コロナ対策徹底批判【第五部】~上昌広・医療ガバナンス研究所理事長インタビュー⑳
2022年08月05日
わが国のコロナウイルス対策を振り返ると、PCR検査を抑制し続けたうえ、最も重要な情報である「空気感染」をなかなか認めてこなかった厚生労働省・医系技官の大きい失策がまず指摘される。
しかし、医系技官の失敗はそれだけではなかった。もっと長期的な観点から見て、日本の医療ビジネス、医療システム全体を衰退させ続けていたのだ。臨床医でありながら世界最先端の医療知識を渉猟し続ける医療ガバナンス研究所理事長、上昌広氏に引き続き話を聞いた。
――新型コロナの検査について、上さんは前回「医系技官はなぜ保健所をPCR検査の要の位置に置いたのか」で、先進国では、クリニックや公的機関じゃなくて、自分で検査キットをインターネットで買って、家に送ってもらってやるんです、と指摘されました。だけど、日本はそうはなっていない。政府がPCR検査をサボってきたためなのでしょうか。
上昌広 それもありますが、厚労省が全部を独占したいという変な願望を抱いているところから来ています。厚労省の医系技官というのは、すべてを把握しないと不安で仕方ないんです。すべてを届け出制にするとか、診療報酬を1円単位まで全部決めるとか、そんなメンタリティを持っているんです。
だから、民間でやればいい話にまで介入したがります。たとえば出生前診断。技術的な話は科学者が話し合えばいい。社会がどう受け入れるかは、社会的な関係者が話し合えばいい。それなのに、厚労省と日本産科婦人科学会のようなところが決めている。
世界で、PCR検査のネット販売がなぜ出てきたかと言えば、接触をできる限りなくすためです。お医者さんだって、できればコロナ陽性者には病院に来てほしくない。だから発熱外来を設けたのです。だったら、検査キットを直接、発熱した人の家に送り、各自でやってもらえばいいじゃないかと、合理的に考えたわけです。
――確かに合理的な判断です。
上 ところが、ダメな人は「自分の知らないところで何かやられたらイヤだな」と思って、本能的に全部を仕切りたがるんです。医系技官の限界だと思います。
――医系技官がストップをかけていると。
上 以前も言いましたが、彼らには悪意はあまりないんです。進学校から医学部に入って、「日本医師会は金儲けして悪い印象があるが公衆衛生は素晴らしい」と単純に信じているんです。それでそのまま医系技官になり、公衆衛生の狭い世界に入っていく。
狭い世界に熱心な若者が入ると、視野狭窄に陥りがちなのは、たとえが適切かどうかわかりませんが、戦前の陸軍参謀本部の事例を連想してしまうんですね。「ぼくたちはこんなに真面目にやっているのに、なぜ批判されるのだろう」と考えているのだと思います。真面目なんですが、閉鎖的な霞が関の空間に閉じこもるうちに、そういうメンタリティになってしまっているのです。
そもそも、専門家が官僚になる必要はないんです。医系技官という制度ではなく医学職というものを作って、医学部卒業かどうかは関係なくみんなが受けられるようにすればいいんです。
実際、薬系技官は必ずしも薬学部の卒業ではありません。元検察官として活躍している弁護士の郷原信郎さんも理学部出身でしょう。それでも法務省の検察官じゃないですか。どこの学部を出ていようが関係ないんですよ。それどころか大学なんか出ていなくても関係ない。公務員試験を通ればいいだけなんです。
――ところで、日本がPCR検査をサボってきたために、国際的に見て検査技術が遅れたということはあるんでしょうか?
上 その通りですが、日本が懸命にやっていたら、日本の企業が勝ったかどうかは分かりません。
――たとえば核酸増幅検査は、アメリカとか中国とかではかなりポピュラーにやっていると聞きますが。
核酸増幅検査(Nucleic acid Amplification Test=NAT)は、遺伝子の一部を取り出してその核酸を増幅させ、増えた核酸を検出することでウイルス遺伝子が存在するかどうか確認する検査方法。PCR検査とは原理的に異なる複数の増幅方法が開発されている。
上 この技術は、人のガン遺伝子診断がベースにあるんです。全ゲノムシークエンスを行うのは、ガンと小児先天疾患の二つです。
ここでも、厚労省医系技官が壁になっているんですよ。こういう検査は本来であれば、ガン患者を診る病院と検査センターを中央化してやればいいんです。そういうセンターはどこにあってもいい。
ところが、医系技官は「国立がん研究センター」のような厚労省直下の特定の病院に限定しちゃったんです。それで、国立がん研究センターと、神戸市にあるシスメックスという検査会社や中外製薬といった特定の企業が組んでやることになってしまっているんです。
医系技官は、こうした遺伝子診断のマーケットを統制してしまったために、いざという時の企業がないんですよ。いわゆる「感染症ムラ」の中の感染研の役目を国立がん研究センターが果たしているわけですが、ここに集中させているので、他の企業が育っていないんです。
――医系技官がマーケットを統制していなかったら、日本で世界的な企業は育ったでしょうか。
上 それはどうでしょうか。世界的な企業が育ったか。あるいは、単純に世界最先端のサーモフィッシャーに全部やらせろというふうになったのか。私はたぶん後者だと思いますよ。
これは厚労省が悪いし、甘い汁を吸ってきた日本のメーカーも悪いと思います。この表を見てください。(Answers News「主要製薬12社 海外売上高比率は2ポイント増の62%に…中外、協和キリンが急上昇」に掲載された表から引用)
これは日本の大手製薬メーカーの海外売上高比率です。トップの武田薬品工業が2020年度2兆6381億円の海外売上で、総売上の82.5%がグローバル、世界なんです。武田薬品はもう完全に日本から出ていったと言っていいんじゃないですか。アステラス製薬で77.7%、塩野義でも56.9%が海外売上。日本の製薬会社なのにこんな状態です。
――海外の売上がこんなにあるというのは、日本の製薬市場にどこかゆがんだところがあるということですか。
上 そうです。
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