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BTSに何が? 苦しさの吐露に込められた同じ若者たちへの思い

同情と冷めた意見と──困惑する韓国社会

伊東順子 フリーライター・翻訳業

 新型コロナによるパンデミック期間中の大半を日本で過ごし、4月、韓国に戻った。厳しかった行動制限の多くが解除され、最後は屋内でのマスク着用義務を残すのみ。

 「ついに外でマスクがはずせる!」と喜んだ人もいたと思うのだが、実際のところ多くの人の口元はまだ不織布で覆われている。街中でさっと見渡しても、マスクをしていない率は1割ほど? 3月までいた東京と同じような感じだ。しかも食堂などに入って座ったとたんに、やれやれとそのマスクをはずす人もいる。感染症対策としてはいささか本末転倒な行動だが、そこらへんも日韓はよく似ている。

 「さすが隣国……」

 両国を知る人々は感心しているが、やはり欧米のように一気にオープンとはならない。ちなみに先日、田舎のバス停でマスクをはずしていたら、お年寄りに注意された。

 「外だから、はずしてもいいんじゃないですか?」
 「だめだ」

 韓国の田舎で年上の人に逆らうなんてできないし、高齢者にとって感染がどれほどの恐怖だったか。それは各種の調査報告などにも、はっきり表れている。

 しかし、解放感はある。飲食店や集まりに関する規制などが全て撤廃されて、人々は一気に街に繰り出した。終電後のソウルはタクシーがつかまらず、週末の釜山は国内観光客であふれかえる。2年余りも辛抱してきたのだから、若者たちがはしゃぐ気持ちはよくわかる。ところが喜んだのも束の間、また別の問題で社会にはうんざり感が漂い始めている。

 「だってガソリンが2400ウォン(1リットル当たり、約250円)ですよ」

 すさまじい物価高とそれを抑えるための金利上昇。そんな、ため息まじりの日々の中に飛びこんで来たのが、BTS(防弾少年団)のニュースだった。

Tinseltown/Shutterstock.com一時「活動休止」「解散」説まで流れたBTS Tinseltown/Shutterstock.com

BTSと株価の暴落

 BTSのメンバーが自らの進路について発表したのは6月14日の夜、デビュー9周年を記念した映像コンテンツ「真・防弾会食」を通してだった。グループのメンバーたちが涙ながらに吐露した様々な思い。世界中のファンの間で衝撃が走り、ツイッターなどのSNSも大騒ぎとなった。「これからはグループよりも、個人の活動を中心にしていく」という内容だったのが、一部メディアが「活動休止」という見出しをつけたことで、混乱はさらに大きくなった。

Kathy HutchinsshutterstockKathy Hutchins/Shutterstock.com

 翌15日の早朝から、BTSの所属事務所であるHYBE(ハイブ)の株が大暴落。これが韓国社会を刺激した。ちなみに韓国人は日本人と比べると、株や不動産など投資への関心がはるかに高く、特にパンデミック下で20代30代の株式投資が一気に増えた。それでなくても米国発の世界的株価暴落でショックを受けた直後であり、芸能界などに関心のない人たちも朝から騒然となってしまったのだ。

 「いったい何があったのか?」

 ハイブの社長が動揺する社員宛に長文のメールを送ったという話まで流れてきて、さらに騒然。とにかく「解散」とか「休止」ではないことははっきりしているのだが、ネット上では様々な憶測も広がっている。そこで私もくだんのユーチューブ動画を見たのだが、なんというのだろう。正直、とても感慨深いものがあった。この若者たちは本当に頑張ってきて、でも今はどこに向かえばいいのかわからなくなったと言っている。

 「コロナという言い訳」という言葉が印象的だった。それを理由に問題を先送りしてきたのだという。世界中が停止してしまったパンデミック下、たまたま彼らはそのタイミングで世界的なスターダムに躍り出たのだが、皮肉なことに「そこからは自分が自分ではなかった気がする」とリーダーは言っていた。

 それはおそらく彼らだけの問題ではなく、この時代に皆が共有する感覚だろう。この2年半、「コロナのせいで」「コロナだから」と諦めてきたこと、スルーしてきたこと。その直前にしようと思っていたことは何だったのか。個人の問題だけでなく、社会がどのように変化しようとしていたのか。デビューしたばかりの少年の頃から、社会に対して常に尖った警告を発してきた彼らが鈍感でいられるはずがない。

 韓国KBSのメインニュースも、BTSのニュースを大きく取り上げていた。キャスターは少し沈痛な面持ちで、彼らの発表を報告した。

 「昨夜、彼らはグループでの活動を少し止めると宣言しました。少年たちが青年に成長した9年という時間の間、全世界の音楽ファンに愛されたが、それだけに心の負担も大きかったと打ち明けました」

 続いて、メンバーの声。

 RM「『Dynamite(ダイナマイト)』まではグループが自分の手の上にあった感じだったのに、その後に『Butter(バター)』と『Permission to Dance(パーミッション・トゥー・ダンス)』とかをやりながら、もう自分たちがどんなグループなのか、よく分からなくなってしまった……今、方向性を失ってしまって、今は止まって、自分で何か考えてから、もう一度戻ってきたいのだけど……」

 SUGA(シュガ)「いちばん一番難しいのが歌詞を書くこと。出てこない。言うことがないんだ、本当に。自分が感じて、自分が話したいことを言わなきゃいけないのに、無理やり絞り出している感じ。ずっと」

 JUNG KOOK(ジョングク)「それぞれが個人的な時間をもつことで、たくさんの良い時間を過ごして、色々な経験もたくさん積んで、もう一段階成長して皆さんの前に戻ってくる」

一般の韓国人の、様々な反応

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