宇野重規(うの・しげき) 東京大学社会科学研究所教授
1967年生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。同大学社会科学研究所准教授を経て2011年から現職。専攻は政治思想史、政治学史。著書に『トクヴィル 平等と不平等の理論家』(講談社学術文庫)、『〈私〉時代のデモクラシー』(岩波新書)、『保守主義とは何か』(中公新書)など。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
政治の本質は、異なる考えの人と言葉を交わし、対話を試み、共に生きていくことにある
安倍晋三元首相のご逝去にあたり、心からの追悼の意を表したい。
多くの人が集まる参院選の応援演説の最中、安倍元首相は背後から銃で撃たれた。一人の個人として、その生涯の半ばで、このような不条理な暴力によって生を絶たれた安倍氏の無念を思うと、言葉が出てこない。
ご家族や元総理を愛するすべての皆様に対して、深くお見舞いを申しあげたい。このようなことはあってはならなかった。絶対にあってはならなかった。人の命を暴力的に奪う蛮行に対して深く、深く憤りを覚える。
まして、安倍元首相は民主的国家における政治的指導者である。民主政治の、そしておよそ政治の本質は、自らと違う考えを持つ人間とも言葉を交わし、対話を試み、そして共に生きていくことにある。いかなる理由であれ、自らと異なる意見を持つ人間の存在を否定するならば、民主政治は成り立たない。
民主的国家の政治的指導者を襲うものは、その背後にある民主的社会のすべての構成員に攻撃を加えていることになる。民主政治においてもっとも大切な、多様な個人の対話と合意のための信頼の基礎を攻撃していることになるからである。
もし、今回の凶報に接し、以上の思いを共有することができない人がいるならば、深い遺憾を示したい。安倍元首相への心からの哀悼と、暴力の絶対的な否定への決意こそがすべての大前提である。
この大前提を共有せず、いたずらに不確かな情報に踊らされ、ましてやそれを流布し、党派的な言動をとるすべての人に対しては、全面的に対決したい。それは決して安倍元首相の思いに応えることにならないだろう。
仮に、元首相の政治とは反対の意見を持つ人であっても、まずなすべきは追悼の意を表し、暴力と闘う決意を固めることであるべきだ。
今こそ私たちは団結しなければならない。そして、日本の民主政治がこのような蛮行にけっして屈するものではないことを示す必要がある。
国連の常任理事国であるロシアによるウクライナ侵略が、暴力によって現状を変更し、既成事実をつくろうとする勢力の悪しき前例になってはならないのと同様に、日本の国内政治においても、暴力によって民主政治を圧殺しようとする動きを、私たちはけっして許してはならない。すべての国民の力によって、そして世界との連帯によって、このような動きには対抗しなければならない。
振り返れば、世界の歴史において、そして日本の歴史において、政治的指導者の暗殺が、幸福な結果をもたらした前例はない。それはつねに、さらなる暴力をもたらす、不幸な歴史のきっかけとなった。犬養毅首相らが殺害された5・15事件しかり。高橋是清蔵相らが殺された2・26事件しかり。戦争に反対したフランスのジャン・ジョレスが暗殺されたのは、第一次世界大戦の前日であった。
その意味で、私は「怒り」という言葉を安易に使いたくはない。私たちが「怒り」を覚え、それに引きずられるならば、それは暴力の魔力に負けたことになるからだ。
私たちに必要なのは、暴力に対する怒りを、民主政治をより堅固なものにするための努力へと転じていくことに他ならない。
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