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ウクライナのために何ができるか? 二つの「新作」絵画に込めた細川護熙氏の怒りと祈り

東京でチャリティー展覧会を開催。募金活動も全国で展開。元首相はいま何を思うのか

吉田貴文 論座編集部

 ロシアのウクライナ侵攻がはじまって3カ月以上。戦火は収まる気配はなく、人命は次々と失われ、街は破壊され続けています。こうした悲惨な状況に胸を痛め、自分に何かできることはないか自問した元首相の細川護熙さんが、ウクライナ支援のチャリティー展覧会を開きます。アーティストとして絵画や漆絵、陶器、書などを制作してきた細川さん。チャリティー展には過去の作品だけでなく侵攻後に制作した新作も展示、ウクライナ支援の募金も集めます。チャリティー展に寄せる想い。ウクライナ侵攻について考えることなどを聞きました。

アトリエでチャリティー展覧会について語る細川護熙・元首相=2022年5月27日、東京都品川区

細川護熙(ほそかわ・もりひろ)さん 元内閣総理大臣
1938年生まれ。上智大学法学部卒。朝日新聞記者を経て、衆参議員、熊本県知事、日本新党代表、第79代内閣総理大臣を歴任。98年に政界を引退後、作陶、書、水墨、油絵、漆芸などを手がける。

作品の展示、販売と募金の益金をUNHCRに

――ウクライナ支援のチャリティー展覧会が4日から始まります。

細川護熙展覧会「明日への祈り」のフライヤー
細川 はい。6月4日から12日まで、東京・銀座の「ポーラミュージアム アネックス」で「明日への祈り」と題して開催します。ロシアのウクライナ侵攻後に描いた「百鬼蛮行-私のゲルニカ」や「神よ憐れみ給え-私のミゼレーレ-」のほか、過去に制作した漆絵や書、2019年に奈良薬師寺に奉納した襖絵大下図や、今年5月に京都の龍安寺に奉納した雲龍図襖絵の下図も展示します。

――展覧会を開こうと思われたわけは何ですか?

細川 2月24日にロシアのウクライナ侵攻を目の当たりにして、私は「とんでもないことだ。この事態は日本から1万キロも離れた遠い国の話ではなく、われわれ日本人も自分のこととして受け止め、本当に深刻に考えなければいけない」と思いました。

 ほんとうなら義勇兵として現地に行きたいぐらいの気分だったんですが、85歳になろうともいう人間が義勇兵と言っても無理なことは分かっている。だけど何かできないものか。そう考えたとき、アーティストの端くれとして絵筆をとって平和への願いを込めた作品を描くとともに、今まで自分が手がけた絵画や陶芸、書などの作品を展示、販売して義援金を募り、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)を通じてウクライナ支援にあててもらおうと思い立ちました。と同時に募金箱に寄付をいただき、それもUNHCRに送ります。

――募金箱、ですか。

細川 私が知っている全国の施設、20カ所ぐらいでしょうか、に募金箱を置いていただいて、義援金を募っています。UNHCRの募金箱はこぶりなので、こちらで大きめの箱を用意し、UNHCRのステッカーを貼って送らせていただいています。先日、龍安寺にも置かせていただきました。

――これまで建仁寺や薬師寺などの寺院に襖絵や障壁画を描いてこられましたが、そういうところにも。

細川 はい。お願いしています。そのほか、東京・目白の永青文庫をはじめ、大きなお店や企業、観光施設など、思い付くところにお願いしています。北海道の牧場にも置かせていただきました。今回、展覧会を開くポーラミュージアムにはもちろんです。

★細川護熙展「明日への祈り」
ポーラミュージアム アネックス(東京都中央区銀座1-7-7 POLA銀座ビル3階)では、ウクライナ支援チャリティーとして細川護熙氏の展覧会「明日への祈り」を開きます。
会期は2022年6月4日(土)~12日(日)、時間は11:00~19:00(入場は18:30まで)、会期中無休、入場無料です。
問い合わせは、050-5541-8600(ハローダイヤル)か「ここ」まで。

「百鬼蛮行-私のゲルニカ」に込めた願い

――そのポーラミュージアムで開く「明日への祈り」には、新作、旧作とりまぜて様々な作品が展示されますね。

細川 ええ。作品の中には、ずいぶん前につくったウクライナの国花のひまわりを描いた焼き物や、ひまわりの油絵もあります。漆でつくった聖徳太子稚児太子像も出しました。聖徳太子は平和を望むメッセージになると考えたからです。

 3・11の直後に描いた「鎮魂」というタイトルの絵も出展しました。3・11は天災ですが、人災のウクライナで亡くなった人を想って描いた二つの新作「百鬼蛮行-私のゲルニカ」「神よ憐れみ給え-私のミゼレーレ」と並べて、思いもかけない災害で亡くなった方への思いも込めています。

細川護熙・元首相=2022年5月27日、東京都品川区
――様々な鬼が描かれている「百鬼蛮行-私のゲルニカ」は迫力があります。

細川 ピカソの名作「ゲルニカ」は、スペイン内戦の際、ナチス・ドイツの侵攻で大殺戮がおこなわれたスペイン・バスク地方の小さな町のことをイメージし、戦争に対する憎悪と平和への祈りを込めて描かれたものですが、今のウクライナはそれ以上とも言うべき悲惨な状態です。ロシア軍の侵攻への怒りと、一日も早い収束への願いを込めて、「私のゲルニカ」を描こうとすぐに思い立ちました。

 瓦礫と化した街の絵を描くのは普通の発想でしょうが、ひとひねりして、ウクライナにあるチェルノブイリ原発の石棺をモチーフにして、そこに百鬼を閉じ込めました。

――日本には百鬼夜行図の伝統がありますが、そこからの発想ですね。

細川 ええ。ロシアの最高指導者に操られた兵士たちが百鬼と化し、ウクライナで執拗に蛮行を重ね、たくさんの市民を殺戮(さつりく)している。チェルノブイリの原発事故の際、原発を石棺で覆ったように、蛮行を働く百鬼とロシアにいる大魔王を石棺に封じ込めたのです。

――プーチン大統領もいるのですね。

細川 絵の上部の中央に首つりになっています。手前の黄土色の部分は小麦畑、上は青い空、つまりウクライナの国旗をイメージしています。ウクライナに再び平和で静かな大地と空が戻ってくるようにという願いを込めています。

金箔にクレヨンで描いた「神よ憐れみ給え-私のミゼレーレ」

――どれくらいで完成したのですか。

細川 侵攻が始まった2月24日の直後に着手して一気に描きました。後で描き足したところもあるので、それを入れると2週間ぐらいで完成したでしょうか。描き終えた後、もう一つ何か制作できないかという話があり、次はルオーの代表作「ミゼレーレ」に基づく「神よ憐れみ給え-私のミゼレーレ」をと考えました。

 ルオーの「ミゼレーレ」は、第一次大戦の勃発を契機に、不正義な社会の醜さや戦争への怒りを描いた連作です。ウクライナの悲劇的な状況を見て感じる想いは、ルオーの「神よ憐れみ給え」という叫びと同じものだとし、その祈りを東方教会の聖画図(イコン)のイメージで描きました。

――金色の下地の上に黒を基調に描かれた不思議な絵です。

細川 イコンをイメージしているので金箔の上に描くことにしました。「百鬼蛮行」は油絵ですが、油絵の具だと乾くまで時間がかかる。ポーラ美術館での展覧会の日時がすでに決まっていて、乾くまで待っていたら時間がないので、クレヨンで描きました。金箔の上にクレヨンで描くのは結構大変で、かなり力を入れないと描けない。でも、結果的に不思議な感じに仕上がりました。

 絵の上部には戦火を浴びるキーウのテレビ塔や街。その前に亡くなった人たちの十字架。手前には生き延びた人々や親子、そんな時でも心をいやし、慰め、心の糧なってくれるクラウンやバレリーナ、音楽家の人たちを描きました。すべての人々の平和の願いが神に届かんことを祈る、「神よ憐れみ給え」というメッセージを込めています。

全国でチャリティー展覧会を

――ポーラミュージアムの「明日への祈り」の開催は早い時期に決まったのですね。

細川 ウクライナ侵攻後すぐにポーラの鈴木郷史社長にお電話をして、「急で申し訳ないですが、美術館はあいていないですか」とお尋ねしたら、「なんとか、あけます」と言っていただけて、6月4日から1週間、あけていただくことになったんです。時間がないので、ちょっと忙しくなりましたが……。

――ポーラミュージアムの展覧会の後も、チャリティーは続けるのですか。

細川 近いうちに東京美術倶楽部で入札会をしていただく予定です。秋には京都の思文閣美術館でも展覧会をします。熊本でもやりたいのですが、調整中です。

――これまで長年、制作されてきた作品を、ウクライナ支援のために出されるわけですね。

細川 そうです。新作の「私のゲルニカ」と「私のミゼレーレ」は全国で披露したいのですぐには売りませんが、その他は絵画でも工芸品でも。益金をウクライナ支援のために使ってもらいたいと考えています。お寺の襖絵を描くためにつくった下絵も、けっこう丁寧に書いているので、落款を押してサインをすれば作品になるんですよ。

襖絵を描く(撮影:齋藤芳弘)

理解できないおぞましい戦争

――ウクライナ侵攻を見て、自分にも何かできないかと思った人は、少なくないと思います。政治にもたずわってこられた身として現状を、どう考えておられますか。

細川 とんでもない、けしからんことだと心の底から思います。

 安土桃山時代から江戸時代前期に活躍した沢庵さんというお坊さんがいるのですが、彼はいいことを言っています。「百戦百勝するも、一忍にしかず」。百回戦って、百回勝つよりも、一つの忍耐で平和にことを治めるほうがいいのだと。そう徳川三代の家康・秀忠・家光に説き、三代はこれを守って徳川300年の平和の礎を築いた。私は基本的にはそういう考えなんです。

 なので、この機に乗じてといわんばかりに、敵敵基地攻撃能力や防衛費をGDP比2パーセント以上にするという議論が政治の世界で出ていることには、いささか抵抗感があるのですが、しかし、その一方で、今回のようなロシア軍の蛮行や、中国や北朝鮮の動きを見ていると、ウクライナの人たちが国を守るために命懸けで戦っているように、日本人もいざという時には断固として国を守るという気概を、しっかりと持っていないといけないと思います。そのための理にかなった防衛力は当然、必要です。

――戦争は暴力的なものですが、それにしても今回のロシアによる侵攻は蛮行だと。

細川 実際、ひどいと思いますよ。報道によると、マウリポリもウクライナ東部の他のところも、建物という建物はすべて壊されているじゃないですか。大変な蛮行、重大な犯罪だと思います。ウクライナを国ごと抹殺するつもりなのでしょうか。

 経済的、社会的な基盤だけでなく、文化から何から根底から壊してしまうやり方には怒りを覚えます。私には理解できないし、ジェノサイドともみられるおぞましい戦争だと思います。

歴史的な感覚が感じられないプーチン大統領

――細川さんが首相になられたのは、冷戦が終わった直後でした。当時、世界には、東西対立の危機から逃れて、平和に共存できる時代がくるのではないかという空気もありました。首相としてロシアのエリツィン大統領とも会談されましたが、当時と今を比べて思うところはありますか。

細川 エリツィンさんには、典型的な人のいいロシア人という印象を持ちました。夜10時半ごろに皇居の晩さん会が終わった後、ぐてんぐてんに酔っ払っている彼が私の肩を抱いて、「今からテニスしよう」と言ったのを覚えています。

 首脳会談にあたり、外務省は北方四島のことはまず彼の方からは話さないだろうと見ていたのですが、「東京宣言」で四島の帰属を「法と正義」に基づいて決めるという“突破口”を開くところまでいきました。しかし、その後2018年に、二島返還に舵を切るという愚かな外交政策の転換があって、北方領土の話は完全に行き詰まってしまった。残念の一言です。

――そのエリツィン大統領から首相に指名され、プーチン氏は権力の階段をのぼり始め、大統領になって独裁体制を築いて、今回の侵攻に至りました。

細川 エリツィンさんも人を見る目がなかったというか……。周囲のオリガルヒの人たちが、プーチン氏を持ち上げることもあったのでしょうが、そもそも彼は「汎スラブ思想の大国主義」という妄念にとりつかれている。

 歴史をみても、たとえばナポレオンには歴史感覚があったと思います。彼はエジプト遠征に際し、ピラミッドの下で「4000年の歴史が諸君を見下ろしている」と3万5000人の将兵を鼓舞して、カイロに入城しました。彼はおそらく、自分自身が後世にどう評価されるかということも意識して、「4000年の歴史が」と言ったんだろうと思いますね。

 アレキサンダーにせよシーザーにせよ、歴史のある瞬間に自分がどう生きるかっていうことを意識しながら行動していたんでしょう。ところが、プーチンからはそうした歴史的な感覚が全く感じられない。プーチンは、ヒトラーやスターリンと同列のものでしかない。

細川護熙・元首相=2022年5月27日、東京都品川区

安心感を与える岸田首相

――ウクライナ侵攻は今後の世界にどういう影響を与えるでしょうか。

細川 経済的にも文化的にも、この戦争で受けた打撃からリカバリーするのは容易ではないでしょう。そのために、世界は大変なエネルギーをつぎこまなければならず、その過程でいろんなことが起こるでしょう。まさに「ウクライナ後」という時代になるんじゃないでしょうか。

 中国とロシアとの関係がどうなるか、くっつくのか離れるかもわからない。国連も改革をして、5大国の拒否権にブレーキをかける仕組みをつくらないといけないですが、今のところ具体的な知恵はない。世界が大きく平和の方に向かって動いてくれればいいけれども、まだ対立ばかりが目立ちます。

――そんななか、日本はどうするかが問われます。とりあえず、今の日本政府の対応については、どうご覧になっていますか。

細川 自民党には河野太郎さんや林芳正さん、石破茂さんのような有能な方々がおられますが、まずは岸田文雄さんが首相でよかったと思っています。先述したように、防衛費のGDP比2%もまだ積み上げた議論になっていないし、「新しい資本主義」もなんだかよく分かりませんが、まあ安全運転というか、この人であれば安心という感じはあります。

 安心感を与えるというのは、政治にとって一番大事なことです。そういう意味で、安倍晋三さんが首相の頃よりはるかにいいと思います。野党があまりにだらしないから、現時点では私は岸田さんに頑張ってもらいたいですね。

 野党は時代の転換期にある今だからこそ、どういう国を目ざすのかといった骨太の構想を示してもらいたいのですが、なんだか頼りなくて、何をしているのかと思ってしまいます。

「国」について現実的に考える時代に

――ウクライナ侵攻を経て、世界中の国が「国」というものについてリアルに考えるようになるのではないでしょうか。

細川 そうなると思います。日本も、安全保障はもとより、エネルギー問題や食糧問題、大規模災害対策などを現実的に考えないといけません。教育も重要な問題であることに変わりはありません。原発についても、こういう状況になってくると、再生エネルギー開発を加速させることを条件に、いつまでと時間を区切った条件つきの再稼働はやむを得ないのではないかと思います。

――当面はアーティストとして、ウクライナを支援しながら、日本の国の行方も気になりますね。

細川 来年、私も85歳ですから、いろんな団体の役職もすべて辞めて、湯河原で草取りしながら読書でもして過ごしたいのですが、ウクライナの問題はしばらく続くでしょうし、どうなっていくか、気になりますね。

――今日はありがとうございました。

細川護熙展「明日への祈り」 
 ポーラミュージアム アネックス(東京都中央区銀座1-7-7 POLA銀座ビル3階)では、ウクライナ支援チャリティーとして細川護熙氏の展覧会「明日への祈り」を開きます。
 会期は2022年6月4日(土)~6月12日(日)、時間は11:00~19:00(入場は18:30まで)、会期中無休、入場無料です。
 問い合わせは、050-5541-8600(ハローダイヤル)か「ここ」まで。

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