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コロナ禍の日本社会の異常と倒錯感を問うた「グローバルダイニング訴訟」

東京都の時短命令は違法と断じた東京地裁。異例のスピード判決が示した意義と課題

倉持麟太郎 弁護士(弁護士法人Next代表)

知事の裁量には一定の幅

 本判決は、特措法は、都知事が命令発出しうる場合を、当該施設管理者が45条項要請に従わないことに加えて「特に必要があると認めるとき」に“限定”し、命令違反には過料が課されるという構造になっており、「その運用は、慎重なものでなければならない」とする。そのうえで、命令発出の必要性の有無の判断における都知事の裁量の幅は「被告の主張のように広範なものとはいえない」として、出発点において都知事の広範な裁量に絞り込みをかける。

 この前提のうえに本判決は、命令発出が「特に必要があると認めるとき」とは、「施設管理者が45条要請に応じないことに加え、当該施設管理者に不利益処分を課してもやむを得ないといえる程度の事情があることを要する」との規範を導出する。

拡大緊急事態宣言中、記者会見する東京都の小池百合子知事=2021年3月18日、東京都新宿区の東京都庁

二つの内閣官房事務連絡を参考に

 本判決は、上記規範の判断において、内閣官房による以下の二つの事務連絡を「参考になる」として、必要性要件の解釈・判断過程に編入する。

 一つ目は、①必要性要件該当判断に関して、「専門家の意見として、対象となる施設等が、クラスターが発生するリスクが高いものとして認識されている上に、当該施設において3つの密に当たる環境が発生し、クラスターが発生しているリスクが高まっていることが実際に確認できる場合」であり、「感染防止対策を講じていることは、上記要件の考慮要素になりうる」(令和2年2月12日「事務連絡」、以下「事務連絡①」という。)との事務連絡である。

 二つ目は、②「要件該当性の評価について合理的な説明が可能であり、公正性の観点からも説明ができるものになっているかに留意すべきである」(令和3年4月9日「事務連絡」)という事務連絡である。

 ここで注目するべきは、必要性判断の方法として、「対象となる」「当該」施設について、クラスター発生リスク等が高まっていることが「実際に確認できる」という、個別の店舗状況及び現実の目視確認を要求している点である。漠然とした「飲食店=感染源=命令可能」というイメージではなく、対象となる個別店舗の事情を「実際に確認」することが要求される厳格な手続を都道府県に課すものといえよう。

 東京都が「本件命令の発出に先立ち、本件対象施設を現地確認し、原告が本件要請に応じず夜間の営業を継続していることを確かめたものの、本件対象施設における上記対策の実情等を調査した様子はみられなかった」との裁判所の認定は、同規範に対応している。

 筆者が個人的に意外だと感じたのは、上記事務連絡①の後半部分に対応して、原告店舗は「業種別ガイドラインの項目を逐一遵守していたわけではなかったものの…感染防止対策を実施していた」ことを、必要性判断において原告に有利な要素として認定している点である。ガイドライン等の遵守といった形式的基準を硬直的にあてはめるのではない、きめの細かい柔軟かつ常識的な判示といえる。

「情」に飲まれかけていた社会を「理」で押し返す

 もう一つ、本件判決が今後影響力を持つであろう判示部分を検討したい。それは、被告による命令の必要性の根拠として挙げられた「同命令発出日の頃の都内での新規感染者数の推移や医療提供体制のひっ迫状況に基づけば、緊急事態措置として飲食店の営業時間短縮の徹底を図るべきであったこと」との主張(事情aとする)に関する裁判所の判断である。

 裁判所は、事情aは「45条2項要請を行うに当たっての前提条件」であり、要請に応じないときに、事情aがあれば特に必要があるとすると、「対象となる施設の個別の事情とは関わりなく、常に「特に必要があると認めるとき」との要件が満たされることになり、制裁規定の前提となる不利益処分を課すのは慎重でなければならないという観点から、都知事が同命令を発出し得る場合を限定した法の趣旨が損なわれ、不合理であると言わざるを得ない」と判示した。

 以上を定式化すれば、
・(その時点の感染者数や医療ひっ迫)一般的事情=45条2項「要請」段階での条件
・(店舗の構造や感染対策等)個別事情=45条3項「命令」段階での条件
ということになる。

 実はこの定式は、コロナ禍の日本社会で漠然と共有されていた感覚に釘を刺すものだ。強度の自粛と同調性を有する日本社会において、「感染者数が増えているので飲食店に命令を出してしかるべき」という空気があったことは否定できない。しかし、本判示部分では、たとえ「一般的に」感染者の増加や医療のひっ迫を示す数字が存在しても、当該命令対象となっている店舗の「個別の」事情を検討しなければ命令は適法化されないと判示したのである。

 権利の制約にはコストがかかる。空気や不公平感では人権制約はできない。抽象的な不安や恐怖という「情」に飲み込まれかけていた社会を、「理」で押し返す一線を思い出させる画期的な判示部分であったといえよう。

拡大東京地裁の判決で「時短命令は違法」が認めたことを伝えるグローバルダイニングの長谷川耕造社長(右)ら=2022年5月16日、東京・霞が関

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筆者

倉持麟太郎

倉持麟太郎(くらもち・りんたろう) 弁護士(弁護士法人Next代表)

1983年東京生まれ。慶應義塾大学法学部卒業、中央大学法科大学院修了。2012年弁護士登録(第二東京弁護士会)。日本弁護士連合会憲法問題対策本部幹事、弁護士法人Next代表弁護士、慶応グローバルリサーチインスティチュート(KGRI)所員。ベンチャー支援、一般企業法務、「働き方」などについて専門的に取り扱う一方で、TOKYO MXテレビ「モーニングCROSS」レギュラーコメンテーター、衆議院平和安全法制特別委員会公聴会で参考人として意見陳述、World Forum for Democracyにスピーカー参加、米国務省International Visitor Leadership Programに招聘、朝日新聞『論座』レギュラー執筆者、慶應義塾大学法科大学院非常勤講師(憲法)など多方面で活動。共著に『2015年安保 国会の内と外で』(岩波書店)、『時代の正体 Vol.2』(現代思潮新社)、『ゴー宣〈憲法〉道場』(毎日新聞出版)、著書に『リベラルの敵はリベラルにあり』(ちくま新書)がある。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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