歴史的な代替わりのリスクを英国社会と王室は乗り越えられるか
2022年09月18日
エリザベス女王の国葬を9月19日に控え、イギリスはいま国全体で喪に服している。棺が安置された宮殿には、大勢の市民が連日、最後の別れを告げに集まっている。その数は数十万になるとみられ、行列はテムズ川沿いに延々とのびている。
16日にはおよそ10キロに達し、気分が悪くなったりして病院に運ばれる人も続出。待ち時間が24時間に迫ったため、政府は一時、並ぶのをやめるよう呼びかけたが、その後、再開している。18日午後8時(日本時間19日午前4時)からは、1分間の黙とうが全土で行われる。
女王の棺がスコットランドからロンドンに着いた13日夜、待たれていた世論調査(注)が公表された。注目されるのは、即位したばかりのチャールズ3世が「良い王になる」という回答が63%に達したことだ。4カ月前、「良い王になる」は32%にすぎなかったので、なんと倍増という劇的な変化である。
(注) チャールズ3世即位直後のユーガブの世論調査は9月11~12日にオンラインで行われ、18歳以上の1727人が回答した。
チャールズ3世は皇太子時代、この四半世紀はずっと不人気であった。理由のひとつが「ダイアナ妃の悲劇」であるのは間違いない。
私はダイアナ妃の悲劇が起きた25年前、朝日新聞のロンドン特派員として、突然の事故死に至るまでの王室離婚劇をつぶさに見た。ダイアナ妃を「心のプリンセス」と慕う人々が、住まいのケンジントン宮殿に花束を捧げ、みるみる宮殿前を埋める「花の海」が広がっていった。
献花の列は数百メートルに延びた。そこで話を聞いた若い女性は目を赤くして、「まるで家族を失ったようです」と声をうるませた。いま、エリザベス女王の死を悲しむ大勢の市民の姿は、あのときとオーバーラップする。
在位70年のエリザベス女王という巨星が落ちた瞬間、英王室は「不人気な皇太子」に代替わりするリスクに直面した。ひいては次の世紀まで王室が存続できるかどうかを占う側面すらあった。
確かに、20世紀になり、世界では多くの皇帝や国王が追い落された。人間の基本的平等を基礎とする民主主義と、血脈による世襲の君主制は、原理的に緊張をはらまざるを得ない。だが、そんななか、英国の王室はいくどか危機に陥りながらも、したたかに生きのびてきた。
調査会社ユーガブが公表した13日の世論調査は、エリザベス女王の死去で深刻化しかけた英王室をめぐる危機を、チャールズ3世がとりあえず乗り越えたことを示している。民意はなぜ、チャールズ3世への見方を改めたのであろう。本稿ではその理由を考えるとともに、英国王室の今後について概観してみたい。
前段として、今年5月の世論調査のデータをおさらいする。この時期は女王即位70周年記念式典の直前で、世の中はなごやかな祝意に包まれていた。しかし、当時、皇太子だったチャールズ3世への見方は、「良い王になる」は32%、「良い王にはならない」も32%と世論は二つに割れていた。「わからない」を合わせると7割が皇太子の即位に、もやもやした気持ちを抱いていた。
同じ質問は2019年から続いているが、皇太子が「良い王になる」と期待する割合は最高でも39%にとどまっている。期待の薄さの背景には、大きく二つの要素があったと思う。
一つ目は、先述したように、ダイアナ妃の悲劇である。
「私たちの結婚生活には3人がいたの」とダイアナ妃は英BBC放送のインタビューに打ち明けた。私はBBCのマスコミ向け事前説明会でこの場面を見たが、アップになる妃の陰うつな表情に、いたたまれない思いになったのを覚えている。そして、予想もしなかったパリでの事故死。最愛の母の死を父から知らされた2人の少年王子の涙を新聞記事で伝えた。
ダイアナ妃の急死後、エリザベス女王は国民の気持ちをくみとれず、沈黙を守って反感を買った。おそらく在位70年の中で最大の失敗だった。民衆の支持という王室の基盤を一時的に揺るがす危機になった。元夫のチャールズ3世は、ダイアナ妃を愛した人々から、なかなか許してもらえなかった。
二つ目は、社会問題に「もの言う」姿勢である。
英国の人たちは会話の中で、伝統的景観を破壊する現代建築を「巨大な腫れ物(monstrous carbuncle)」と皮肉ることがある。これは、チャールズ3世が皇太子時代に、美術館ナショナルギャラリーの増築部分のデザインについて、「優雅な友人の顔にできた巨大な腫れ物」と酷評したことに由来する。
現代建築嫌いは、ときに「干渉」と批判された。ロンドンで現代建築のプロジェクトがもちあがると、反対する手紙を開発主のカタールの王族に送った。プロジェクトはとん挫し、設計した建築家は「権力の乱用。違憲行為だ」と激怒した。一流建築家たちも新聞に投書し、不満を訴えた。
若いころから、貧困や教育の問題についての発言をかさねてきた。「王族は政治介入しないという慣習を破った」とサッチャー政権から指摘されたこともあった。
環境問題への思い入れは、とりわけ深い。自分の領地で有機野菜を育て、有機食品のブランドを立ち上げた。2005年ごろ、ブレア首相(当時)に手紙を送り、厳しいCO₂(温室効果ガス)排出権取引制度の導入をうながした。昨年11月には、気候変動をめぐる「COP26(国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議)」で、危機打開には「戦時体制」が要ると演説している。
こうした「もの言う」姿勢は、同じ立場の側からは歓迎された。しかし、立場を異にする側からはうとまれ、批判されてきた。平均的な国民は「絶対的中立」に徹したエリザベス女王をお手本にする。統合のシンボルにふさわしいのは「もの言う」より「中立」と考えるからだ。
世論調査で「良い王になる」との見方が、この5月まで3割と少数にとどまってきたのは、こうした要素が影響してきたと見られる。そうした見方を英国の人々は今回、一変させた。どうしてだろう。
私は、「新英国王のスピーチ」が大きな効果を発揮したと見ている。
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