審議公開は議員と有権者のフィードバックの場~メディアは多角的な報道を
2022年06月08日
有権者が国会議員の国会活動を知ることは、議会制民主主義にとって是か非か。
国会議員とは、立っても座っても批判される因果な役回りかもしれない。そのように思わせる記事が『毎日新聞』に掲載された。以下、記事のタイトルとリード文を引用する。
選挙PR露骨な国会質問 予算委に参院選立候補予定者ずらり
参院は30日、2022年度補正予算案を審議する予算委員会を開いた。この日質問に立った与野党議員7人全員が、夏の参院選に立候補を予定する改選議員。政府答弁を引き出すことよりも、自らの主張や実績を強調することに主眼を置いた質疑も目立った。想定される参院選公示日(6月22日)まで3週間あまり。国会論戦も「選挙活動」の一環となっている。(『毎日新聞』2022年5月31日付朝刊)
記事の趣旨は、NHKテレビで生中継される参院予算委員会において、今夏の参院選に立候補を予定する議員たちが質疑に立ち、実質的な「選挙運動」になっていると批判するものである。
特に、自由民主党、公明党、立憲民主党の質疑者がすべて立候補予定議員だとし、それに対して日本維新の会と日本共産党は、そうでない議員を立てると比較対照して、露骨な「選挙PR」との見方を浮き彫りにしている。また、政党や議員がその日の国会中継について、SNSで事前に告知し、支持者等に視聴を呼びかけることも「宣伝」として、批判的な文脈で書いている。
確かに、選挙間近でテレビ中継される国会質疑は、立候補を予定している議員にとって、自らの国会活動を有権者に知ってもらう重要な機会となる。そうした機会を得られない議員や議席を持たない新人候補からすれば、羨望の的になってもおかしくない。実際に質疑をした議員たちが、論客として知られる議員で、党を代表して質疑に立ったとしても、その機会を得られない候補からすれば、そのような見方をすることは理解できる。
しかし、選挙を控えているからといって、議員が国会で質疑をすること自体が批判されるべきことなのだろうか。この記事は「(議員が)満足そうに質疑を終えた」「首相に答弁を求めたのは9回だったが、内閣府の担当者への質問は25回に及んだ」「(議員が)取り組みや知識を披露」「質疑と答弁の内容自体には、目新しい要素は乏しく」等と、記者の主観を含んだ表現を複数回にわたって地の文で用いており、選挙前にテレビ中継のある国会質疑を行うことについて、批判的な視点で一貫している。
当然のことながら、選挙を控えた議員が質疑することを問題視するのは、それが議会制民主主義にとって問題との認識があるからだろう。残念ながら、記事は「選挙PR露骨」「選挙活動」と問題を自明視して、それを深める説明はない。
そこで、本稿は、国会議員の国会活動を有権者が知ることについて考察する。ここでいう国会活動とは、もっぱら本会議・委員会での質疑及び答弁を指す。たいていの場合、国会議員が質疑すれば、だいたい同じ時間だけ、大臣や副大臣、彼ら・彼女らの代理となる幹部官僚が答弁するからだ。有権者は、それを見れば、野党だけでなく、答弁を通じて政府与党の考え方や取り組みも知ることができる。
国会の会議は、原則として公開されている。憲法第57条は「両議院の会議は、公開とする」と定めている。委員会については、国会法第52条「委員会は、議員の外傍聴を許さない」と非公開原則になっているが、条文後段の「報道の任務にあたる者その他の者で委員長の許可を得たものについては、この限りでない」を根拠として、実質的にインターネット中継(衆議院・参議院)と議事録を通じて公開している。傍聴についても、議員の紹介があれば、委員長が機械的に傍聴を許可している。
国会の会議が公開されているのは、民主主義である以上、当たり前のように思われるが、必ずしもそうではない。
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