危機を乗り越える政治のエネルギーが乏しい現状と背景を探る
2022年10月14日
安倍晋三元首相が銃撃事件で死去し、岸田文雄政権を取り巻く政治状況は様変わりした。安倍氏が密接な関係を持っていた世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と自民党との関係が厳しく批判され、十分な調査や清算に踏み出せない岸田首相に対する世論の不満が募っている。
内閣支持率は低下し続け、岸田首相の求心力は弱まっている。「岸田政権は持つのか」という声が聞かれる半面、「代わりがいない」というのが自民党内の大方の反応だ。かつて自民党は、政治の危機のたびに現職首相に代わるリーダーが名乗りを上げた。政策面でも新しい旗印を掲げる動きも出て、党内抗争が繰り広げられた。いまやそうしたエネルギーは乏しい。
トップリーダーを目指す人材の不足が際立っている。長く自民党をウォッチしてきた政治記者の視点から、自民党の人材枯渇の背景と展望を2回にわたって探ってみたい。
岸田政権は2021年10月に発足。自民党幹事長には、総選挙の選挙区で敗れた甘利明氏の後任に茂木敏充氏、総務会長には福田達夫氏をそれぞれ初めて起用した。内閣では松野博一官房長官、小林鷹之経済安保担当相など中堅・若手議員を抜擢した。
しかし、茂木氏は旧統一教会と自民党との関係をめぐって十分な調査に踏み切れず、混乱が広がっている。福田氏に至っては、旧統一教会に関して「何が問題なのか分からない」と発言し、高額献金などで苦しむ被害者たちから強い反発を受けた。福田氏は22年8月の党役員改選で総務会長から外された。松野氏は霞が関の官庁との調整では実績を積み重ねたが、旧統一教会との関係や安倍氏の国葬といった重い課題で独自の動きを見せることはなかった。
経済や安全保障で難しい課題が山積し、内閣・自民党の支持率が急低下しているのに、党内の危機感は弱い。岸田首相にとって代わるリーダーが見当たらず、党内抗争を起こすエネルギーもない。それがさらに自民党への信頼感を下げる。自民党は悪循環に陥っている。
人材不足は今に始まったわけではない。安倍政権は2006年から1年間、12年から7年8カ月の計8年8カ月という歴代最長を記録した。この間、自民党の人材はどうなったか。
例えば麻生太郎氏は安倍・菅義偉政権で計9年近く、財務相ポストを占め続けた。財務相(以前は蔵相)は自民党議員にとってリーダーへの登竜門であった。竹下登氏は約5年間、蔵相を務め、大蔵省内に人脈を広げた。1987年に首相に就任した後は大蔵省の念願だった消費税の導入にこぎつけ、首相退陣後も大蔵省への影響力を保った。橋本龍太郎氏も蔵相を経験し、96年に首相に就いた。民主党政権(2009~12年)でも、財務相を経験した野田佳彦氏が首相に就任している。
確かに麻生氏は、安倍氏の盟友として長期政権を支えた。しかし、他の中堅政治家が財務相ポストに就き、政策能力を高めてリーダーに育っていく経験を踏むことができなかった。
官房長官ポストも、第2次安倍政権では終始、菅氏が務め、霞が関や与野党ににらみを利かせた。その一方で、他の政治家に政権中枢ポストの貴重な経験をさせることができなかった。官房長官と言えば、竹下登、宮沢喜一、小渕恵三、福田康夫、安倍晋三各氏らが経験して、首相への大きなステップとした。
安倍長期政権で財務相、官房長官ポストを安倍氏の「お友達」で占め続けたことは、自民党の人材底上げという点から見るとマイナスの面もあった。
加えて、安倍政権は石破茂氏ら自民党内の反主流派を抑え込み、「一強」支配を続けた。自民党役員や閣僚の人事権を使い、反主流派を冷遇。国政選挙の公認でも安倍氏の出身派閥である細田派(清和会、後に安倍派)や盟友の麻生氏が率いる麻生派が優遇され、安倍、麻生両氏の勢力が数を増やした。
政策面では、アベノミクスの功罪について自民党内では本格的な議論が交わされていない。大規模な金融緩和が円安、株高をもたらした半面、長期にわたる日銀による国債や株式の大量買入れが日本経済をゆがめてきたことは明らかなのに、自民党内の論議は低調だ。安倍政権下の構造改革、デジタル化の遅れについても本格的な検証はされていない。
安倍首相は、消費税率の引き上げを当初の予定から2度延期し、自民党内の財政再建派からは異論が出たが、安倍「一強」の中で反対の声は広がらなかった。集団的自衛権の行使を容認する安全保障法制やロシアとの北方領土交渉で4島一括返還から2島先行返還に譲歩した問題でも、自民党内に不満がくすぶっていたものの、安倍氏に対抗する勢力は生まれなかった。かつて政調会長を務めた与謝野馨氏は党内の政策論議をリードしたが、そういうタイプは見当たらない。
安倍政権下では、森友学園関連の公文書の改ざんをめぐって財務省職員が自殺に追い込まれた。首相主催の「桜を見る会」には、安倍氏の後援会員が大勢招待され、前夜祭には安倍事務所から資金提供されていたにもかかわらず、安倍氏は国会で虚偽答弁を重ねた。一連の不祥事に対して、自民党内から糾弾する声はほとんど上がらなかった。政治浄化を国民に訴える次世代のリーダーは出てこなかった。
次世代リーダーの不在という流れが岸田政権にもつながっている。岸田首相は安倍氏の国葬を早々に決定。安倍氏に代表される党内保守派に配慮したことは明らかだ。法的根拠も乏しく、警備費など予算の内容も明確でない国葬については、憲法学者らが反対。メディアでも問題点が指摘されたが、自民党内では村上誠一郎・元行革相が反対を表明しただけで、党内論議はほとんどなかった。
旧統一教会との関係では、「点検」と称する調査が所属議員に対して行われたが、中身は不十分で、結果発表後も、自民党議員と旧統一教会との接点が次々と明らかになった。若手議員の中には「これはコンプライアンス(法令順守)の問題だ。弁護士らによる第三者機関を設けて徹底的に調べてもらい、公表すべきだ」という声もあるが、党内では広がらない。「旧統一教会との決別」を明確に掲げて、世論に訴えるリーダーは出ていない。
岸田首相に対抗するリーダーとしては、21年の総裁選に立候補した河野太郎デジタル相や茂木派を率いる茂木幹事長の名が挙がるが、河野氏は総裁選で打ち出した年金改革などの政策が反発を受けて、支持の広がりはない。茂木氏は念願の幹事長ポストを手にしたが、旧統一教会問題などへの対応が稚拙で、総裁への道筋は見えていない。最大派閥の安倍派では、後継の領袖選びが進んでいるが、旧統一教会とのが批判された萩生田光一政調会長は身動きが取れず、西村康稔経済産業相にも支持は集まっていない。
以上はここ10年ほどの短期でみた自民党の人材枯渇状況だが、その前段として衆院への小選挙区制導入と派閥の弱体化が人材不足に拍車をかけている。
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