピースサインをするメル・バハダさん=2022年4月19日

 「学校を出ても170ペソしか稼げない。そんな社会でいったいどうしろというのか」。こう話すのはマルコスの熱狂的支持者メル・バハダ(43)だ。

 高校を出て職業訓練校に2年通い、コンピュータープログラミングを学んだ。2000年に初めてついた仕事は免税店の掃除夫で、日給は170ペソ、当時のレートで415円ほど。「時給じゃなくて?」と思わず聞き返してしまった。

 住まいの近くの幼なじみには麻薬密売にかかわるようになった人も多く、麻薬犯罪撲滅をうたったドゥテルテ大統領の「麻薬戦争」で4人が殺されたという。
彼がマルコスを支持するようになったのはまだ10代のころ。フィデル・ラモス大統領の時代(92-98年)のことだ。「こんなに貧しく、毎日停電ばかり起きるのに、なぜ大統領は外遊ばかりしているのだろうと疑問に思った。マルコス時代はよかったと話す両親の話は正しいと思うようになった」。

 両親はマルコス元大統領の専属パイロットと知り合いになり、パイロットの家でドライバーの仕事を得た。さらにマニラ首都圏パサイ市に「マルコスから土地をもらった」と主張する。公平性のある土地の分配だったのか、彼の話だけではよくわからないが、家族はマルコスに救われたと考えている。バハダは市役所で仕事を見つけ、さらにボンボンの活動を動画撮影するスタッフとしても動いている。だが苦労を思い出し、マルコスへの感謝の思いに泣きながら話した。「ボンボンは状況をぱっと変えられるマジシャンではないと思う。でもマルコスの血をひいているし、期待しているよ」。

 貧しさとは無縁にみえるボンボン・マルコスが、貧しさにあえいだ人たちの思いの受け皿になるというのは皮肉だ。前回記したように、「国を追われ、耐えてきた」というイメージをマルコス家がネットを通じて打ち出してきた影響もある。だが、浮かび上がれない不満や不公平感をかかえた人たちの目に、「国民のことを思った国父」というマルコス像は、何よりも今すがりたい、守ってほしいリーダーの理想として映っているのだ。

拡大大統領選で2位だったレニ・ロブレドを支援するボランティアの若者たち

 「マルコスを支持する理由? レニがいやだから!」

 フィリピン人の知人は、ボンボンのライバルで、大統領選で2位だったレニ・ロブレドの名前を挙げて、こんな投稿をフェイスブックにのせていた。教育を受け、豊かで、「正しいこと」を言うだけの人。そうした「恵まれた層」の象徴として、ロブレドが憎しみの対象になった、あるいはそう仕立て上げられた面もあった。調査報道サイトVERA Filesは21年12月、同年にネットで話題になったうその情報のうち、選挙がらみの120件を調べ、こうした情報の恩恵をいちばんうけているのはマルコスで、攻撃の標的になりやすいのがロブレドだったと報じた。

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筆者

鈴木暁子

鈴木暁子(すずき・あきこ) 朝日新聞GLOBE副編集長(休職中)、国立フィリピン大学第三世界研究所客員研究員

1973年、埼玉県生まれ。朝日新聞の記者として、鳥取・奈良両総局と大阪・東京の経済部、GLOBE編集部などをへて、2016年9月よりハノイ支局長(ベトナム、カンボジア、フィリピン担当)として夫と息子とともにベトナム・ハノイにくらした後、GLOBE副編集長に。 22年3月に休職して4月からフィリピンに滞在中。水浴びする水牛をみるのが好き。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです