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岸田首相の答弁の変遷が物語る、旧統一教会「解散命令請求」への「本気度」

「法令違反」に「民法の不法行為は含まれない」のかどうか

郷原信郎 郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

 10月17日、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の問題をめぐって、岸田首相が、宗教法人法に基づく「調査」を教団に対し実施する方針を固め、永岡桂子文部科学大臣に指示したと一斉に報じられ、同日の衆院予算委員会で、岸田首相は、自民党議員の質問に「宗教法人法に基づき『報告徴収』と『質問権』の行使に向けた手続きを進める必要があると考え、文部科学大臣に速やかに着手させる」と答弁した。

 この岸田首相の国会答弁を発端に、旧統一教会に対する報告徴収・質問権と解散命令をめぐって大きな混乱が生じることになった。

衆院予算委員会で、自民党の宮崎政久氏の旧統一教会問題などの質問について、同教会への質問権の行使を表明する岸田文雄首相=2022年10月17日、国会内衆院予算委員会で、自民党の宮崎政久氏の旧統一教会問題などの質問について、同教会への質問権の行使を表明する岸田文雄首相=2022年10月17日、国会内

オウム事件後の法改正で報告徴収・質問権

 宗教法人法は、「宗教団体が、礼拝の施設その他の財産を所有し、これを維持運用し、その他その目的達成のための業務及び事業を運営することに資するため、宗教団体に法律上の能力を与えること」を目的としている(1条1項)。つまり、宗教団体に法人格を与えることで、その目的が達成されるようにしようとする法律である。

 オウム真理教が地下鉄サリン事件等の多くの凶悪事件を起こしたことで、宗教法人の法人格が悪用されたことが問題になり、1996年の改正で、宗教法人に、財産目録及び収支計算書、貸借対照表等を事務所に備付け、毎年、所轄庁に提出することが義務付けられた。この際、所轄庁は、宗教法人について、当該宗教法人の業務又は事業の管理運営に関する事項に関し、当該宗教法人に対し報告を求め、又は当該職員に当該宗教法人の代表役員、責任役員その他の関係者に対し質問させることができるとされた。

 この報告徴収・質問権が行使できるのは、宗教団体の認証の要件のうち「当該団体が宗教団体であること」を欠いた場合(設立後2年間のみ)と、解散命令の事由に該当する疑いがあると認めるとき場合に限定されている。旧統一教会について報告徴収・質問権を行使するとすれば、後者の「解散命令の事由に該当する疑い」がある場合であり、解散命令に向けての手続として行うことになる。

 しかし、解散命令の要件は、「法令に違反して、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為をしたこと(81条1号)」「宗教団体の目的を著しく逸脱した行為をしたこと又は一年以上にわたってその目的のための行為をしないこと(同2号)」などとされ、極めて高いハードルが課されている。

文化庁「法令違反に民法の不法行為は含まれない」

 そこで問題になるのが、1号の「法令に違反して」をどう解するかだった。
これについて、旧統一教会の被害に長年取り組んできた全国霊感商法対策弁護士連絡会(略称「全国弁連」)などは、解散命令の要件である「法令に違反して」についても、「法令違反には民法の不法行為が含まれるという解釈をとるべき」、とかねて主張してきた。

 しかし、主務官庁の文化庁宗務課は、以前から「刑法等の実定法規の定める禁止規範又は命令規範に違反するものであって、しかもそれが著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為」とするオウム真理教に対する解散命令についての東京高裁決定(平成7.12.19)を持ち出し、「法令違反には民法の不法行為は含まれない」かのように説明してきた。

旧統一教会の問題を追及する紀藤正樹弁護士=2022年7月26日、東京・永田町旧統一教会の問題を追及する紀藤正樹弁護士=2022年7月26日、東京・永田町

 しかも、この報告徴収・質問権は、一般的な行政調査としての立入検査・報告徴求命令のように、拒否や虚偽回答に対して刑事罰が科され、間接強制によって調査の実効性が担保されているものではない。拒否や虚偽回答に対して、10万円以下の過料の行政罰が科されるだけだ(過料は行政罰、支払えば終わりであり、前科にはならない)。

 ハードルが高い解散命令の要件を立証するための証拠を収集する権限としてはあまりに脆弱だ。「法令に違反して」について、従来の文化庁のような解釈をとるのであれば、旧統一教会の解散命令請求は殆ど不可能であり、報告徴収・質問権を行使することにも殆ど意味がないように思えた。

 しかし、消費者庁に設置された「霊感商法等の悪質商法への対策検討会」(以下、「検討会」)も、報告書の提言で、解散命令を視野に報告徴収・質問権の行使を提言の中心にしている。この検討会に加わっている全国弁連の紀藤正樹弁護士は、岸田首相の報告徴収・質問権の行使の方針を「一歩前進」と歓迎するコメントをしていた。そこには、政府側の解釈との大きな前提の違いがあるように思えた。

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衆院予算委で岸田首相も文化庁解釈を追認

 翌日の10月18日の衆院予算委員会で、立憲民主党の長妻昭議員から、「文化庁宗務課は、これまで一貫して『法令違反』は刑事に限るとしてきた。それでは、報告徴収・質問権を行使しても解散命令は不可能ではないか」と質問された岸田首相は、上記の東京高裁決定の該当部分を引用し、「『刑法等の実定法規』をどう解釈するかの問題だ」と述べた。

 これに対して、長妻議員が、「『刑法等』の『等』には民法の使用者責任も含まれるという解釈に変えたのか」と質問したところ、政府の電話相談窓口から警察につないだ相談案件があったとして、「刑法をはじめとする様々な規範に抵触する可能性はあると認識している」などと述べ、上記の東京高裁決定の解釈を前提に報告徴収・質問権を行使する方針を示した。その後、長妻議員に繰り返し質問され、最後には、「法令違反には民法の不法行為は含まれない」と明確に述べるに至った。

 しかし、相談事例の中に、一部犯罪に該当する疑いのある事実があったとしても、「宗教法人の組織的な犯罪行為」とされる事件になる可能性は極めて低い。このような解釈を前提にすれば、解散命令請求を行うことは殆ど不可能だと思われた。

 18日の答弁で岸田首相が示した方針は、全国弁連や被害者側が求めてきた「解散命令への第一歩」とは到底評価できず、結局、期待だけさせて、報告徴収・質問権の行使の検討に時間をかけ、結局話は前に進まない、ということになることが予想された。安倍元首相国葬実施後の世論調査で岸田内閣の支持率が軒並み低下し、中には、「危険水域」と言われる3割を下回る27%という数字(時事通信)が報じられたことに恐れおののき、「その場しのぎ」的に行ったものに過ぎないように思えた。

批判を受け翌日「民法の不法行為も入りうる」と変更

 このように、岸田首相が「法令違反には民法の不法行為は含まれない」と答弁したことに対して、検討会側からも、報告徴収・質問権の行使が解散命令につながるのかを疑問視する声が出始めた。

 検討会の委員で弁護士の菅野志桜里氏は、10月18日の岸田首相の「法令に違反して」に民法上の不法行為は含まれない、との答弁を受けて、同日夕刻、

どういう趣旨の答弁かまだよく分からないので一般論で。仮に一国のリーダーが「犯罪さえしなければ、どんなに違法行為を繰り返しても解散命令は出ません。税優遇も続けます」とアナウンスしたら、ものすごーく喜ぶ宗教法人が存在するんじゃないでしょうか
解散命令につながる刑事事件の存在を匂わせて、過去の数十件の民事事件を根拠から外した結果、蓋を開けてみたら請求できませんでした、なんていう筋書きを書いている人がいなければいいのですが。

 とツイートした。

 すると、翌19日の参院予算委員会で、岸田首相は、小西洋之議員の質問に答えて、「行為の組織性や悪質性、継続性などが明らかとなり、宗教法人法の要件に該当すると認められる場合には、民法の不法行為も入りうる」と答弁した。

 前日の答弁を1日でひっくり返した理由について質問された岸田首相は、「前日までは、東京高裁の決定の『刑法等の実定法規の定める禁止規範又は命令規範に違反する』の考え方に基づいて政府の考え方を説明していたが、厳格な法治主義に基づいて法律の適用を考え、政府として考え方を整理した」と説明した。

 しかし、本来、これまで一度も使われたことがない宗教法人法に基づく報告徴収・質問権を、今回の旧統一教会問題で敢えて行使する方針を決めたのであるから、その時点で、法律上の問題、疑義等について十分に検討した上で行うのが当然である。それが、わずか1日で首相答弁を変更したのは、いかなる経過だったのか。

 この点を考える前提として重要なことは、

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