伊東順子(いとう・じゅんこ) フリーライター・翻訳業
愛知県豊橋市生まれ。1990年に渡韓。著書に『韓国カルチャー──隣人の素顔と現在』(集英社新書)、『韓国 現地からの報告──セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)など、訳書に『搾取都市、ソウル──韓国最底辺住宅街の人びと』(イ・ヘミ著、筑摩書房)。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
梨泰院(イテウォン)は悲しい街だ。ハロウィンの事故の報を聞いてからの数日間、梨泰院の街で思い出すのは悲しい風景ばかりだ。米軍基地の高い塀と鉄条網、韓国人お断りの米軍専用バー、そして日本人観光客向けのショーパブが棲み分けていた頃、ソウルの夜は今よりもはるかに闇が深かった。
そんな昔の梨泰院を思い出したのは2021年、新型コロナによるパンデミックで壊滅的になった梨泰院を訪れた時だった。その前年から日本では『梨泰院クラス』というドラマが話題になっていたが、そこに描かれた自由で多様で活気がある街の風景は完全に失われていた。
梨泰院は他のどの地域よりもパンデミックの被害を受けた街だった。クラスターが発生したクラブやバーの多くは長い休業の末に閉店に追い込まれ、「感染対策」の名のもとに街の機能は完全にストップさせられていた。そこには街に対する差別や偏見があった。メディアはあまり話題にしないようだが、それも今回の事故の背景にあると思う。
すでに事故の詳細については日韓ともに主要メディアで詳しく報道されている。警察、行政、違法増築……これだけの被害者が出た事故の原因は一つではないだろう。その中では渋谷との比較もされ、久しぶりに日本が「お手本」のように取り上げられてもいた。でも、梨泰院と渋谷は全く違う。