2022年11月09日
梨泰院(イテウォン)は悲しい街だ。ハロウィンの事故の報を聞いてからの数日間、梨泰院の街で思い出すのは悲しい風景ばかりだ。米軍基地の高い塀と鉄条網、韓国人お断りの米軍専用バー、そして日本人観光客向けのショーパブが棲み分けていた頃、ソウルの夜は今よりもはるかに闇が深かった。
そんな昔の梨泰院を思い出したのは2021年、新型コロナによるパンデミックで壊滅的になった梨泰院を訪れた時だった。その前年から日本では『梨泰院クラス』というドラマが話題になっていたが、そこに描かれた自由で多様で活気がある街の風景は完全に失われていた。
梨泰院は他のどの地域よりもパンデミックの被害を受けた街だった。クラスターが発生したクラブやバーの多くは長い休業の末に閉店に追い込まれ、「感染対策」の名のもとに街の機能は完全にストップさせられていた。そこには街に対する差別や偏見があった。メディアはあまり話題にしないようだが、それも今回の事故の背景にあると思う。
すでに事故の詳細については日韓ともに主要メディアで詳しく報道されている。警察、行政、違法増築……これだけの被害者が出た事故の原因は一つではないだろう。その中では渋谷との比較もされ、久しぶりに日本が「お手本」のように取り上げられてもいた。でも、梨泰院と渋谷は全く違う。
韓国で渋谷の警備体制が評価されたからといって、嬉しいことは一つもない。何をいまさら、文字通り、後の祭りである。韓国メディアは口を揃えたように、事故を「予見された惨事だった」としながら、その対策を怠った警察や自治体や政府を批判しているが、ではメディアはどうだったのか?
日々、両国のニュースに接している我々のような人間から見ると、日韓の差は歴然としていた。事故以前に韓国メディアからハロウィンの群衆を心配する声はほとんど聞かれず、むしろ日本の渋谷に関する報道が過剰に思えたほどだった。その印象は間違っていないだろう。韓国の独立系調査報道メディアである「ニュース打破」は、次のような問題提起をしている。
「『予見できた』と言うメディアは、事故以前に何を報道したか?」
11月4日付の「ニュース打破」によれば、10月17日から事故当日までの梨泰院やハロウィンに関する報道で、事故や安全を問題にしたものは一つもなかったという。たとえば今や批判の急先鋒に立つMBCテレビも、事故の2日前に「龍山警察署、ハロウィンを控えて警察官を集中投入」というタイトルで報道をしてはいたが、内容は以下のようなものだった。
「警察はハロウィンの週末に多くの人々が限られた空間に集まり、盗撮や性犯罪、盗難など犯罪が増えることを懸念し、明日から200人以上の警察官を梨泰院の現場に配置すると明らかにした」
また事故前日10月28日付の国民日報は、「今年は3年ぶりのハロウィンの再開で10万人近い人出が予想される」としながら、「若い人を中心に麻薬が広まるおそれがある」という内容を警察署関係者の発言を引用する形で伝えていた。
つまり「ニュース打破」によれば、韓国警察はハロウィンの梨泰院について「麻薬や性犯罪」に限定して注意を喚起し、メディアもそれに関する警察のプレスリリースを流すだけで、事前に何か安全面での取り組みがなされたわけではなかった。また行政はといえば、それに新型コロナ対策を加えただけだった。
梨泰院を担当する龍山区は事故の2日前に「ハロウィンデー緊急対策会議」を開いていた。そこで配られた資料には「コロナ19防疫・消毒と主要施設物の安全点検に乗り出す」という内容はあったが、たくさんの人が集まることに備えた安全管理対策はなかったという。
ちなみに昨年のハロウィンには警察と自治体職員が4600名も梨泰院に投入されたが、その目的は「感染対策」で、新型コロナの防疫上でのルール違反を摘発するためだった。この時は韓国がウィズコロナ政策に切り替わる直前で、人数制限や営業時間など様々な規制があった。
その前年の2020年はソーシャルディスタンスなどの規制強化で、結局はほとんどの店がハロウィン直前に営業を断念することになった。当時のニュースを検索してみたら、ハロウィンの飾り付けだけがある、閑散とした街の写真がいくつも出てきた。
ところが今年は厳しかった規制が完全撤廃されたことで、逆に無防備状態になってしまったともいえる。
日本のメディア関係者からはこう言われたが、もっともだと思う。韓国にも警戒する人々はいたのだが、その向かう先が違っていた。警察は麻薬や性犯罪を問題にし、行政は感染対策の徹底を付け加えた。群衆についての心配は誰もしない。メディアも同じだ。どうしてそうなってしまったのか。
背景の1つに梨泰院という街への強い偏見があったと思う。そして2つ目は
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