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胡錦濤氏と習近平氏 2人の総書記の真逆の“進退”が物語ること~中国共産党大会閉幕

世界から信頼され期待される国になれるかどうか……正念場にたつ中国

田中秀征 元経企庁長官 福山大学客員教授

 5年に一度開かれる第20回中国共産党大会が10月22日に閉幕したが、その最終日の閉幕式で驚くべきシーンがあった。胡錦濤前総書記が、最重要案件である党規約改正案などの採決前に突然退席し、会場を去ったのだ。国の内外のメディアが注目する中での退席劇は、世界に衝撃を与えている。

胡錦濤氏が発した捨て身のメッセージ

 この退席劇が、胡錦濤氏の意図したものか、それとも習近平執行部によって排除されたものなのか、真相はいまだ明らかではない。しかし、映像を見た感じは、「胡氏は当初、席を離れようとせず、不服そうな表情を浮かべながら係員とやりとりをしていた」(10月23日朝日新聞)ように見えた。これを見た大半の人は、そう思ったのではないか。

 ただ、確かなことは、この退席劇が胡錦濤氏が内外に向かって捨て身で発したメッセージであることだ。

 集団指導体制が崩壊し、独裁政治、個人崇拝の時代に逆戻りし、民主化の逆流に歯止めがかからなくなった――。それこそ、彼が世界に伝えたかったメッセージだったに違いない。

 胡錦濤氏のこの行動は決して無駄にはならないだろう。なぜなら、それを世界がリアルタイムで見ていて、決して忘れないからだ。

中国共産党大会の閉幕式の途中で退席する際、李克強首相の肩を軽くたたいた胡錦濤前総書記=2022年10月22日、北京の人民大会堂

説明なきGDP発表延期は許されない

 ところで、今回の共産党大会のさなかに、ある奇怪なことが起きた。10月18日に予定されていた7~9月のGDP(国内総生産)の発表が、何の説明もないまま突然、延期されたのだ。

 巨大化した中国経済の統計数字は、諸外国の経済、さらに世界経済の動向を占うために必要不可欠なものである。なんの説明もないまま、いわば勝手に発表を延ばすのは、許しがたいことだ。

 延期の決定が、上からの指示によるものか、それとも下からの忖度(そんたく)によるものかは分からない。ただ、これによって失われた中国に対する信頼は、決して小さいものではない。

 私はかつて、経済企画庁で経済統計の作成や発表に関与したが、その公正さ、正確さは、世界でも群を抜いていたと思う。なかでもGDP(国内総生産)統計と日銀短観は別格で、それが発表される日には、役所内に緊張が漲(みなぎ)ったものだった。

 経済統計の正確さと、その発表過程の厳正さには、掛け値なしに国家の信頼がかかっているという意識と誇りが、国の中枢を担う人の間には間違いなくあった。それは、わが国ばかりではなく、他国でも同じはずだ。

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遠のく「共同富裕」、正念場の習政権

 率直に言って、中国がGDPの発表を延期したのは、その発表内容が共産党大会の円滑な運営を阻害することを恐れたためだろうと思う。端的に言えば、中国経済の失速を鮮明に示す数字が、習近平総書記の3選の障害ともなりかねないので、それを避けたということだ。

 習総書記(国家主席)は、10月16日におこなった共産党大会での政治報告演説で、中国独自の「ゼロコロナ」政策について、「感染症対策と経済・社会発展の両立で重要で前向きの成果をおさめた」と胸を張った。経済の順調な発展が、総書記3期目への権力維持に不可欠だと思い込んでいるので、それに不利に働くであろうGDPの数字の発表を恐れることになる。

2022年10月16日、第20回共産党大会の開幕式で政治報告を行う習近平総書記(国家主席)=新華社

 9月の貿易統計も発表が延期されたが、頼みの輸出もマイナスに転じている。くわえて住宅市場の冷え込みも一段と進み、国民の暮らしに苦しさが増しているのは明らかだ。習氏が国民に約束した「共同富裕(共に豊かになる社会)」は、ますます遠くなっている。

 家を持てない、結婚ができない、親を養えないという国民の不満は募り、軍事力の強化ばかりが際立っている。23日、中国共産党の新たな指導部が発足。習氏の総書記続投が正式に決まったが、1強体制を完成させた習政権はむしろ中国の衰退への正念場を迎えているようにも見える。

“完全引退”した胡錦濤前総書記

 ところで私は、今回の共産党大会に胡錦濤前総書記が出席するかどうかに注目していた。10年前、党規約に従って淡々と“完全引退”した胡錦濤氏が、習氏の3選にどう対応するかに関心があったからだ。

 胡氏と習氏を比べると、二人はあらゆる面で対照的な人である。

 胡氏は党青年組織である中国共産主義青年団(共青団)出身の創業政治家だ。かたや、習氏は副首相をつとめた習仲勲の子息で、いわゆる太子党(中国共産党内の高級幹部子弟をさす)に属する世襲政治家である。また、温厚・篤実な胡氏に対して、習氏は政略と力ずくで押し切る人に見える。二人は正反対の性格なのだろう。

 私は習近平氏には会ったことがないが、胡錦濤氏とはかつて二度会って、かなりの時間、話し込んでいる。人柄は先に述べた通りで、“策”を感じない誠実な人。すこぶる親日的で、未来志向で政治を考えることができる人であった。当時の胡氏は50代のはじめ。最高指導部の政治局常務委員に抜擢(ばってき)された頃だった。

胡錦濤氏と会談した筆者=1994年(田中秀征氏提供)

周恩来首相を彷彿とさせた温かく誠実な人柄

 私はその後の日中関係が大きく有意義に発展することを信じ、ある経済雑誌に「胡錦濤氏が中国のトップに立ったとき、中国は黄金期を迎える」と書いている。温かく誠実な人柄は、かつての周恩来首相を彷彿(ほうふつ)とさせた。

 実際、21世紀に入ると、胡氏は中国の最高指導者となり、離陸した経済をさらに発展させて、中国を名実ともに世界の超大国に押し上げた。2008年に北京で開催された夏季オリンピックには、今年の冬季オリンピックとは違ってアメリカ大統領、日本の首相はもとより、100カ国に及ぶ首脳が北京に集まった。世界から信頼され期待される中国の活躍を、このときわれわれは確かに信じることができた。

 その胡氏が、後継者である習近平氏をどのように評価しているかを、私はいつも気にかけていた。

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