星浩(ほし・ひろし) 政治ジャーナリスト
1955年福島県生まれ。79年、東京大学卒、朝日新聞入社。85年から政治部。首相官邸、外務省、自民党などを担当。ワシントン特派員、政治部デスク、オピニオン編集長などを経て特別編集委員。 2004-06年、東京大学大学院特任教授。16年に朝日新聞を退社、TBS系「NEWS23」キャスターを務める。主な著書に『自民党と戦後』『テレビ政治』『官房長官 側近の政治学』など。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
危機を乗り越える政治のエネルギーが乏しい現状と背景を探る
政策面では、アベノミクスの功罪について自民党内では本格的な議論が交わされていない。大規模な金融緩和が円安、株高をもたらした半面、長期にわたる日銀による国債や株式の大量買入れが日本経済をゆがめてきたことは明らかなのに、自民党内の論議は低調だ。安倍政権下の構造改革、デジタル化の遅れについても本格的な検証はされていない。
安倍首相は、消費税率の引き上げを当初の予定から2度延期し、自民党内の財政再建派からは異論が出たが、安倍「一強」の中で反対の声は広がらなかった。集団的自衛権の行使を容認する安全保障法制やロシアとの北方領土交渉で4島一括返還から2島先行返還に譲歩した問題でも、自民党内に不満がくすぶっていたものの、安倍氏に対抗する勢力は生まれなかった。かつて政調会長を務めた与謝野馨氏は党内の政策論議をリードしたが、そういうタイプは見当たらない。
安倍政権下では、森友学園関連の公文書の改ざんをめぐって財務省職員が自殺に追い込まれた。首相主催の「桜を見る会」には、安倍氏の後援会員が大勢招待され、前夜祭には安倍事務所から資金提供されていたにもかかわらず、安倍氏は国会で虚偽答弁を重ねた。一連の不祥事に対して、自民党内から糾弾する声はほとんど上がらなかった。政治浄化を国民に訴える次世代のリーダーは出てこなかった。
次世代リーダーの不在という流れが岸田政権にもつながっている。岸田首相は安倍氏の国葬を早々に決定。安倍氏に代表される党内保守派に配慮したことは明らかだ。法的根拠も乏しく、警備費など予算の内容も明確でない国葬については、憲法学者らが反対。メディアでも問題点が指摘されたが、自民党内では村上誠一郎・元行革相が反対を表明しただけで、党内論議はほとんどなかった。
旧統一教会との関係では、「点検」と称する調査が所属議員に対して行われたが、中身は不十分で、結果発表後も、自民党議員と旧統一教会との接点が次々と明らかになった。若手議員の中には「これはコンプライアンス(法令順守)の問題だ。弁護士らによる第三者機関を設けて徹底的に調べてもらい、公表すべきだ」という声もあるが、党内では広がらない。「旧統一教会との決別」を明確に掲げて、世論に訴えるリーダーは出ていない。
岸田首相に対抗するリーダーとしては、21年の総裁選に立候補した河野太郎デジタル相や茂木派を率いる茂木幹事長の名が挙がるが、河野氏は総裁選で打ち出した年金改革などの政策が反発を受けて、支持の広がりはない。茂木氏は念願の幹事長ポストを手にしたが、旧統一教会問題などへの対応が稚拙で、総裁への道筋は見えていない。最大派閥の安倍派では、後継の領袖選びが進んでいるが、旧統一教会とのが批判された萩生田光一政調会長は身動きが取れず、西村康稔経済産業相にも支持は集まっていない。
以上はここ10年ほどの短期でみた自民党の人材枯渇状況だが、その前段として衆院への小選挙区制導入と派閥の弱体化が人材不足に拍車をかけている。