「もうひとつの選択肢」の不在、有権者の悲しさを思え
2022年08月18日
日本に政権交代可能な政治状況をつくろうと長年、とりくんできた山口二郎・法政大学教授と神津里季生・前連合会長の対談の(下)では、政権交代可能な状況がさらに遠のいているようにみえる参院選の結果や、野党がとるべき対応などについて論じています。司会は「論座」編集長・松下秀雄。安倍晋三元銃撃事件を中心に論じた(上)はこちらからお読みいただけます。(論座編集部)
山口二郎
(やまぐち・じろう)
法政大学法学部教授(政治学)
1958年生まれ。東京大学法学部卒。北海道大学法学部教授を経て、法政大学法学部教授(政治学)。主な著書に『大蔵官僚支配の終焉』『政治改革』『ブレア時代のイギリス』『政権交代とは何だったのか』『若者のための政治マニュアル』など。
神津里季生
(こうづ・りきお)
連合顧問・全労済協会理事長
1956年生まれ。東京大学教養学部卒。新日本製鐵労働組合連合会会長、日本基幹産業労働組合連合会中央執行委員長、連合事務局長などを経て2015年10月から21年10月まで連合会長。著書に『神津式 労働問題のレッスン』。
松下秀雄
(まつした・ひでお)
朝日新聞「論座」編集長
1964年生まれ。朝日新聞政治部記者、論説委員、編集委員を経て現職。
松下)7月の参院選の結果をどう受け止めましたか。
山口)私は1989年の参院選で自民党が大敗して、政治改革の機運が盛り上がったころから、新聞雑誌にものを書くようになりました。それ以来、ずっと政権交代可能なシステムをどうやってつくるかを追求してきたつもりですが、今回の選挙をみて30年間の努力が無に帰したという感想をもっています。
たとえば2005年の小泉さんの郵政民営化選挙の時に、当時の民主党が負けたことはぜんぜんショックじゃなかった。むしろ、自民党が新自由主義に純化してくれたら、民主党はリベラル、社会民主主義路線で対抗軸をつくるしかないんで、ようやく私の考えていた野党らしい野党をつくれるチャンスになったなと思いました。実際にそのあと、小沢さんの生活第一路線で政権交代までいったわけですね。
だけど今回の敗北は次にどうやってつなぐかがさっぱりみえてこない。困ったなとしかいいようがない。
1989年は連合ができた年でもあるわけです。連合が先に労働戦線を統一して、進歩的というかリベラルな政党を支えて、政権交代可能なシステムをつくろうと30年以上努力してきたけれど、この間のいろんな積み上げが崩れたという感じで。次にどうしようかという話がちょっとできない状態ですね。
松下)この間、野党共闘のかすがいになってきた山口さんがこんなに落胆していると、改めてしんどいなあと。
神津)自民党と異なる理念はあるのだから、ひとつに固まってその理念を社会に打ち出すべきなんだけれど、固まりをつくらずに推移してきた。そうすると世の中には、たとえば立憲民主党と国民民主党の違いばかりが目立つわけですね。政党自体が、どうかすると違いを目立たせようとする。そうすると民主党政権の時に掲げていた大事な理念が、ますます影が薄くなってしまう。そんな悪循環の繰り返しできている。山口先生も連合も、なんとか大きい固まりをと思ってやってきたのに、思いに反して現実が推移しているわけですから、率直にいってつらいですね。
山口)政策理念的には、野党が掲げる旗印はぼくらもそれなりに提案してきたつもりだし、そんなに対立を呼ぶような争点はないと思う。社会的包摂とか、働く人間の権利を大事にしていこうとか、とくに女性を中心にした個人の権利を守る社会をつくろうという話は旧民主党系のみなさんは絶対共有できるはずですよ。
共有できることから議論するのではなく、対立するところから議論を始めて、しかも国会対応の仕方とか、内閣不信任決議案に賛成するかどうかとか、政局に絡むような話で足並みが乱れていると新聞に書かれてね。そういう野党だったら国民は期待しないでしょう。世の中を作り替えるもうひとつの選択肢を示す役割を果たせていないわけですから。
そもそも野党がなんのために存在するのか、国民民主、立憲民主の両方にかみしめてもらいたい。与党に注文をつけて、1割2割いうことを聞いてもらって喜ぶのが野党の仕事じゃないといいたいですね。
松下)野党に何を期待すればいいのか、有権者の側も像が結んでいないんじゃないでしょうか。一時は政権交代を期待したんでしょうけれど、今回は「自民党をぴりっとさせる」という日本維新の会が伸びました。
山口)自民党が長期にわたって政権を担ってきた日本においては、自民党ではできないことが積み残しの宿題みたいな状態でいくつも存在しています。女性の権利がいちばん見えやすいけれど、非正規をふくめて働く人間の権利をいかに守るか、教育や保育、住宅支援とか政府がやるべきことはいろいろある。
そういう問題に対して、野党だからできることもあるわけですよ。イデオロギー的にも自民党とは違う。しがらみがないから自由に政策を打てるというアドバンテージがある。実は別のかたちの社会がありうるんだと国民に示していくことが野党の役割ですね。
神津)コロナの問題で日本の社会の脆弱性が一挙に露わになったと思うんです。政府も貸し付けや給付のメニューはつくった。だけど申請の手続きや、自分がそれを受けられるのかどうかがわからない。ヨーロッパの先進国では申請するまでもなく給付しているわけだから、それができるようにすべきです。
ことほどさようにわが国の政策推進は、申請主義の弊害を抱えつつ、その場しのぎでいろんな制度を旅館の建て増しや雨漏り補修のようにつくってきて、気がついたら家自体が老朽化し、いつ崩れてしまうかわからんと。
だから、野党こそ新しい家の設計図を描いて、そこに向けてステップを刻んでいきましょうよという提言をすべきなんだけれど、有権者、国民にはそういうものが提示されているという感覚がまったくないし、野党の側もあまりアピールしていない。
松下)選挙結果をみると、もうひとつの社会像を示す存在として期待されていないようにも感じます。社会像を示したところで実現できないと思われているのではないでしょうか。そこをどうやったら越えていけるのか。
「悪夢の民主党政権」という言葉は、安倍さんの最大の罪だと私は思います。あれは永久政権の発想なんですよ。権力をもっている人は必ずどこかで腐敗するし間違いもする。民主主義は、そういう時に権力者が入れ替わるための仕組みという面もあるのに、自民党以外が政権をとると日本が不幸になるみたいな刷り込みやった。
人口の減少は加速する。給料はぜんぜん増えないし生産性も上がらない。かつての「経済大国」は過去のものになっている。そういう現実を見れば、このままでいいんだろうかという疑問が出てきて当然なんだけれど、いまの日本には、不都合な現実を見ない、このままでいいという大きな国民的合意があるんじゃないか。
津波や火山の噴火が起きた時、理由もなしに「自分は大丈夫だろう」と思って逃げないことを「正常性バイアス」といいますが、社会レベルで正常性バイアスが効いていて、安倍時代の「日本スゴイ、すばらしい」みたいな情緒的なナショナリズムと結びついている感じがします。このままだと日本はやばいぞというと、反発を受けることのほうがいまは多い。これは野党が活動できる環境じゃない。
神津)若い人のほうがその傾向が高いということはありますか。
山口)若い人に、将来の国や社会の危機を自分のこととして捉える余裕がないという面もあります。どんどん就活が前倒しになって、大学に入ったと思ったらもう3年生の初めぐらいからインターンだとか実質的な選考が始まって、1年半ぐらい就活をさせられるわけです。ゆっくりものを考える余裕がなくなっていることは感じますね。
コロナで露わになったことのひとつに、いわゆるフリーランスの問題があります。ほんとうは契約先とも対等に渡り合える力があって初めてフリーランスというんだけれど、実際には従属性とかリピート性からみて、どうみても労働者性をもっている人の方がはるかに多いわけです。それがかなりのボリュームになり、いよいよもって使用者のやりたい放題になっている。そこに自己責任論が横溢浸透し、これらの惨状を上塗りしてしまっている。若い人たちからすると、それを政治で変えることができるという発想に結びついていないことが問題をさらに深刻にしています。
だから野党は政局問題でガタガタせず、ひたすらに政策理念を打ち出さないといけない。そうしないと自民党がガタガタしても受け皿がない。
山口)そのときに選択肢を用意しておかないと、チャンスを生かせません。
松下)高度成長期やバブル期に自民党政権が支持されるのはわかるんですが、これだけ長い間、低迷が続いてきて、その責任の大半は長年、政権を担ってきた自民党にあるはずなのに、政治を変えようという話にならない。ある意味すごいなあと。
山口)内閣府の「社会意識に関する世論調査」を見ると、日本人の社会意識は2010年代にすごく変わっているんです。現在の社会に全体として満足しているかを聞く質問があって、2000年代までは不満が6割、満足が4割だったんですよ。それは健全で、もっといい世の中をつくりたいと思うことが政治参加の原動力になるわけです。だけど2010年代の初めに満足と不満が逆転し、いまは満足が6割で不満が4割なんですね。
逆転の境目が2013年、14年ぐらいで、第二次安倍政権が始まったころ。時期的に詳しくみると、アベノミクスだとか具体的に政策を実行する前にすでに満足度が上がっている。安倍政権が国民を満足させたというよりも、国民の満足度が安倍政権を支えた
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