国民投票法制が未完のまま投票などできない
2022年06月29日
第26回参議院議員通常選挙が6月22日に公示された。24 日には、大手メディア各社による序盤の情勢調査が報じられ、すでに「自公が改選過半数の勢い」の見出しが躍っている。
憲法改正の発議には、参議院議員(定数248)の3分の2以上(166名以上)の賛成が必要であるが、俗にいう改憲勢力(自民、公明、維新および国民の4党)の獲得議席が「83」を超えるとの予測でも一致しており、非改選の83議席(自民54、公明14、維新9、国民6)と合計すれば、今回の通常選挙の結果を以てしても、改憲勢力の議員数は発議の員数要件を充たす(さらに非改選の橋本聖子氏が自民に復党すれば、発議のハードルは一つ下がる)ことになる。
このような情勢報道が広がり、およそ今秋以降の憲法改正論議の進展が「当然視」される風潮が強まる中で、自民が提示する憲法改正案(第9条改正案、緊急事態条項新設案など)に対して「賛成」「反対」の意見が飛び交っているほか、維新など他党が提示する案との比較も始まっている。
衆議院議員の任期満了(2025年10月30日)までを「黄金の3年間」と評することが適切かどうかは別にして、特に2023年4月の統一地方選挙の投票日と同日に憲法改正国民投票を実施するべく、2022年内の憲法改正発議に触れる、じつに威勢の良い言説もある。目下の参院選に関する支持の意見表明や投票勧誘とは別空間の、さながら「疑似国民投票運動」とも呼ぶべき盛り上がりがみられる。
しかし、法的、政治的な手続論に立てば、現在なお憲法改正国民投票を正常に執行することはできない。憲法改正に対する賛成、反対、中間の立場を超えて、そして自民案、維新案などの良し悪しを論じる前に、改正手続きの制度が「未完」である問題がもっと共有される必要がある。
今回はあえて、国民投票法本体から外れた「元も子もない問題」から提起したい。
衆議院議員の総選挙、参議院議員の通常選挙は、公職選挙法(昭和25年法律第100号)だけに則って執行されているわけではない。「国会議員の選挙等の執行経費の基準に関する法律」(昭和25年法律第179号)という別の法律において、都道府県、市区町村、不在者投票管理者が担っている選挙事務に関し、経費の基準額が個別に定められており、国から交付される仕組みに拠っている。基準額はすべて法律事項である。
具体的には、投票所の経費(第4条)、共通投票所の経費(第4条の2)、期日前投票所の経費(第4条の3)、開票所の経費(第5条)、選挙公報の発行費(第7条)、ポスター掲示場費(第8条の2)、不在者投票の特別経費(第13条の2)などの基準額がそれぞれ「○○円」と定められ、国会議員の選挙のたびに、端的に言えば、国から「実費」「手間賃」が支払われている。
たとえば選挙の際に投票立会人や開票立会人を務めると、「日当」が当該自治体の長の名で選挙後に振り込まれるが(筆者は数回、開票立会人の経験がある)、その原資は自治体ではなく国からの交付金であり、その額は執行経費基準法第14条第1項で定められるもの(全国一律)に他ならない。
そして、執行経費基準法が定める基準額は、最高裁判所裁判官の国民審査、地方自治特別法の住民投票に関してもそれぞれ、額の調整を踏まえて適用される(第15条、第16条)。法定受託事務という枠組みに、国からの経費交付という裏付けがあるために、行政事務として正常に執行されるわけである。
しかし、執行経費基準法は、国会議員の選挙、最高裁判所裁判官の国民審査、地方自治特別法の住民投票に関する規定は置いているが、憲法改正国民投票に関しては何の規定も置いていない。
これがどのような帰結になるか、あえて極論を示せば、現状のまま憲法改正の発議がなされれば、都道府県、市区町村は法定受託事務として、予算の裏付けがないまま、投票用紙の印刷、立会人の選任、開票所の設置などの法律上の義務だけを負ってしまうことになる。国民投票法第136条は、投票・開票の事務などすべてを「国庫負担」とする旨を定めているものの、執行経費の基準(法的根拠)がないため、国からは1円たりとも交付されない(交付できない)。自治体に自己負担を強いることになってしまうが、流石にそんな無茶ぶりが出来ないことは誰にでも分かる。
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