党首と選挙候補者の声を収集・分析して見えてきたものとは
2022年10月06日
この夏、選挙運動期間中に安倍晋三元首相が銃弾に倒れるという事件が発生するなか、2022年7月10日に参院選が実施された。結果は、自民党が過半数を獲得するものであった。
そもそも岸田文雄内閣は「国民の声を聞く」内閣として2021年10月に発足した。参院選の結果が「国民の声を聞く」ことができたことを示すのか否かの議論は他に譲るとして、本稿では政治と「声」との関連について検討してみたい。
政治において「声」は、考えや意見の比喩として用いられ、「政治家が国民の『声』に寄り添う」や「国民の『声』を政治に届ける」など多用される。岸田内閣の「国民の声を聞く」も同様である。ただし、本稿が焦点を当てるのは、こうした比喩としての「声」ではない。政治家が発する声そのもの、つまり、話し方や声の高さ、アクセント、抑揚なども含めた音声としての声である。
例えば、好きな政治家や嫌いな政治家を思い浮かべてほしい。それらの政治家に対するイメージは何によって生み出されているであろうか。政治家が主張する政策への賛否はあるだろう。見た目や振る舞いの好き嫌いもあるだろう。その中に、政治家の発する声の好き嫌いはないだろうか。
ものまね芸人による政治家の声帯模写を引くまでもなく、見た目が異なっていても、声を真似することで、政治家本人を想起させることができる。政治家のイメージ形成において、声が占める要素は存外に大きいのではないか。
政治家は、演説や選挙カーでの連呼、政見放送、SNSの動画などを駆使し、自身の声を使って政策や公約を国民に訴えている。換言すれば、声を媒介として、政治家と有権者との直接的なコミュニケーションが広く行われている。
仮に声が政治家のイメージ形成に効果があるとすれば、声が政治家の発するメッセージの評価や投票先の選択に対して影響を及ぼすことも充分に考えられるのではないだろうか。筆者はこれまで、政治家の声、なかでも声の高低に焦点を当てた研究を行ってきた。本稿では、そうした研究結果を基に、政治家の声について改めて考えてみたい。
人の声は声帯の振動によってもたらされる。声帯は体の大きさに比例して大きさが決まり、声の高低も異なる(Titze 1989)。
楽器を想像してみるとわかりやすい。管楽器であれ弦楽器であれ、大きい楽器であれば音も低くなる。人の声も同様に体が大きくなれば声も低くなる。したがって、一般に体の大きい男性が女性に比べ声は低くなる。声の高低を測る代表的な指標は周波数(Hz)であるが、既存研究では概ね成人男性で100~150Hz、成人女性で200~300Hz程度とされ、周波数が低いほど低い声となる。
声の高低によって、聞き手が受ける印象も異なる。高い声が「誠実さ」「真面目さ」「説得力」「強さ」などの評価を下げる一方で、「神経質」との認識を高めるとされている(Apple,Streeter & Krauss 1979) 。すなわち、対人的コミュニケーションにおいては、低い声の方が他者を説得する場面で有利には働くといえる。
ニュースを伝えるテレビのアナウンサー、あるいは検査結果を伝える医師を想像してみてほしい。甲高い声で伝えられる場合と落ち着いた低い声で伝えられる場合とでは、どちらがより好ましく信頼感があるだろうか。おそらく、低い声ではないだろうか。これは、政治家も同様であろう。
分析の結果を紹介する前に、そもそも政治家の声をどのように測定するのか、その難しさも含めて説明したい。
まず、政治家の声を網羅的に収集・測定する必要があるが、それは必ずしも容易ではない。音源の入手が難しいからである。
政治家の「発言」であれば、国会議事録など文字起こしされたアーカイヴが公開されていたりする。事後的な検索や収集も容易である。しかしながら、「音声」の場合、政治家の声が網羅的に収集されたアーカイヴはほとんど存在しない。
そこで、政見放送や党首討論会、街頭演説、国会での発言動画などの録画を、一人ずつ収集することになるが、現職議員だけではなく、立候補者レベルまで収集するとなると、その手間たるや相当なものになる。
音声収集後の分析にも困難が伴う。例えば、ノイズや録音条件の考慮である。周波数を測定するにあたり、音源に含まれるノイズ(声援や野次などの他者の声、騒音など)は邪魔になる。録音条件が異なると、複数の政治家の声を比較する際に障害になる。
したがって、政治家の音声の収集・測定に関しては、街頭演説よりも党首討論会や政見放送の動画が扱いやすく、いきおい主な分析対象となる。
次に、声の高低の具体的な測定方法についてだ。測定には様々な方法があるが、筆者の研究では概ね次のような方法を採っている。
録画等で取集したものは基本的には動画であるので、動画をPC上で音声ファイル(mp3など)に変換する。そして、音声分析を行うPraatというフリーソフトウェアを用いて、測定したい発言部分を選択し、その間の平均周波数を測定している。
なお、筆者の研究では、主に発言の冒頭部分の数秒間を測定している。なぜか。政治家の発言の冒頭は、「○○党の○○○○でございます」のように自己紹介をすることが多いからである。その部分を測定することで、少なくとも「政治家自身の名前の発言」として発言内容をそろえることが可能になる。
図1は2021年衆院選時の政見放送での岸田文雄首相の測定の例である。冒頭部分の0.75秒間で「岸田文雄です」(kishida fumio desu)との発言をしている。図の折れ線は周波数の変化を示しているが、冒頭の「ki」の部分は「shi」と連続することで無声音化していると考えられ、周波数として測定されていない。周波数は最大値154.4Hz(図中Hで示される「shi」の音)から最小値82.8Hz(図中Lで示される「su」の音)まで幅があるが、平均周波数は106. 1Hzであった。
このように政治家の声の収集と周波数の測定ができれば、その後は、周波数の異なる政治家の声や機械的に周波数を変換した声を実験刺激とし、印象を測定する実験を行ったり、周波数と得票率などの関連の分析をしたり、声を素材とした様々な研究が可能となる。
以上を踏まえ、まずは政党の党首の声について、拙稿(「声の高低が政党党首の印象形成に与える影響―党首討論会の音声を用いた実験研究」)を基に検討しよう。
この研究では、2010年参院選時に日本記者クラブで実施された党首討論会「九党党首に聞く」の各党首の発言を対象とし、声の高低が党首の印象に影響を与えるか否かを検討した。各党首の音声の周波数を測定した後、それぞれの周波数を機械的に変換し、高い声と低い声の実験刺激の音声を作成した。それらの声の周波数の平均は、元の音声で132.8Hz、高い声で176.2Hz、低い声で91.1Hzとなった。
実験は、大学生128名(男性69名、女性59名)を対象におこなった。参加者は高い声を聞く条件(男性31名、女性27名)と低い声を聞く条件(男性38名、女性32名)に無作為に割り当てられた。それぞれ実験刺激の音声を聞いた後、「好感度」「信頼度」を0から100の間でそれぞれ回答した(ただし、実際の分析では、回答に不備があった者を除いたため、122名=男性66名、女性56名=となり、高い声の条件は男性31名、女性26名、低い声の条件は男性35名、女性30名となった)。
「好感度」「信頼度」の平均値を比較してみる。「好感度」では低い声の条件で43.6、高い声の条件で40.1、「信頼度」では低い声の条件で44.9、高い声の条件で41.0となり、低い声の場合、「好感度」「信頼度」のいずれも高めという結果となった(図2)。党首の属性(年齢や性別)など他の要因を考慮しても、この傾向は統計的にも認められた。
さらに党首の声を、2010年参院選時に実施された学術世論調査のデータに組み込み、党首の音声と党首や政党への好感度、比例区での投票先の質問との関連も検討した(「党首の『声』と党首評価・政党評価・投票選択―党首討論会の音声周波数解析とJES IV調査データによる実証分析」)。分析の結果、党首の低い声が、党首や当該政党への好感度、ひいては比例区での当該政党への投票確率を高めていることも確認された。
党首の声を事例にしたこれらの研究では、政治家の低い声での発声が、「好感」や「信頼」といった印象を高め、投票選択にも結び付くことを示している。
政治家が会見などで良く用いる「しっかりと」というフレーズを思い浮かべてみよう。甲高い声よりも落ち着いた低い声で「しっかりと」と発言された方が、好印象を信頼感を抱くかもしれない。逆に言えば、やる気がない政治家であっても、低い声で「しっかりと」と言われたら、信頼してしまうこともあるかもしれない。
次に、選挙での候補者の声についても、拙稿(「候補者の「声」の高低と得票率―2014年衆議院選挙小選挙区立候補者の分析」)の分析結果を基に検討してみよう。
この研究は、2014年衆院選立候補者の声の周波数と得票率の関連を分析したものである。分析対象は小選挙区の全立候補者959名のうち、政見放送の録画などを中心に声の収集が出来た945名(98.5%)だ。
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