2022年09月23日
どの国でも路上でのデモや抗議行動で、イヤというほど目にするのは警察暴力である。では警察は暴力をふるうことを許されているのだろうか。
路上での警官らのように広い裁量の余地をもって職務を遂行している行政職員を、政治学者のマイケル・リプスキーは「ストリートレベルの官僚制」と呼んだ。ダヴィッド・デュフレーヌ監督のドキュメンタリー映画『暴力をめぐる対話』は、警察官が市民に対して非対称的にふるう暴力の問題に切り込んだ作品で、2020年のカンヌ国際映画祭「監督週間」に選出されている。
この作品で焦点を当てているのは、フランスの「黄色いベスト運動」と、同運動を鎮圧しようとする警察の暴力の実態である。「黄色いベスト運動」は2018年11月に、政府の燃料増税をきっかけにしてフランス全土に広がった反政府抗議デモだ。黄色の蛍光色のベストはフランスではごくありふれたものだ。このデモの名前は、もともと交通安全のために自動車運転者に常備が義務付けられて広まった黄色い安全ベストを参加者が多く着用したことにちなむ。
19年に入っても毎週継続され、ピーク時には28万人もが参加して、燃料費の値上げや物価高をもたらしたマクロン大統領の辞任を訴えた。これまで政治にあまり関心を持つことのなかった、都市郊外(バンリュー)で生活している中流階級よりも下の階層の市民が中心となり、デモはフランス各地へと伝播した。
この過程でデモ参加者の一部は暴走し、銀行のATMや有名ブランド店が、かれらを抑圧する階級らの象徴だとして襲撃された。パリのシャンゼリゼ通りとジョルジュサンク通りの交差点に位置する超有名五つ星ホテル「オテル・バリエール・ル・フーケ・パリ」に併設されている老舗カフェはセザール賞のパーティー会場として知られるが、ここも支配階級の富の象徴として焼き討ちされ、長期休業に追い込まれた。
本作品では、人々が携帯電話等で撮影した黄色いベスト運動が警察に鎮圧される映像を交えて、警察暴力によって頚椎を損傷した女性や硬質ゴム弾で片眼を失った男女をはじめ労働者や学者、主婦、ジャーナリスト、無職者と、かれら参加者をゴム弾や催涙ガス、手榴弾で制圧した側の警察官らが対話をする。
警察の側は、デモ隊の一部が暴徒化し銀行ATMを襲撃し、また警察に対して挑発的な言動があったと反論する。たしかにATMを破壊する映像が同作品には映っている。この参加者と警察の対話の中でこの両者によって交わされるテーマこそが、国家による暴力である。
最初に出てくるのは、警察暴力によって片眼を失った若者だ。この若者を襲った悲劇を打ち消すかのように、マクロン大統領が黄色いベスト運動を制圧した警察暴力について、警察は国民を守るものだとした上で、機動隊を襲っている者がいると主張し「“警察による暴力”など法治国家ではあり得ません」と言ってのけるシーンほど象徴的なものはない。
警察による「暴徒の鎮圧」の名の下に行われる非対称的な暴力行使は、本来の政治的対立を脱色し透明化する作用がある。だが片眼を失った若者の母親は「警察が若者を襲っている」と主張する。では事実はどちらの主張が正しいのか。
本作品ではマックス・ヴェーバーの『職業としての政治』のなかで「国家とは暴力行使の合法的独占の保持である」というテーゼの検討から始める。そもそも暴力には正当性がどのように担保しうるのか。このテーゼは、トロツキーがブレスト=リトフスク条約締結(1918年)の際に述べた「すべての国家は力の上に築かれている」という主張からヴェーバーが着想を得たものである。ヴェーバーは、暴力の使い方を知る社会組織が一切存在しないとすれば、国家は存立し得ず、アナーキーな状況が出現するだろうと述べている。いわば国家とは人間の文明化の過程で、しだいに制度化された暴力なのだとも言えるだろう。
では自国の領土内において国家は正当な治安維持の独占権と正当性を有しているとして、どの国でも治安維持のために暴力が正当化されるかと言えばそれは必ずしも自明ではない。たとえばデモ隊鎮圧のためにどこまでの暴力が許されるのだろうか。
警察にとっては治安の維持こそが最重要課題であり、正当な政府によってひとたび要請されれば、鎮圧する対象は資本家だろうが労働者だろうが、極右だろうが極左だろうが関係ないことになっている。だが本当だろうか。たとえば日本においては極右への取り締まりは極めて緩く、沖縄での自衛隊の蛮行を思い起こせば、治安維持のためだからといって、沖縄の反基地建設運動の抗議者を本土の大阪府警からきた警官が「土人」と呼ぶことなどあり得ないはずだ。
ところでフランスでは、この「黄色いベスト運動」といい、なぜこれほどまでに運動が盛んなのだろうか。
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