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イーロン・マスクのツイッター買収はワシントン・ポストの買収と何が違うのか

私たちを取り巻くメディア環境と民主政治システム

水谷瑛嗣郎 関西大学社会学部准教授

SNS企業の「公共性」 

 それでは、SNSについて、筆者の専門である憲法やメディア法の分野からはどのように評価できるでしょうか。アメリカの連邦最高裁は、ある判決で、TwitterをはじめとするSNSを「現代のパブリックスクエア」と評し、そうした「場」へのアクセスを政府が法律などで不当に制限することは表現の自由(修正1条)に反するとしています(*6)

 かたや日本の最高裁はというと、前科情報に関するツイートの削除請求をめぐる直近の判決で、Twitterの機能を「利用者に対し、情報発信の場やツイートの中から必要な情報を入手する手段を提供するなどしている」と位置付けています(*7)。まさにSNSはただの私企業という存在を超えて、報道機関のように、一種の「公共性」をもつものと評価されていると言えそうです。

拡大Rawpixel.com/shutterstock.con

 これらSNSを適切に駆使すれば、情報過多のこの時代において、自分の意見をより多くの人々に向けて発信したり、必要な情報を入手したりすることが可能となっています。これは、マスメディアがメディア環境を集中的に支配していた時代からすれば、考えられないメリットです。

 先述したSNSの利用形態も加味すれば、少なくとも私たちの社会を運営するための「民主政治システム」にとって欠かすことのできない機能を果たしているという意味での「公共性」をSNSがもっていることは否定できません。

「新たな統治者」としてのプラットフォーム

 ただし、SNSは右から発信された情報を単に左に流すだけの「導管」ではありません。SNSのアーキテクチャ(またはコード)は、私たちの情報発信・受領のあり方に大きな影響を及ぼします。SNSのフィードに表示される情報は、事業者が設計したアルゴリズムによって優先順位が付けられています。

 加えて、ユーザーの投稿は、事業者が定めたポリシーに照らして、時に削除されたり、警告スタンプがつけられたり、表示の優先順位が下げられたりすることがあります(こうした作業は「コンテンツ・モデレーション」と呼ばれています)。

 先ほど指摘したTwitterへの依存度を踏まえるならば、私たちのオンライン上の表現活動の大半を管理しているTwitter社の存在は、もはや「政府」に近いものがあります。もちろん、SNS企業には法律をつくる議会も、違法な表現を取り締まる警察もありません。その代わりに、SNS企業はアーキテクチャをデザインし、ポリシーを策定し、人間のコンテンツ・モデレーターやAIによって違反者へのルール執行を行うなど、まるで一種の官僚機構のような様相を呈しています。

 アメリカの法学者ケイト・クロニックは、こうしたプラットフォーム事業者の姿を捉えて、「新たな統治者(The New Governors)」と評しています。これら事業者は、私企業である(=つまり、本質的に政府ではない)にもかかわらず、コンテンツ・モデレーションのためのルールの形成や執行プロセスを有し、自社の「場」を管理するための高度な統治システムを備えているというのです。

 そして、この統治システムによって、私たちのオンライン体験が巧妙に創り上げられていることを考えるなら、その仕組みを創り変えることで、当然ながら私たちのオンライン体験を大きく変化させることも可能になります。

 この点、マスク氏は以前から「言論の自由絶対主義」を名乗ってきましたし、Twitterのモデレーションに不満を漏らしてきたことが指摘されています。買収に際しても言論の自由の実現のためである、とほのめかしています(*8)

 そうした方針から、マスク氏が、現在のところTwitterで行われているモデレーションを緩める措置をとる可能性はあるでしょう。現に、彼は永久凍結されているトランプ前大統領のアカウントを復活させる意向(*9)を示しています(もっともトランプ前大統領は「トゥルース・ソーシャル」という独自のSNSを作っているので、Twitterに復帰するかは定かではありませんが)。

 このように、マスク氏が買収をほのめかすTwitter社とは、ただの私企業に留まらない、民主政システムにとって非常に重要な表現環境を左右することのできる存在なのです。

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筆者

水谷瑛嗣郎

水谷瑛嗣郎(みずたに・えいじろう) 関西大学社会学部准教授

1986年、大阪府生まれ。博士(法学)。同志社大学法学部卒。慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学、帝京大学法学部助教などを経て現職。専攻は憲法・メディア法。共著に『リーディング メディア法・情報法』(法律文化社)、『憲法学の現在地』(日本評論社)、『AIと憲法』(日本経済新聞出版)。「『表現の自由』の現代的な『カタチ』―フェイクニュース問題を切り口に」など「表現の自由」に関する論文を多数発表している。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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