メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

玉川徹氏の訂正・謝罪とテレ朝の処分は適正だったか~「電通関与」発言をめぐる五つの論点

放送事業者・報道機関としての自律性、独立性とはほど遠い対応

楊井人文 弁護士

 テレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」で、コメンテーターの玉川徹氏が、安倍元首相の国葬に電通が関与しているかのような事実に基づかない発言をして謝罪し、その後、謹慎処分を受けたことが議論となっている。おおまかにいえば、玉川氏は誤りを認めて訂正したのだから処分は行き過ぎで、復帰させればよいという立場と、玉川氏の訂正は不十分であり、厳正な処分を求める立場に分かれている。

 焦点の一つは、国葬で最大の見せ場とも評された菅義偉前首相の弔辞についての、玉川氏の言及をどう解釈するか、である。これが複数の見方に分かれている。ところが、こうした議論は、歯に衣着せぬコメントをしてきた玉川氏に対する論者の評価や政治的な立ち位置にも左右されやすく、大雑把となりがちだ。

 そうした中、この問題について緻密に議論を組み立てた論考を、Yahoo!ニュース個人、論座で発表してきた弁護士の郷原信郎氏と、先日、YouTubeで対談させていただいた。郷原氏と私の間には認識を共有している部分もあれば、そうでない部分もあった。

 そこでの議論も踏まえ、浮き彫りになった論点を私なりに整理すると、次の5点になる(以後「玉川発言(問題)」と表記する)。

 論点① 玉川発言の趣旨は何であったか

 論点② 玉川発言をどう評価するか

 論点③ 玉川氏の訂正・謝罪は十分だったか

 論点④ テレビ朝日の対応を批判した自民党議員の発言をどう評価するか

 論点⑤ 玉川氏を謹慎処分にしたテレビ朝日の対応をどう評価するか

>>郷原信郎氏の論座の論考はこちら

玉川発言問題の経緯

 改めてこの問題の経緯を振り返っておく。

 テレビ朝日の情報番組「羽鳥慎一モーニングショー」レギュラーコメンテーターの玉川徹氏は、番組のディレクターなどを務めてきた社員で、これまで政権に厳しいコメントをすることで知られ、安倍元首相の国葬に関しても一貫して批判的なスタンスをとってきた。

 問題の発言が飛び出したのは国葬の翌日、9月28日の放送。コメンテーターの安部敏樹氏が国葬実施に理解を示したのに対し、玉川氏は、国葬は大喪の礼だけでよく、それ以外の国葬は政治利用が行われてしまうから反対だと明言。その後、スタジオでの議論が、多くの人々の心に刺さったと評された菅義偉前首相の弔辞に移ったときのことだった。

 安部氏は、菅氏が自分の感情を語ったからこそ心に響いたのではないかという趣旨の発言をしたが、玉川氏はそれに反論するように、次のように発言した。

 僕は演出側の人間ですからね。テレビのディレクターをやってきましたから。それはそういう風に作りますよ、当然ながら。政治的意図がにおわないように、それは制作者としては考えますよ。当然これ電通が入ってますからね。

 これに、羽鳥キャスターが「そこまでの見方をするのか、それともここは本当に自然に言葉が出たのか」などと口を挟んだが、玉川氏は

 いや、菅さん自身は自然にしゃべっているんですよ。でもそういうふうな、届くような人を人選として考えているということだと思うんですよ。

 と述べたのである。

 この発言の前後も含め、詳細な文字起こしは、Yahoo!ニュース個人で公開しているので、そちらを参照されたい。

 玉川氏は翌日の放送で、「国葬に電通の関与していた」というのは「事実ではなかった」と訂正し、謝罪。その後も、自民党の西田昌司参議院議員が「厳正な処分」を求めるなど批判が鳴りやまず、玉川氏は10月4日まで出演し続けていたが、テレビ朝日は同日付で、玉川氏を出勤停止10日間、情報番組センター長ら2名をけん責処分としたことを発表した(テレ朝定例会見参照)。

 すると、郷原氏はテレ朝の対応を批判する論説記事をYahoo!ニュース個人に発表。その主旨は、玉川氏の訂正・謝罪で十分であり、テレ朝の処分は行き過ぎだというものであった。

 玉川氏の発言は、安倍元首相の国葬の直後、その国葬での菅前首相の追悼の辞が大きな社会的注目を集めている最中に、それに関連して客観的な裏付けがないのに「電通関与」を決めつけるような発言をした点において軽率の誹りを免れない。

 しかし、それ以外については、放送法上も、コンプライアンス上も、特に問題があるとは言えない。番組で訂正・謝罪を行った後も、会社として、発言の趣旨を正確に理解した上で、批判や、政治家の圧力等に対しても毅然たる対応をとるべきだった。
玉川発言問題をめぐるこれまでの経緯

9月27日(火) 安倍元首相の国葬儀が挙行される。

9月28日(水) テレビ朝日の情報番組「羽鳥慎一モーニングショー」で国葬を取り上げ、玉川氏が「電通」の関与に言及。

9月29日(木) 同番組で玉川氏が「安倍元総理の国葬に電通が関与している」とコメントしたことについて事実ではなかったとして訂正、謝罪。

同日 友人代表で弔辞を読んだ菅義偉元首相に、テレビ朝日の藤川みな代政治部長がインタビューし、Abema Newsでノーカット放送

9月30日(金) 西田昌司参議院議員が玉川氏の厳正な処分を要求(YouTube番組)。

10月2日(日) フジテレビ「日曜THE PRIME」で弁護士の橋下徹氏が「一部で演出だなんていう意見があって、僕は絶対に許せない」と批判(菅元首相も出演)。

10月4日(火) テレビ朝日社長が定例会見で玉川氏の出勤停止処分を発表。なお、玉川氏は同日朝の放送まで出演。

10月5日(水) 羽鳥キャスターが玉川氏の処分を説明し、謝罪。玉川氏の復帰は19日(水)と説明。

論点① 玉川発言の趣旨は何であったか

 まず、玉川発言の趣旨についてである。

 発言を評価するにあたっては、発言内容を確認しつつ、その意味内容(趣旨)を理解する必要があるが、実は、ここが最大の難所だ。

 普通は一回しか見ないテレビでの発言を聞いて受ける印象は、人それぞれ違いが出てきて当たり前だ。「どういう発言をしたか」という"発言事実"は文字起こしなどで客観的に何度でも再確認できる一方、「その放送時点で、発言がどういう意味で受け取られたか」という"発言趣旨"は、"発言事実"から自動的に導かれるものではなく、どうしても解釈や「初めて聞いた時に受ける印象」への想像が入るからだ。裁判やBPO(放送倫理・番組向上機構)でも「一般視聴者の普通の見方」を基準に、その意味内容が判断される。

 郷原氏は、Yahoo!の記事で「多くの批判で前提とされているように、『菅氏の追悼の辞に演出が入っている』という意味なのかどうかである」と指摘している。少し長くなるが、重要な部分なので、郷原氏の見解を正確に引用しておきたい。

 発言全体を見ると、玉川氏が「そういう風に作りますよ」と言っているのは、「胸に響くように作る」ということだとわかる。それは、映画などを含め、大規模なイベント、コンテンツの制作を行う側としては、一般的に行われる演出のことを意味するものだ。

 今回の安倍氏の国葬も、大規模な荘厳な葬儀・儀式なのだから、その中で、「個人的に付き合いのあった人は、当然悲しい思いをもってその心情を吐露したのを見れば、同じ人間として、胸に刺さる部分はある」と述べている。菅首相の追悼の辞は「心情を吐露した」ものであり、それが「胸に刺さる」と評価した上で、ただ、それは、全体として「胸に響くように作られた国葬という儀式の一コマだ」と言っているのである。玉川氏の発言の「そういう風に作ります」というのは、菅氏の追悼の辞が「演出のために他人が作ったもの」という意味で言っているのではない。

 むしろ、「これこそが国葬の政治的意図だ」と言った上で、「そういう風に作ります」に続けて、「当然ながら。政治的意図がにおわないように、制作者としては考えますよ。」と言っていることから、玉川氏の発言全体の趣旨としては、安倍氏の国葬が「政治的意図を隠して、胸に響くように作られた儀式」というものであり、それを前提に、発言に問題がないかどうかを検討する必要がある。
>>郷原信郎氏の論座の論考はこちら 

この解釈に立てば、玉川発言は、ことさらに菅氏の弔辞における演出性あるいは電通の関与について述べたものではないと理解される。これを便宜上「A説」と呼んでおこう。

 一方、ほとんどのメディアは、この問題発言直後から玉川発言を「菅氏の弔辞」に関するものととらえて報道していた(例えば、産経新聞=共同通信の転電)。

 私も、玉川氏の発言趣旨について、国葬は「政治的意図を隠して胸に響くように作られた儀式」であると同時に、菅氏の弔辞についても、政治的意図がにおわないよう制作者(電通)が関与している、という意味だったと解釈する。一般視聴者の多くはそのようにとらえるのではないかと考えている。これを便宜上「B説」と呼んでおく。

 テレビ朝日が玉川発言の解釈について、どちらの認識に立っているのかはよくわからない。NHKの報道によれば、

・・・ログインして読む
(残り:約3974文字/本文:約7759文字)