「無用」と「有害」との間を揺れ動いた参議院~無風?の参院選で考えた
日本政治に合わせて二院制をいかにうまく運用していくかが問われる
加藤創太 東京財団政策研究所研究主幹
第二院の存在価値とは
では、日本の参議院はどうあるべきか。シェイエスの言うように、衆議院と差別化できなければ、「無用」のカーボンコピーでしかなくなる。参議院を維持するために膨大な国費が投じられていることを考慮すれば、財政的には「無用」どころか「有害」である。
他方、衆議院と差別化できたとしても、衆議院の決定にことごとく異を唱えるようになれば、国政は「膠着(deadlock)」し「有害」な存在ともなりうる。これはわれわれが2000年代後半以降の「ねじれ国会」で経験してきたことである。「ねじれ国会」が大きな要因となり、短命の政権が続いた。
ただ、現在の日本で一院制への転換は、政治的にはリアリティを持たない。たとえば憲法改正が必要になるため、改憲発議に衆議院議員だけでなく参議院議員の三分の二以上の賛成も必要となるからだ。世論調査の結果を見ても、二院制の維持を支持する有権者は多数派だ。
よって求められるのは、日本の政治状況に合わせ、二院制をいかにうまく運用していくかである。
比較政治学者のアレンド・リップハルト(Arend Lijphart)氏は、日本を含む世界各国の二院制を類型化し、同じ二院制の下でも、国によってその果たしている機能や影響力が大きく異なることを示した。シェイエスの言う「無用」と「有害」の狭間にこそ、日本の参議院をはじめ第二院の存在価値は見いだせるはずだ。
そのためにはどのような制度改革が必要となるだろうか。以下では簡単に、改革の方向性と具体的な措置のあり方につき提案したい。(なお、本稿では改革の範囲を憲法改正を要しない範囲に限定する。)
改革の方向性・その1——衆参の差別化
改革の方向性としてまず必要なのは、参議院と衆議院との差別化である。
衆参両院の議員が同じような政党構成で同じようなバックグランドを持つのであれば、第二院の第一院に対するチェック機能も働かず、参議院はまさに「無用」となる。学習院大学の福元健太郎教授は、衆参両院の議員構成や法案審議が異なっているかにつき実証分析を行い、両者に(2007年当時で)有意な違いはないという結果を導いた。そうであれば日本の二院制は無意味だという福元氏の指摘は当を得ている。
参議院の選挙制度を変えよ
差別化の一つ目の方法としては、議員の選出母体を衆参でより大きく差別化することが考えられる。そのためには、公職選挙法の改正などを通じて選挙制度を改革することが想定しうる。
たとえば、衆議院が小選挙区制中心の選挙制度となっていることから、参議院は全議員を大選挙区選出とすることは、衆参の差別化に資する。実質的にも、人々の価値観が多様化し政治対立軸が多元化する時代に、衆参両院とも小選挙区での勝敗が選挙結果に決定的な影響を与えるという現状が適切ではない、という見方も可能であろう。なお、大選挙区の単位としては、全国区とするか道洲単位のブロックとするかなどいくつかのパターンが想定しうる。
立法府における役割を分けよ
差別化の二つ目の方法は、立法府の中での業務内容や機能を衆参で役割分担・差別化することだ。私たちは従来から、日本の経済財政や社会保障などの長期推計を行う独立的推計機関を参議院に設置することを提唱してきた。
議会の元々の最大の役割の一つは、政府の財政運営の監視だ。ただ、議院内閣制の下では内閣と衆議院は融合するため、衆議院が日常的な政府の監視機能を果たすことは難しい。参議院は、衆議院より任期が長く、内閣の解散権の行使の影響も及ばない。長期的な視点を取り込める参議院に、独立的推計機関を置くことが適切であり、衆参の機能面での差別化にも大きく資する。
また、参議院に置かれてきた行政監視委員会の機能と調査スタッフを拡大し、エビデンスに基づいた政策評価機能を全面的に採り入れることも考えられる。独立的推計機関とともに、衆議院と同じ法案や予算の審議であっても、データなどエビデンスに基づいた冷静な政策討議を実施する場として参議院を特徴づけ差別化するのだ。そうした科学的な政策討議を遂行できるような議員が選ばれることで、衆議院との選出母体の差別化も進むはずだ。

国会議事堂=2022年6月24日、東京都千代田区
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