「電話代」以外が含まれるのかという客観的事実は捜査に影響するか
2022年12月09日
【「選挙コンサル」は民主主義の救世主か、それとも単なる「当選請負人」か】でも述べたように、今年2月長崎県知事選挙で当選した大石賢吾氏の選挙運動費用収支報告書に記載された選挙コンサルタント会社J社への「電話代」として402万円余の金銭支払が公選法違反(買収)に該当する嫌疑について、上脇博之氏(神戸学院大学法学部教授)と私の連名で、大石陣営の出納責任者とJ社の代表のO氏を被告発人とする告発状を長崎地方検察庁に提出していたが、10月19日に告発が受理され、長崎地検で捜査中である(同嫌疑については、別途、市民団体が、長崎県警に提出した告発状を長崎警察署が受理したと発表している)。
2022年12月2日、長崎県議会の一般質問で、小林克敏議員が、上記の402万円の「電話代」としての支払の記載について、大石知事に質問を行った。
それに対して、大石知事は、
知事選挙における選挙運動費用収支報告書の記載等に関する告発状、これが今年10月に関係当局から受理されたと伺ってございます。
私は、知事選挙においては、公職選挙法にのっとって適切に対応したものと考えておりますし、関係当局から要請があれば、当然、捜査に対しても協力をするつもりでございます。今後、関係当局が適切に判断されると思います。
ただ、事案の性質上、弁護士のご意見もお聞きしたうえで、選挙に関する質問へのコメントについては、今後の捜査に影響を与える可能性があるため差し控えることといたしました。
と述べて、答弁を拒否した(長崎県議会インターネット中継録画 53:30頃~)。
大石知事本人は、被告発人とはなっておらず、直接捜査対象とされているわけではないが、今後の捜査の進展によっては、本人にも嫌疑が及ぶ可能性もある。したがって、大石知事には、今回の告発事件についても、「黙秘権の保障」があり、答弁を拒否すること自体は、法的、政治的責任を生じるものではない。
しかし、告発されている事件の内容と、これまでの答弁の経過からすれば、ここで402万円の「電話代」の中身について、全く説明しなかった(できなかった)ことで、公選法違反の嫌疑は一層高まり、知事として致命的な事態となったと言えるのではないか。
まず、一般論として、公職にある者が、その地位にかかわるような犯罪の嫌疑について質問を受けた場合に、答弁を拒否できるのか、できるとすれば、どのような理由によるのかを考えてみたい。
まず大前提として言えることは、選挙で選ばれた公職者は、その職にあることについて疑念を持たれるような問題が指摘された場合には、それに対して、有権者の納得が得られるよう説明を尽くすべき義務があるということである。
地方自治体の首長の知事にとって、県議会は、二元代表制の地方自治では、県民の代表である知事と、もう一方の県民の代表である県議会議員との討議の場であり、知事は、議員からの質問に対して、基本的には、真摯に誠実に真実を答えるべきであることは言うまでもない。
一方で、このような場面で答弁拒否が許される最大の理由は、「黙秘権の保障」である。
憲法38条1項は「何人も、自己に不利益な供述を強要されない」として黙秘権を保障している。刑事事件の嫌疑があるとされている場合に、本人が黙秘権を行使する意思を表示したときには、その意思に反して供述させることはできない。公職者が議会等で質問を受けた場合も、そこで答弁した内容は、捜査機関が証拠として活用し、刑事裁判でも使われる可能性があるから、刑事事件で被疑者とされていて訴追される可能性があることを理由に答弁を拒否することは可能だ。
もちろん、黙秘権を行使するかしないかは本人の選択による。
議会等で質問を受けた場合に、「黙秘権の行使」をせず、自ら積極的に答弁して疑いを晴らすことも、一つの選択肢になり得る。取るに足らない言いがかり的な「犯罪の嫌疑」である場合、「黙秘権の行使」も「捜査・刑事処分への影響」も考えるまでもなく、自ら説明して、その嫌疑を晴らした方がよいと判断することもあるだろう。
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刑事事件においては、黙秘権を行使して供述を拒否した場合、それ自体によって不利益は受けない。黙秘権行使は正当な権利であるから、それを行使したとしても、政治的責任を問われることもない。
しかし、公職者の地位は国民・住民の信任で成り立っていることから、刑事事件の嫌疑を受けている場合に、その事件に関して質問を受けて黙秘権を行使し、疑いを晴らさないことが信任に影響し、「政治的に不信を生むという不利益」が生じることになる。
もう一つ考えられるのは、答弁を求められている側の職務上の地位・権限が、捜査に影響を与えることとの関係である。
県知事の場合、県警察に対する人事・予算に関する権限を有しており、自らにかかわる刑事事件について言及することは、県警の捜査に影響するとの見方もあり得る。そのような理由による「答弁差し控え」であれば、被疑者になり得る者の「権利」の選択ではなく、その立場・地位にある者に求められる「義務」のようなものということになり、「答弁差し控え」が政治的な不利益につながる程度が低いとも言える。
しかし、警察と異なり検察の捜査処分は、もともと独立性が高く外部からの影響は考えにくい上に、本件は、国の機関である検察に告発が受理されており、検察の判断する立場にあるのであり、県知事の職務上の権限とは関係ない検察の捜査・処分が知事の発言で影響を受けることはないと考えられる。
告発に係る公選法違反の嫌疑の内容は、至って単純である。
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