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ウクライナの悲劇……大国外交に翻弄された「軍事的リアリズム」の悲劇

軍事だけがリアリズムではない。政治的リアリズムを模索せよ

渡邊啓貴 帝京大学教授、東京外国語大学名誉教授(ヨーロッパ政治外交、国際関係論) 

「軍事的リアリズム」を背景とする軋轢の中で起きた戦争

 筆者はウクライナ軍が雄々しくロシア軍に立ち向かう映像を見るたびに、その勇敢さに対する敬意とともに、この戦争をどうして避けられなかったのかと複雑な気持ちを禁じえない。

 実は「軍事的リアリズム」を背景にした軋轢の中で勃発したのがこの戦争だと筆者は考えている。

 「論座」ですでに論じたように、ロシアのウクライナ侵攻の国際関係の構造的な背景として、冷戦後の欧州安全保障体制構築が挫折し、NATO加盟をめぐる「(西側)集団防衛体制強化」の議論に転換していったことがあった(拙稿「ウクライナ戦争の真因は何か~米国とロシア、2つの 安全保障観の摩擦――「 N ATO 加 盟 」 に 収 斂 し た 欧 州 安 全 保 障 の 捩 じ れ を 考 え る」、論座4月4日)。つまり戦争を起こさないようにするにはどうするのか、という「集団安全保障体制」構築の議論が、結局敵味方の対立構造を前提とする「防衛体制」強化の議論に変貌していったことであった。

 それは米露対立の縮図であった。しかし核保有大国は決定的な正面対決を避けたい。代理戦争のような形での支援まではできるが、それ以上はできない。大国関係は「手詰まり」状態なのだ。

 そして戦場の悲惨は境界国が肩代わりすることになる。ウクライナと日本の立場や米欧との関係が違うことは筆者も十分に承知しているつもりだが、地政学的国際構造からすると、大国間の境界の国としての在り方には似た点もある。

「手詰まり」の大国外交の犠牲~米欧の軍事的不介入

 ウクライナの悲劇の背景には、軍事介入による直接対決を回避したいという米欧露間の了解があった。

 米欧の軍事介入を回避する姿勢は、実は2013年シリアの内紛の際にも見られた。シリアのアサド大統領に対して化学兵器を使うことは、「レッドライン(米欧の空爆の条件)」を越えたとみなすとオバマ大統領は事前に警告していたにもかかわらず、結局空爆を断念した。それはプーチン大統領が翌年クリミアへの進駐を決断する引き金となったといわれる。

 2014年にはオバマ大統領がロシアのクリミア併合の前に武力行使の意図のないことを早々に言明、ラスムッセンNATO事務総長も同様の発言をおこなった。NATOは1997年、ウクライナとパートナーシップ協定を締結し、防衛協力する関係にあったが、軍事介入の意思は示さなかったのである。欧州諸国も対露武力行使の意欲は示さなかった。

拡大ホワイトハウスで演説するバイデン米大統領=2022年4月11日、ワシントン、ランハム裕子撮影
 2021年12月上旬には英米仏独EU首脳会合(ロンドン)でバイデン大統領が、ロシアがウクライナに侵攻した場合でも米軍のウクライナ派遣はないことを明らかにした。その理由はどこにあったのか。

 これはバイデンが早々にロシアに対して手の内を明かし、プーチン大統領の侵攻の決断を誘導したと後に批判された発言でもあったが、逆に不介入を明言することでロシアとの外交交渉の窓口を閉ざさないようにしたとも考えられる。一連のEU・米国の対応が宥和的であることは否めなかったが、同時に米露の間の腹の探り合いでもあった。

 そして米欧にロシアとの直接対決の意思がないのであれば、米欧諸国がウクライナにできることは限られていた。表向きのプーチン批判とは裏腹に、現状打破国の武力行使を前にして、米欧諸国の外交は手詰まり状態に陥ってしまっていたのである。

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筆者

渡邊啓貴

渡邊啓貴(わたなべ・ひろたか) 帝京大学教授、東京外国語大学名誉教授(ヨーロッパ政治外交、国際関係論) 

1954年生。東京外国語大学卒業、慶応義塾大学・パリ第1大学大学院博士課程修了、高等研究大学院客員教授(パリ)、リヨン高等師範大学校、ジョージ・ワシントン大学シグール研究センター客員教授、在仏日本国大使館公使、雑誌『外交』『Cahiers du Japon』編集委員長などをへて現職。『ミッテラン時代のフランス』芦書房、『ポスト帝国』駿河台出版、『米欧同盟の協調と対立』有斐閣、『フランスの文化外交戦略に学ぶ』大修館、『シャルル・ドゴール』慶応大学出版会、『現代フランス』岩波書店、『アメリカとヨーロッパ』中央公論新書、『フランスと世界』法律文化社など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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