コロナ対策徹底批判【第五部】~上昌広・医療ガバナンス研究所理事長インタビュー⑲
2022年08月01日
厚生労働省・医系技官たちの恵まれた天下り先。それが保健所長だ。定年延長が普通で、いったんなってしまえば毎年1000数百万円の収入が約束されている。
しかし、「中曽根行革」以来、保健所は常に行政改革の嵐におびえ続けてきた。今回のようなコロナウイルスの襲来は、医系技官にとっては「保健所有用論」をPRする絶好のチャンスになる。
そして、やはり医系技官は保健所をPCR検査の要の位置に置いた。世界中でほとんど唯一、日本だけが採った無意味なウイルス対策の体制だった。その結果、国民は地獄のような日々を迎えることになった。
臨床医でありながら世界最先端のコロナウイルス対策文献を渉猟する医療ガバナンス研究所理事長・上昌広氏。インタビューに応える上氏の批判の矛先は、当然ながらそこに向いた。
――前回「新型コロナPCR検査をめぐり『非常識』が横行した日本」のインタビューでわかったのですが、厚労省・医系技官の天下りポストというのは公衆衛生関係に多いんですね。
上昌広 戦後すぐのころから説明しますと、日本の公衆衛生というものはアメリカから導入したんです。日本で一番古い公衆衛生教室というのは東京大学にあるんですが、これですら1947年にできたんです。
これがなぜできたかと言えば、アメリカが中心となったGHQ(連合国軍総司令部)が「つくれ」と言ったからなんです。GHQはアメリカの公衆衛生モデルを日本に入れようとしたんですね。
アメリカの公衆衛生モデルというのは、連邦政府や州政府は関与していなくて、人口10万人くらいの自治体がやっていたんですね。
戦後日本の警察組織の動きを見ますと、最初に自治体警察ができましたよね。その自治体警察が都道府県警察になっていって、その後、元々の内務省、後の警察庁に吸収されていきました。これと同じことが公衆衛生部門にも起こるんです。
公衆衛生は先ほど言ったようにGHQが人口規模を小さくして自治体にその権限を振るんですが、しばらくすると旧内務省、厚生省に戻ってくるんです。そして現在は厚労省が仕切っている形になって、保健所長は医系技官の天下り先になっていくわけです。だから、保健所長も結局、予算とポストの割り振り先になるんです。
――コロナウイルスが日本に入ってきた2020年の最初のころ、PCR検査は保険適用がなく、ほとんど保健所や国立感染症研究所の独占状態でした。そのために、一般の国民はほとんどPCR検査が受けられなかったですよね。
上 そういう状態でした。しかし、実際のコロナ対策を公衆衛生の側面ではなく純粋に医療の側面だけでできたとしたら、PCR検査から保健所を外すことができたんです。
たとえば佐藤さんが感染して、臨床医である私が診断を下して入院できるのであれば、保健所でPCR検査をする必要がないですよね。つまり、一般の検査会社でPCR検査をして診断ができれば、保健所に情報を入れなくてもいいわけです。
本来、隔離目的だけだったら検査のデータを全部取る必要はないし、入院するだけであれば入院時のデータだけ取ればいいんですね。
厚労省がたとえば罹患(りかん)率とか全体のデータが欲しいのであれば、サンプル調査をすればいいんです。1週間に1回、1000人か1万人調査をすれば、それで済むわけです。だけど、今は悉皆(しっかい)調査をやっていますから、全国津々浦々の保健所まで全部ポストが作れますよね。
つまり、悉皆調査をやるから感染研に大きなお金が落ちて保健所長ポストが必要だとなるわけです。そういうところが一番大きいと思います。
――なるほど。それにサンプル調査すれば間に合うわけですよね。
上 バイアスがかからないので、むしろサンプル調査の方が正確なデータが出るんですよ。感染率を調べる場合、無症状も合わせてサンプルで調査した方がいいんです。
――PCR検査については2020年3月6日から保険適用となりました。この時、良識ある国民はみんな喜びましたよね。これで、発熱などに苦しむ人はすぐにPCR検査を受けられるようになるはずだと。ところが、その後、やっぱり検査は増えなかったんですね。
この時、厚生労働省は「37.5度以上の熱が4日間続くような人は保健所に相談してください」というような方針を打ち出しました。実質的には、この方針を聞いた国民はすぐに保健所に相談することをためらって、PCR検査を受けることを自主規制したんです。この方針打ち出しの目的は、国民をPCR検査から遠ざけ、検査対応でパンク寸前だった保健所を守ることだったわけですね。
上 もちろん、そういうことです。この時、非常に問題だったのは、たとえば臨床医である私が、コロナの疑いがある人にPCR検査が必要だと考えて、検査会社にお願いしても検査会社はそれを受けてくれなかった、ということです。
これについては、実は厚労省が検査会社に対して通知を出しているんです。
ある民間検査会社は2020年2月12日、厚労省や国立感染症研究所からの依頼でPCR検査を受託することになったと関係者に通知した。それまでは感染研や保健所、地方衛生研究所だけがPCR検査を独占していたが、この日を境に民間検査会社も検査できるようになったという内容だった。
しかし、この通知文には次のような一文があった。
「本検査は厚生労働省及びNIID(感染研)のみから受託するもので医療機関からの受託は行っておりません」
PCR検査は依然、感染研や保健所、地方衛生研究所が独占、民間の検査会社も検査業務はするが、医師からの直接の検査依頼は受け付けない、という宣言だった。
上 民間クリニックからの依頼を受けちゃいけないという通知です。これは明らかに法律違反です。医師法と感染症法というのは横並びの法律で、どちらかがどちらかに優越するということはありえない。
つまり、保険が適用されたら、医師が検査が必要だと判断したものは検査会社は受けないといけないし、ましてや受けたらいけないなんていうことを示す法的根拠はないんです。
厚労省が出したのは通知ですから、厚労省はあくまで「技術的助言で法的強制力はない」と言うでしょう。でも、今に至るまで日本のコロナ対策の問題というのは、法治国家なのに法的根拠のない助言を厚労省自身が出しまくっているということなんです。
法的根拠がないので、検査会社が勝手にそういうことをやったことになっているんです。「みなし入院」というのがありましたが、それも単なる通知に基づいてやっていることなので、都道府県が勝手にやったということになってしまうんです。つまり、厚労省は単なる助言をしているだけで、すべての責任は都道府県や検査会社にあるんだ、ということになっちゃうんですね。
――ひどいですね。
上 ここのところをメディアなり議会なりが叩かなきゃいけないんですけど、日本の場合は何もしないんですね。だから、厚労省の医系技官というのは、自分たちは安全なところから指図だけ出している状態なんです。
ここの議論が全然ないんです。今は医系技官がその場の思い付きで通知を出しているだけなんです。思い付きだから、むしろ批判されない。
だけど、思い付きで通知を出すということは、逆に言えば自分たちのキャパに合わせたことしかできない。つまり、保健所でやるのなら保健所の当面のキャパに合わせて「37度5分の熱が4日間」という具合にしか通知を出せないということになるんです。
――あらためてお聞きしますが、コロナウイルス対策の要であるPCR検査の検査体制の中に、なぜ保健所をそこまでして入れなければならなかったのでしょうか。
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